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4☆本物のカグヤ姫

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「アルバイトの帰り遅くなっちゃったな…」
 深夜二時を過ぎていた。
 夕方からカフェのアルバイトをしており深夜帯のバイトが急病で桂が代わりに入った。
 翌日は休日でバイトも連休をもらっているので快く引き受けた。
「カグヤはもう起きてるだろうな……」
 カグヤは昼は基本寝ていて、陽が沈むと起き出す。
 母さん曰く、『あやかしになりたての時の私に似てて親近感湧くわ。』だった。
 洗脳がなくても、母とカグヤは仲良しになっていることに微笑ましく感じる。
(母さん縁結びの仕事を急いで終わりにさせるほど毎日遊びに来てるからな…)
 正直幽霊になった時の方がパワフルだと思う。
(まぁ、幸せならそれで構わないんだけど)
 父と一緒の時も幸せだっただろうけれど、正直束縛があったからこそ無意識で女性らしかったのかもしれない。
(僕もあんまりカグヤを束縛しない方がいいのかな?)
 とか、つらつら考えながら、玄関の扉を開けた。
『桂あぁああ!カグヤちゃんがたいへんなことになってるうううう!』
 幽体の母が突然突進して叫ぶ。
「えっ!なに?大変なことって⁉︎」
 母の驚愕ぶりに桂も心配になる。
『なんか、なんか!突然、人間に変身しちゃったの!それも絶世の美女っ!』
 顔を上げた母の顔は驚愕というよりも興奮して顔がにやけているようだった。
 尚更意味がわからず、この目で見てみるまではどんな状態なのか確かめねばならない。
「カグヤ、だい、じょう…ぶ?」
 縁側で月を眺める長髪の十二単を着た美女がこちらをゆっくりと見た。
 その姿に桂は息を呑む。
 月に照らされた姿は、宝石のように美しく、人ではなく神の化身のように思う。
 いや、神の化身の父を持っている。
 けれど、男の妖艶な品のある美ではなく、女性としての品の美しさだ。
 それが一瞬の美しさではなく、常に美しい。存在自体が美しすぎるのだ。

『すごい!本物のカグヤ姫だったなんて!母さん感激!本当に実在したなんてっ!』
「いや、カグヤ姫だって言ったじゃん…」
 桂は母の興奮ぶりに呆れる。
『だって、人間離れしてたというか、人間…地球人じゃなかったし……!』
 母の心を覗けば、あやかし狐の血が混じって半妖の家系以前に地球外生物の血筋だということにショックを受けていた。
『こんな美しいお姫様の血を引いてるなんて自慢だわ!だから、私も瑠香も美人さんなんだね!』
《それは違うぞ!お前は我の血が入ってるから美しいのだ!》
 と、母の中にいる菊が抗議する。
『生きてたら、宇宙人のお姫様の童話絵本かいてたわ!』
 葛葉子は生きている時にできる事を思うと悔しくなる。
「母さんはプリンセス童話を古今東西問わず好きだもんね……」

 当のカグヤは袖で顔を隠し戸惑っていた。
「この姿を見る地球の人々は浮き足だって恥ずかしい。そなたも前世は最初こんな感じだった……」
 そう言ってため息を吐き、懐かしむような表情で、
「いや、終始、我のこの姿に浮かれておったか……嫌ではなかったが、本来の姿との態度のギャップはあったの……」
 地球外生命体のカグヤに対して、式神として扱う様子もあったのをテレパシーで伝えられて桂は苦笑いする。
「うーん……宇宙人の方が今の僕は萌えるんだけど?前世の反省なのかな?」
 いや、出会ったばかりの時と好きになった時で態度を変えることがどこか恥ずかしかったと思う。
《こっちの姿の方がやっぱり好み?ずっと人の姿でいてほしい?》
 カグヤは女性らしく、愛らしく首を傾げる。
「そんなことないよ…好きだよ。どんな姿してたって君しか、愛せないもん。」
 桂はカグヤに微笑んで見つめる。

「どちらのカグヤも君だから……」
 と言いながら人の姿の美しさに吸いつけられ、カグヤを自分のものにしたいという欲望に敵わないのは事実だ。
 昔ばなしの、数々の男性がカグヤに魅了されるのも無理はない事だと諦めた。
 少なくとも、地球上で宇宙人の姿のカグヤを愛せるのは自分しかいないのもいい事だと思う。
 カグヤという存在に身も心も捧げるため生まれてきたと確信している。
 軽く、カグヤの美しい額にキスをした。
 するとカグヤは照れて微笑んだ。
 もう、可愛すぎる。
 カグヤの全てに口付けを落としたい……
 だが、母がいる事を思い出して辺りを見回すが消えていた。

(いつの間に母さんがいない……お膳立て?まぁ、縁結びの…子宝を授けるお狐様だからね…どうか僕たちが結ばれて愛の結晶ができる事を見守っていてよ……)

 と、縁結びのお狐様の母に、心で願いながら、カグヤ姫の十二単衣の帯に手をかけた….…


☆☆☆

《人の姿になるのは…同じ種として交わりたいと思う証なのだ…》
 と菊は葛葉子に伝えた。
 菊も元々は人外の妖怪、人間以外と交わっていいものを、人と交わり子を成した。
 その子孫が葛葉子であり、今も阿部野や香茂に続いている。

 実は葛葉子はカグヤ姫との縁結びを縁結びの神様に命令を受けていたが、宇宙人の地球外生物ということがどうしても、嫌で嫌で縁を無視してやろうと思っていた。
 けれど、あんな美しいお姫様になるのならと諦めた。


 そして、仕事終わりついでに両親の眠る異界に遊びにきていた。
 そこでも、現世と変わらぬ月が輝く。

《葛葉子は瑠香くんに性格が似てしまったね…意地悪なところとか…頑固のところとか。》
《頑固のところは元からだって言ってるでしょ?ねー?ハコちゃん》
『ねーっ!えへへへっ』
 葛葉子は子供の姿になって母の膝に乗り、柔らかな胸に頭をのせて喜び甘える。
 幽体世界はどんなイメージの年齢にもなれる。
 なんとなく甘えたい時はこのように両親のもとで葛葉子は甘えるのだ。
 現世の生きている時は両親は葛葉子を残して逝ってしまったが、自分も大切なものに悲しみを残して幽体になり寂しいと思いきや家族と再開して子供の頃に味わえなかった思いができるとは思ってなかった分、遠慮なく甘えまくる。

 今宵は阿倍野の中秋の名月
《お月様を見るのは月に行ったご先祖カグヤを見つめるためだったのかもね。》
 威津那は阿部野家にご挨拶に行った時のことを思い出し言う。
《そうね、ご先祖様であるカグヤ姫を忘れないための行事だったのよ。》
 何があっても中秋の名月は家族で過ごす。
 次男の薫は香茂家で祖父母の高良とルビィと、親友の桜庭李流とお月見をしている。
《隊長のお孫さんと縁がまた結ばれるのも、葛葉子のおかげだね》
 そう言って、威津那は幼い姿の娘の頭を撫でる。
《普通の行事だと思っていたけど家族みんなで集まってお月見をするゆったりとした時間は心安らいだでしょ?》
《そうだね。僕ができなかった時期は香茂家のみんなが受け継いで、今に至って、カグヤ姫が月から帰ってきてくれるなんて面白いよね。》
《ほんとよね。》
『ほんとだねー。』

 この血筋が絶えないように願いを込めて月に縁を願う。

月願う
空見上げて
懐かしみ
めぐる縁は
輝く糸の流れ星…
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