憑かれて恋

香前宇里

文字の大きさ
54 / 109
第三章

母と子 其の十二

しおりを挟む
(でも……)
 私は脱衣所へと続くガラス扉をカラカラと開けていく。
 ゆっくり開けても音はそれなりに響く。
 入ってきたら……普通気付くよね。
(いや、でもっ、音に気づかないほど寝入ってたのかもしれないしっ)
 そうよ、きっとそうに違いない!
 タオルで身体を拭きながらそう自分に言い聞かせつつも、やはり不気味さを拭いきれず、急いで浴衣に着替え浴場を後にする。
 そして女風呂と書かれた暖簾をくぐると隣をチラリと窺った。
(栄慶さんはまだ来てないのかな)
 女風呂と男風呂は隣り合わせの入口になっている。
 だけどさすがに中を確認するわけにもいかず、私は仕方なく部屋へと戻る事にした。





 赤い絨毯が敷かれた長い廊下。
 館内は静まり返っており、時折風で窓ガラスがカタカタと振動し、ヒンヤリとした空気が私の身体を突き抜ける。
(なんか……寒すぎない?)
 夜は冷えるといっても、ここまで寒くなるものだろうか。
 お風呂で温まった身体が急激に冷えはじめ、私は浴衣を抱きしめるように掴みながら廊下を歩いていく。


 部屋に戻れば大丈夫……大丈夫……


 まじないのように呟きながら、来た時以上に長く感じる廊下をひたすら歩いていると、一瞬視界に暗い影が落ちた。
 私は立ち止まり、冷静を装いながら上を見上げ確認する。
 天井には丸い裸電球が一定の間隔をあけて取り付けられているが、別段変わった様子はない。
 たが、気のせいかと後ろを振り向いた瞬間、浴場からここまでの明かりが消えている事に気が付いた。
(あ、あれ? 誰か……電気消した?)


 仲居さん?


 まさか人が居るのにそんな事するはずがないと頭では分かってはいるものの、突然の出来事に思考が追いつかず、呆然と暗闇を見つめ返す。
 ガタガタと揺れていた窓ガラスが急に鳴り止み、辺りは静寂に包まれる。
 ――――そして代わりに聞こえてきたのは……何かが擦れる音。
 ズッ……ズッ……と、何かを引きずっているかのような音が聞こえ始めた。


「仲居……さん?」


「女将……さん?」





 ――――





 ――――向こうからの返事はない。




 もしかしたら他の宿泊客かもしれないと思ったが、それはすぐに打ち消される。
(今日ここに宿泊しているのは、私と栄慶さんの二人だけだ……)
 だから大浴場に私以外、誰も入ってなかったのだ。
 私達以外の客はすべて断ったと、食事のとき女将さんが言っていたのを思い出す。
 そして今日、私達がここへ来た理由も……。


「――っ」


 身体が震え、歯がカチカチと鳴り始める。



 また一つ……明かりが消えた。



「ひっ」
 私は震える手で口を押さえ、何とか声を押し殺す。
(音が……こっちに近づいてきてるっ)
 その場から動けなくなってしまった私は、ただただ暗闇の奥を凝視する。





 そして……





 白いものが見えたと同時に……





 私は声ならぬ悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...