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終章 俺と婚約者と

第2話 『今回の騒動の全て』

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 魔王第三配下サー・バティスト率いる魔物の軍勢が、バルバディア魔法学院の星降祭を襲撃、その騒動に紛れて洗心の石舞台にて魔王復活の儀式を行おうとした。
 儀式に巻き込まれた一回生、計六名が負傷。
 うち一名はひどく錯乱した状態のため、学外の病院に入院することとなった。

 魔物の襲撃を受けたダンスホールにおいては、応戦した教職員を含む十五名が軽傷を負ったものの、全員すでに治療済み。
 捕獲された魔物のうち大多数はバルバディア魔法学院にて飼育されていた魔法生物たちであった。第三配下によって精神干渉を受けていたとみられるが、こちらも全て解呪済みである。



「──というのが、今回の騒動の全てになります。ゆめゆめ言動には気をつけるように。迂闊な失言が認められた際、相応の措置を取ることになります」

 上座に腰掛けて学院側の発表した顛末を語ったアキ先生は、ゆっくりと瞬きをした。

 場所はアロイシウス棟四階の秘密部屋。以前は存在しなかったはずの白い丸テーブルをぐるりと囲って、『儀式に巻き込まれた一回生計六名』のうち、入院していない五名が集結している。

 即ち俺、エウフェーミア、トラク、リディア、アデルの五名だ。

「ロロフィリカ・クラメルの出自について、学院側が承知していた事情は次の通りです。王都郊外の貧民街八番において、只人の子どもたちのなかで生き延びていたところを、魔法教会直営の孤児院の職員に保護される。以降は孤児院で生活しながら王都の学校に通い、入学許可を得てバルバディアに入学したようですね」

「只人たちの、なかで……」

 思わずといったようにつぶやいたリディアに、トラクが琥珀色の眸を向けた。
 只人に生きる価値などないと叫んだロロフィリカ。てっきり不幸な自分の境遇を憐れんでリディアを憎んだのだと思っていたが、少し意味合いが違ってくるか。
 ……それでも許された発言ではない。
 ただしリディアがどう受け取るかは自由だ。

 アキ先生は続ける。

「彼女がサー・バティストといつ、どこで、どのように出会い、いつから彼と通じていたかは解りません。ロロフィリカ・クラメルはサー・バティストと通じ、魔王の匣を手元に保管し、ベックマンさんを星降祭の夜に殺害しようとし、失敗した。それだけが、はっきりしている事実です」

 エウは膝の上に組んだ指先を擦り合わせながら訊ねた。


「……ロロフィリカはどうなるのですか?」


 あの夜───
 イルザーク先生が魔王第三配下にとどめを刺したあと、先生は深奥の森を捜索していた騎士団を呼んで、ロロフィリカを拘束させた。
 魔力切れを起こしていた俺たちはすでにスコンと気絶してしまっていたから、ロロフィリカが拘束されるところを見たものはいない。学院の医務室で目を覚ましたとき、すでに彼女の姿はなかった。

 表向きは精神錯乱により入院ということになっている。彼女が魔王側と内通していたこと、襲撃を手引きしたこと、エウを殺して魔王を復活させようとしたことは、バルバディアに在籍する生徒たちに与える動揺の大きさを鑑みて全て秘匿されることとなった。魔法教会お得意の『安寧のための情報統制』だ。

 俺たち五人は死ぬまで口を閉ざさなければならない。
 自信がないのなら記憶の消去を行う。今日はその意志を問うために集められ、そして全員、ロロフィリカの裏切りを墓まで持っていくことを誓った。


 部屋の隅でひっそりと気配を殺していたイルザーク先生が、口を噤んだアキ先生の代わりにぽつりとつぶやく。


「死んだ」


 俺たちの視線はイルザーク先生へ向いた。
 トラクは静かに瞬きをしただけだったから、知っていたのかもしれない。

「投獄先の魔法教会本部地下牢で、昨日。なんらかの呪詛を受けていたようだ」

 エウが両手で口を覆う。叫び出してしまいそうになるのを必死に堪えている。
 リディアが椅子を蹴倒して立ち上がった。

「私のせい!?」
「なぜそうなる。──座れ、リディア」
「だって、わ、私が指輪で魔王の配下を燃やして……ロロフィリカの計画も台無しになって」

「リディア」アデルが腕を引くが、親しくしていた友人が死んだと聞いたリディアの動揺は大きい。若草色の双眸からぼろぼろと涙が零れ落ちる。
 俺は腕組みをして踏ん反り返り、靴の裏でテーブルの縁を蹴りつけた。重いテーブルの脚が床を引っ掻く。

「座れ、ぽんこつ」

 その場の全員の視線が、らしくもなく乱暴に話を遮った俺に集まる。
 ニコラにしては行儀が悪かったかもしれない。反省。しかしリディアの発言は戴けなかった。

「自分一人で不幸に浸るな。僕たち全員で、ロロフィリカを死なせたんだ」

 トラクが大きく息を吸って、吐いて、「そうだね」とうなずく。
 リディアもその様子を見て少し落ち着いたらしい。ぎゅっと唇を引き結び、震える指を握り込んで、なんとか感情の矛先を納めようとしていた。

「僕の母上は未来視の魔法使いだった。母の視た未来では、エウフェーミアを生贄にして魔王が復活し、僕は魔王側についてロロフィリカを殺していた。結果は変わらない。ロロフィリカは遅かれ早かれ死んでいた。むしろ責任を一人で負わずに済んでほっとしているくらいだよ」

「……あんたねぇ、言葉を選びなさいよ!!」

「リディア。やめなよ」思いの外強い口調で窘めたのは、意外なことにアデルだった。

「彼は……自分を追い詰めなくていいって言っているんだよ。今回の件では、ぼくたち、誰もひとりで責任を背負ってはいけない」
「……都合のいいふうに解釈するな」
「生憎、口の悪いひとにはジャンで慣れているから」

 本来、ロロフィリカは、ここで死ぬ予定ではなかったはずだ。

 恐らく物語においては星降祭の夜、彼女は人知れずエウを誘い出し、動けなくしてから魔石を取り出して、サー・バティストとともに計画を遂行したのだ。因縁あるイルザーク先生──つまりあの場で彼が口にした『魔王封印に手を貸した裏切り者の第一配下』──に対する復讐のため、リディアとアデルも殺そうとした。しかしこの二人については失敗。
 ロロフィリカがそのままのうのうと学院生活を送ったのか、それとも復活した魔王とともに姿を消したのかは不明だが、とにかく魔王復活については成功させている。呪詛が発動して死ななければならない謂れはない。

 そしてトラクの未来視の情報からして、のちに魔王軍に寝返ったニコラに数年後、殺される。
 ニコラは『目的を果たし』て、兄ギルバートに殺されるのだから。


 ──本来、俺がこの手で奪うはずだった命。

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