ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
136 / 138
番外編

凍季休暇(4):坊ちゃんと澪標

しおりを挟む
 ロウ家に国王と王子が二泊し、王城に帰っていったのとすれ違うようにして、今度は兄貴の大親友ルーファス・チカがやってきた。
 ルウと兄貴は基本的に楽しく遊戯に興じたり、港町に出かけたり、あと勤勉なことに魔法に関する意見交換をしたりして五日間を過ごした。そしてその間、ルウの気が赴くままに俺は鍛錬に引っ張り出された。

 三回生から兄貴が選択している専科は〈魔法騎士〉、ルウは〈竜騎士〉。どちらも騎士団所属を目標に据えたコースなので、当然二人とも剣技に長けている。
 一方の俺は、武器を使うなんて卑怯だダセェ! というアホ不良思考が抜けないせいで、ニコラに生まれてからというもの剣はわりと不得手だ。大体、刃物って怖いじゃん。鍛錬で使う剣は当然刃を潰しているが、それでも当たったら痛いじゃん。

 そんな風に遊び暮れたルウが帰宅し、今日明日にも天海が完全に凍りつくかといった第十二の月上旬。
 久しぶりにシズルが姿を見せた。

「久しいな」
「よー、久しぶり。怪我治ったんか?」

 ロウ家次男坊らしからぬ行儀の悪さでソファに寝転がっていた俺の横に、音もなく現れた青い猫、シズル。
 星降祭の夜、俺やアデルを庇ったせいで負傷してしまったため、しばらくのあいだ療養していた。定めた契約期間内にはまた顔を出すと言ってくれていたので大人しく待っていたところだ。

 地下にある親父殿の書斎で本を読み耽っていた俺は、あ、とページをめくる。創世神話をまとめた分厚い研究書だ。前半部分に登場する青い猫の挿絵を、シズルにも見えるよう広げた。

「そういやおまえの正体、わかったぞ」
「わざわざ調べたのか」
「〈太古の炎の悪魔〉について調べてたら偶然わかった。〈みおつくし〉だな」


 創世神話によると、この世界のどこかに存在する世界樹ヴァルガルドが天海のくじらを生んだとき、二つの炎が海の底に灯ったという。


 冥海の底には忘却の赫い炎が。
 天海の底には道標の蒼い炎が。


 このうち冥海の忘却の炎が〈太古の炎の悪魔〉……学生時代のイルザーク先生に封印されたあげく現在リディアの指輪状態という、なんとも不憫な命運を辿った悪魔だ。

 そして天海の道標の炎は、天界のくじらや神々が海で迷わぬよう灯り続ける道標。地上においては航海の安全、道標、転じて人生の運命をも司る〈澪標〉の神である。


「本に書いてある。『定めし運命の方向を僅かにずらすことを、天海のくじらより許された唯一の存在』って」
「ふふん。すごいであろう」
「うん。おかげで俺は死んだわけだけど」

 ヒゲをぴんと伸ばして偉そうにしていたシズルはしゅるしゅると縮こまった。一応本当に心の底から、日本での自分の失態を羞じているらしい。
 ちょっと意地悪すぎたかな。
 創世神話はじめ部分ということは相当に古き存在であるはずだが、どうも挙動が現代っぽいしコミカルなので、あんま偉そうな感じがしないのだ。

「シズル、またお願い聞いてくれるか?」

 ちいさな頭を撫でると、青い耳がぴょこんと動いた。

「……またリディアのストーキングか?」

「いや、今度はエウフェーミアのストーキング。学院にいたときはすぐ傍にいるって安心感があったけど、王都とルフじゃ遠すぎて不安だ。もう魔王軍の連中がいつ襲ってくるか想像もつかないし、おまえが一緒にいてくれると嬉しい」

 するとシズルは器用に呆れ顔を作って見せた。
 表情豊かな猫だなー。顔の筋肉どうなってんだ。

「おまえ、もう少しこう……『俺の運命を変えてくれ!』とか『魔王を破滅の運命に導いてくれ!』とか、壮大な要求はないのか」

 あ、その手があったのか。
 なにせシズルの司る概念が判明したのがたった今だから、そこまで考えが至らなかった。〈澪標〉とは水の中に建ち航路を示す標識だ。道標であると同時に、そこに在るだけで僅かに水の流れを妨げ、流れる方向を変えるもの。

 それで言えば、日本に生きていた俺が死んだこと──はともかく。
 リディアを泣かせて悪魔の炎に呑まれた際に重症を回避したのも、星降祭で俺とアデルが助かったことも、シズルの加護があったからかもしれないな。

 とはいえ、

「いやー、やっぱ俺、気に入らないやつには自分でケンカ売りたいしさ」
「……そうであるな。魔王第三配下を殴り飛ばすような人間であるものな」
「褒めるなよ。照れるわ」
「これっぽっちも褒めておらぬ」



 聞くところによるとシズルはかつてイルザーク先生の同期の魔法使いと行動を共にしていたことがあるらしい。シュリカ、という名前の〈魔導師〉であるそうだ。現在はベルティーナ王国西方の谷間にほとんど隠居しているというが、その名は王国の歴史に名を刻む変身魔法の権威のものである。
 魔王の台頭は八百年前、ということはその配下であり弟子でもあるイルザーク先生はざっくり見積もって九百歳。魔法使いシュリカも同年代だ。
 その偉大な魔法使いと共に日々を過ごした、天海のくじらと同年代の〈澪標〉。

 とんでもない神さまを召喚しちまったもんだ。
 いやその神さまのせいで死んだのが原因なんだけどさ……。

 基本的に大気の精霊の加護を受けて温度調節がなされているロウ家の邸は、凍季目前といえども地下にあっても暖かい。
 ソファに体を横たえて本を読んでいた俺はいつの間にか寝落ちしていた。腹の上には丸くなったシズル。微睡みと覚醒のあいだを行ったり来たりしながらしつこい四度寝を決め込もうとしていると、書斎の扉が開いて誰かが入ってきた。

 俺が寝ていることに気づいて動きを止める。

「んー……シリウス……?」

 シリウスは俺が地下にいることを知っている。何か用があって呼びに来たのかと思ったが、人影は無言で俺の目を掌で覆った。まだ寝てろってこと?
 ややあって、腹の上で丸くなるシズルごと覆うように布がかけられた。
 なんだシリウス、俺が昼寝してることもお見通しか。さすがうちの従者だぜ。



 ──きゃーっ、やだー!

 頭のなかで爆発するようにエウフェーミアの悲鳴が響いた瞬間、俺は弾かれたようにソファから転げ落ちた。突如起こされたシズルが吃驚仰天しながら着地して、「何事!?」と顔を上げる。
 先程シリウスがかけてくれた布を巻き込みながらドタバタと床に座り込んだ俺は、きょろきょろ辺りを見回した。

「エウの声が聞こえた」
「エウフェーミアの?」

 足に纏わりつく布を引っぺがしソファの上に放り投げる。改めて見てみると、それは俺の部屋にあるブランケットではなく、親父殿の外套だった。あれ、とその外套を二度見した俺の耳にか頭にか、再びエウの悲鳴が届いた。


 ──ニコたすけてー!


 さっと体中の血の気が引いていく。
 エウが助けを求めている、他でもない俺に、どことも知れない場所から!


「エウフェーミ───」


 そして俺は、


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

処理中です...