憑かれて恋

香前宇里

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第四章

親友 其の六

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「知らせは早くに届いていたようですが、なにぶん今はお盆の忙しい時期。直ぐに駆けつける事ができなかった彼の心情を思うと……」
 そう言いながら一条さんは私を客間へ通してくれた。
 慌てるように飛び出して行った栄慶さん。
 あの時……どんな気持ちでお寺を後にしたのだろう。
 彼が手に握っていたのは黒いネクタイだった。
 きっと結ぶ間もなく、一条さんと入れ替わりに着替えて出て行ったんだろう。
(凄く……つらいよね)
 一条さんに出してもらった湯呑を両手で掴みながら、私は客間で一人、彼の帰りを待つ。
 栄慶さんが戻ってきた時、どう出迎えたらいいんだろう。
 どう声を掛けたらいいんだろう。
 私に出来る事なんてなにもない。
 身内でも恋人でもない私は、彼の痛みを半分すら取り除く事はできないだろう。
(でも……)
【ただ側にいてくれるだけでも嬉しいものですよ】
 一条さんはお茶を出してくれた時、そう言って部屋を出て行った。
(そばに……か)
 もし私が逆の立場だったら、何も言わなくても栄慶さんが側に居てくれるだけで嬉しいと思うだろう。
(栄慶さん……)



 私でも……少しは彼の支えになれるのかな……。






      カチ……





              カチ……






                        カチ……






 あれから何時間たったのだろう。




「……ねぇ」




 まどろみのなか聞こえてきた……壁掛け時計の秒針の音と……私を呼ぶ誰かの声。




「ん……」




(私……いつの間にか眠って……)




「……ねぇ」




 この声って……? 




「んっ……栄慶……さ……」




「ねぇキミ……」









「エ ー ジ の 彼 女 ?」



「えっ!?」
 間近で聞こえた、栄慶さんではない男性の声で、私はパチリと目を覚ます。
「あ、起きた起きた! 全然目が覚めないんだもん、思わずイケナイ事しちゃおーかと思った」
「え? え!?」
 押し倒すようにして私の顔を覗き込み、声を掛けてくる男性。
 私は慌てて離れようと身体を捻るが、両手首を彼に握られているせいで身体を動かす事ができない。
「だっ、誰ですか!?」
 言いながら手を振りほどこうとするが、彼の掴む力が強くて動かせない。
「俺? 俺は硯 宗近すずりむねちか。で、キミは?」
「む、室世癒見です……って、手を離して下さいっ!!」
「――……いやだ、って言ったら?」
 な、何なのこの人っ
 紺のライダースジャケットを着たその男性は、面白そうに笑みを浮かべながら私に顔を近づけてくる。
「やっ、離してっ、離して下さいっ!!」
「じゃあ俺の質問に答えたら離してあげる」
「ユミちゃんはエージの何? 恋人~? 婚約者~?」
「こ、恋人とか……婚約者とかっ、何言ってるんですかっっ」
「そもそもエージって誰ですか!!」



「私の名だ」



「――! 栄慶さんっ!?」



 障子を開けて入ってきたのは、眉間に皺を寄せたスーツ姿の栄慶さんだった。
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