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第三章
母と子 其の十二
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(でも……)
私は脱衣所へと続くガラス扉をカラカラと開けていく。
ゆっくり開けても音はそれなりに響く。
入ってきたら……普通気付くよね。
(いや、でもっ、音に気づかないほど寝入ってたのかもしれないしっ)
そうよ、きっとそうに違いない!
タオルで身体を拭きながらそう自分に言い聞かせつつも、やはり不気味さを拭いきれず、急いで浴衣に着替え浴場を後にする。
そして女風呂と書かれた暖簾をくぐると隣をチラリと窺った。
(栄慶さんはまだ来てないのかな)
女風呂と男風呂は隣り合わせの入口になっている。
だけどさすがに中を確認するわけにもいかず、私は仕方なく部屋へと戻る事にした。
赤い絨毯が敷かれた長い廊下。
館内は静まり返っており、時折風で窓ガラスがカタカタと振動し、ヒンヤリとした空気が私の身体を突き抜ける。
(なんか……寒すぎない?)
夜は冷えるといっても、ここまで寒くなるものだろうか。
お風呂で温まった身体が急激に冷えはじめ、私は浴衣を抱きしめるように掴みながら廊下を歩いていく。
部屋に戻れば大丈夫……大丈夫……
まじないのように呟きながら、来た時以上に長く感じる廊下をひたすら歩いていると、一瞬視界に暗い影が落ちた。
私は立ち止まり、冷静を装いながら上を見上げ確認する。
天井には丸い裸電球が一定の間隔をあけて取り付けられているが、別段変わった様子はない。
たが、気のせいかと後ろを振り向いた瞬間、浴場からここまでの明かりが消えている事に気が付いた。
(あ、あれ? 誰か……電気消した?)
仲居さん?
まさか人が居るのにそんな事するはずがないと頭では分かってはいるものの、突然の出来事に思考が追いつかず、呆然と暗闇を見つめ返す。
ガタガタと揺れていた窓ガラスが急に鳴り止み、辺りは静寂に包まれる。
――――そして代わりに聞こえてきたのは……何かが擦れる音。
ズッ……ズッ……と、何かを引きずっているかのような音が聞こえ始めた。
「仲居……さん?」
「女将……さん?」
――――
――――向こうからの返事はない。
もしかしたら他の宿泊客かもしれないと思ったが、それはすぐに打ち消される。
(今日ここに宿泊しているのは、私と栄慶さんの二人だけだ……)
だから大浴場に私以外、誰も入ってなかったのだ。
私達以外の客はすべて断ったと、食事のとき女将さんが言っていたのを思い出す。
そして今日、私達がここへ来た理由も……。
「――っ」
身体が震え、歯がカチカチと鳴り始める。
また一つ……明かりが消えた。
「ひっ」
私は震える手で口を押さえ、何とか声を押し殺す。
(音が……こっちに近づいてきてるっ)
その場から動けなくなってしまった私は、ただただ暗闇の奥を凝視する。
そして……
白いものが見えたと同時に……
私は声ならぬ悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。
私は脱衣所へと続くガラス扉をカラカラと開けていく。
ゆっくり開けても音はそれなりに響く。
入ってきたら……普通気付くよね。
(いや、でもっ、音に気づかないほど寝入ってたのかもしれないしっ)
そうよ、きっとそうに違いない!
タオルで身体を拭きながらそう自分に言い聞かせつつも、やはり不気味さを拭いきれず、急いで浴衣に着替え浴場を後にする。
そして女風呂と書かれた暖簾をくぐると隣をチラリと窺った。
(栄慶さんはまだ来てないのかな)
女風呂と男風呂は隣り合わせの入口になっている。
だけどさすがに中を確認するわけにもいかず、私は仕方なく部屋へと戻る事にした。
赤い絨毯が敷かれた長い廊下。
館内は静まり返っており、時折風で窓ガラスがカタカタと振動し、ヒンヤリとした空気が私の身体を突き抜ける。
(なんか……寒すぎない?)
夜は冷えるといっても、ここまで寒くなるものだろうか。
お風呂で温まった身体が急激に冷えはじめ、私は浴衣を抱きしめるように掴みながら廊下を歩いていく。
部屋に戻れば大丈夫……大丈夫……
まじないのように呟きながら、来た時以上に長く感じる廊下をひたすら歩いていると、一瞬視界に暗い影が落ちた。
私は立ち止まり、冷静を装いながら上を見上げ確認する。
天井には丸い裸電球が一定の間隔をあけて取り付けられているが、別段変わった様子はない。
たが、気のせいかと後ろを振り向いた瞬間、浴場からここまでの明かりが消えている事に気が付いた。
(あ、あれ? 誰か……電気消した?)
仲居さん?
まさか人が居るのにそんな事するはずがないと頭では分かってはいるものの、突然の出来事に思考が追いつかず、呆然と暗闇を見つめ返す。
ガタガタと揺れていた窓ガラスが急に鳴り止み、辺りは静寂に包まれる。
――――そして代わりに聞こえてきたのは……何かが擦れる音。
ズッ……ズッ……と、何かを引きずっているかのような音が聞こえ始めた。
「仲居……さん?」
「女将……さん?」
――――
――――向こうからの返事はない。
もしかしたら他の宿泊客かもしれないと思ったが、それはすぐに打ち消される。
(今日ここに宿泊しているのは、私と栄慶さんの二人だけだ……)
だから大浴場に私以外、誰も入ってなかったのだ。
私達以外の客はすべて断ったと、食事のとき女将さんが言っていたのを思い出す。
そして今日、私達がここへ来た理由も……。
「――っ」
身体が震え、歯がカチカチと鳴り始める。
また一つ……明かりが消えた。
「ひっ」
私は震える手で口を押さえ、何とか声を押し殺す。
(音が……こっちに近づいてきてるっ)
その場から動けなくなってしまった私は、ただただ暗闇の奥を凝視する。
そして……
白いものが見えたと同時に……
私は声ならぬ悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。
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