ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
129 / 138
終章 俺と婚約者と

第8話 共犯者

しおりを挟む

 大聖堂での修了式が終わると、寮に戻って全体集会が行われた。明日からはじまる凍季休暇の注意事項や、年明けの新年度開始日程などの事務報告が伝えられる。
 星降祭の二週間後に卒業式があり、四回生たちが卒業していったので、人数が少なくてどこか寂しい。


 ロロフィリカ・クラメルは一身上の都合で退学したと通知された。


 無論事情を全て知っているはずの寮監アンジェラ先生は、顔色一つ変えずに事務連絡の一環で端的に知らせた。親しくしていた同級生の女子たちが残念そうに眉を下げるなか、リディアだけが真っ直ぐにアンジェラ先生を見つめていた。

 アデルを除けば、この一年でリディアが一番長く一緒に過ごしたのは間違いなくロロフィリカだ。
 それでも裏切りの傷など誰にも感じさせない、凛とした横顔だった。

 一方の直接殺されかけたエウフェーミアも、静かに爪先に視線を落としていた。事が事だけに誰かに話すことはできない。長い時間をかけて、ひたすら自分の内側に伸ばした階段を下りながら、傷と向かい合っていくしかない。

 集会のあとは夕方から感謝祭だ。
 感謝祭というのはざっくりいうと忘年会みたいなものである。収穫祭以降これまでの実りに感謝し、ここから始まる厳しい凍季を無事乗り越えられることを祈って、食べて飲んで踊る。
 収穫祭と同じく、大食堂と中庭を使って開催されるお祭りだ。

 エウはミーナと一緒に踊りにいった。
 中庭に組まれたキャンプファイヤーの光で、シルバーブロンドが橙色にひかっている。楽しそうな笑顔を浮かべてスカートの裾を翻す姿を、俺は少し離れたところから見守った。
 いつもの流れでなんとなくトラクと並んでいたら、派手な三人組が近寄ってきた。

「よっ、ニコ! 一年お疲れさーん」
「ルウ。ありがとう」

 飲み物片手に肩を組んできたルウが、ぐりぐりと意味の解らない頬ずりをしてくる。「あだだだだ」「ほっぺ削れる」と唸りつつ唐突な愛情表現を受け取った。

「凍季休みのはじめはロウ家に世話になるぜー。朝から晩まで耐久戦闘訓練しような、ニコラ!」
「嫌だよ。なんでわざわざ長期休暇にそんなことしないといけないのさ」
「はァん? 入学当初から数えて負傷回数の多い弟分を鍛えてやろうっつー兄心だよ」
「ぐ……」

 負傷が多いのは事実だから反論できねえええ……。

 そんな俺とルウのやりとりをのほほんと眺めていた兄貴は、トラクの琥珀色の眸を覗き込んだ。

「いつもニコと仲良くしてくれてありがとう。もしよかったら、きみもルフにも遊びに来てね」

「こちらこそ、ニコラにはいつもお世話になっています。バルバディアのプリンスのご自宅に招待してもらえるなんて光栄だなぁ!」

「本物のプリンスの城には敵わないけれど、風光明媚でいいところだよ」

 ははははは、と一見爽やかに微笑みあいながら二人はグラスをちーんと鳴らした。ルネッサンスしてんじゃねぇよ。
 凄まじく白々しいやりとりに、傍らのリシが虚無の表情になっている。多分俺も同じ顔をしている。


 バルバディア側に、身分を隠して入学することを承諾させるほどの事情。
 教会上層部であれば知っているエウの魔力量異常を知っていたこと。
 そして公爵家の長女たるリシが膝をつく相手──となると、考えられる可能性は一つ。


 さすがに末恐ろしいのでまだ確かめられずにいる。本人が「実はぼくさ~」とか言いださない限り触れずにおこうと思う。怖いから。


「じゃあね」

 キャンプファイヤーの周りにいた同級生に呼ばれて、兄貴とルウが歩きだした。その一歩後ろについたリシは、去り際にほんの少しだけトラクを見やり、僅かに目礼をして去っていった。

「……ってお兄さんは言ってたけど、どう、凍季休み?」
「本気で言ってるのかよ……」

 げんなりと答えると、トラクは愉快そうに口角を上げた。

「つれないなぁ。仲良くしようよ」

 左手に葡萄酒を掲げ、右手を差し出したトラクの眸は楽しそうに煌いている。

 エウの身に宿る莫大な魔力が魔王復活の要となることは今回の儀式でも判明した。
 今回失敗したとしても、魔王軍が諦めるとは考えにくい。それは第三配下の死に際の言葉にも明らかだ。畢竟、エウフェーミアの死の回避が魔王復活の先延ばしにもつながる。


「ぼくらは一緒に世界の未来を変えた──共犯者なのだから」


 そのために彼の力が必要になることも、全くないとは言いきれない。
 なにせ相手は魔王なのだ。

「……利害が一致しただけだ。共犯者、だからな」
「じゅうぶんさ」

 貴族といえど根っこは庶民。緊張で手汗を掻きそうになったが根性で抑え込み、この国で最も高貴な血の流れる薄い掌を、そっと握り返した。
 すると全力で掴まれる。

「痛い痛い痛い、何だよ!?」
「じゃ、頑張ってね。プロポーズ」
「…………!?」
「情報屋トラクさんを舐めないほうがいいよ?」

 トラクはにやりと口角を釣り上げて、悪役然と微笑んだ。
 どいつもこいつも俺より立派な性悪っぷりじゃねえか……。俺は口の端を引き攣らせてトラクの手を引っ張り、至近距離で「テメエ」と小声で凄んだ。

「どっからその情報が出てきたかはどぉぉぉでもいいが、誰にも言ってねえだろうな。ましてやエウフェーミアに変なこと吹き込んじゃいねぇだろうな。事と次第によっちゃ今すぐ忘却魔法をかけてやる……!」
「やだなぁニコラ、顔がものすごく悪役っぽくなってるよ?」
「誰のせいだ!!」
「ははははは」

 もしかしたらこの一年で最もドスのきいた声を出していたかもしれない。
 うっかりトラクに本性をべろっと披露してしまった俺の肩に、とんとん、と指が乗る。

「なにけんかしてるの?」

 エウだった。
 ミーナや女友達と一緒にくるくる踊っていたせいで、髪が一筋頬にかかっている。半ばトラクを突き飛ばすように手を放して、乱れた髪を撫でつけてやった。
 トラクの本当の身分? 知らん! 

「けんかなんてしていないさ! どうした、疲れたのか?」
「ううん、あのね、曲がワルツになったの。ニコも一緒に踊ろうよ」
「そうか。……じゃあトラク、そういうことだから」

 にっこりと胡散臭さ満点のお坊ちゃまスマイルを向けると、肩を震わせながら笑いを堪えるトラクが「ハイハイ」とうなずく。
 ミーナや寮生たちの待つ中庭へ向かう後ろ姿を見送ると、エウは俺の手をきゅっと握った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...