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第四章
親友 其の七
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彼は開けた障子の枠組みにもたれ、腕を組みながら話し始める。
「僧侶は得度という儀式を受ける事で僧名を与えてもらうんだ」
「私の場合、本名が永見栄士。得度後は祖父、正慶の一文字を取って栄慶となったんだ」
「そうだったんですか……」
だから〝エージ〟って、この男性は呼んでたのね。
「ともかく宗近、癒見から離れるんだ」
栄慶さんは私に向けていた視線を彼に移し、強く睨む。
「えー……、離れないとだめー?」
「離 れ ろ」
「ちぇー」
彼は睨みに臆する事なく返事をしながら、渋々といった感じで身体を起こし始めた。
しかし、その状態でも片方の手首は掴まれたままで……私もつられる様に上半身を起こす。
栄慶さんは握られた手首にチラリと視線を落としたが、諦めたのかそのまま彼の方を見て言葉を続けた。
「まったく、探しても見当たらないと思えば……。今日はお前の通夜だろう? どうしてここにいる」
「だってさー、ああいうの辛気臭いじゃん。すっご~く暗~い感じ。見てるだけで嫌になっちゃう」
「皆、お前の為に悲しんでるんだろうが」
「俺 の 為 に、ねぇ……そんなの見た目だけでしょ。心の中でどう思ってんだか」
「俺は楽し~く、あの世へ逝きたいの」
「ね? そう思わない、ユミちゃん?」
「え……あの……」
栄慶さんと男性の、重いような軽いような会話をただ傍観 していた私は、急に向けられた問いかけにどう答えれば良いのか分からず、言葉を詰まらせた。
要はこの人……亡くなってるんだよね。
一条さんが言っていた『亡くなった友人』とは恐らくこの男性の事なのだろう。
だけど余りにも楽天的と言うか……自分が亡くなったと言うのにあっけらかんとしている様子に、私は只々驚くしかなかった。
そんな私を面白そうにニコニコと見ていた男性は、掴んでいた私の手首を離したかと思うと、すぐに指を絡めるように握ってきた。
「――っ!?」
「だからね、ユミちゃん。俺 と こ れ か ら デ ー ト し よ ?」
「へ!?」
「デートデート、お空のデートっ、一緒にひとっ飛びして楽しもうよっっ!」
「い、いや……ちょっと待って下さいっ! あなたは飛べるかもしれないけど、私は生きてるから飛べませんよっ」
思わずそう彼に反論しつつも、私はある〝違和感〟を覚えた。
なんで私
この人の手を
掴 め る の ?
彼が握ってきた手を掴めることに気づき、目を見開く。
私は霊に掴まれることはあっても掴むことはできない。
それにいくら私が霊媒体質だと言っても地縛霊や浮遊霊、この世に未練を残し現世に留まってしまった霊ではない、亡くなったばかりの人がこんな簡単に生きてる人を掴むことができるだろうか。
(何で? この人まだ生きてる人? いや、でも栄慶さんは……)
握られた手の感触を確認するように、にぎにぎと彼の手を握り返していると、彼は『ああ!』と何かに気づいたようで
「大丈夫、ほらあれっ」
と、後ろを指差した。
「……」
(んなっ!?)
彼が指差した先にあったものを見て、私は驚きの声を上げる。
視線を向けたその先には……
座卓に突っ伏して眠る
私の後ろ姿があった。
「僧侶は得度という儀式を受ける事で僧名を与えてもらうんだ」
「私の場合、本名が永見栄士。得度後は祖父、正慶の一文字を取って栄慶となったんだ」
「そうだったんですか……」
だから〝エージ〟って、この男性は呼んでたのね。
「ともかく宗近、癒見から離れるんだ」
栄慶さんは私に向けていた視線を彼に移し、強く睨む。
「えー……、離れないとだめー?」
「離 れ ろ」
「ちぇー」
彼は睨みに臆する事なく返事をしながら、渋々といった感じで身体を起こし始めた。
しかし、その状態でも片方の手首は掴まれたままで……私もつられる様に上半身を起こす。
栄慶さんは握られた手首にチラリと視線を落としたが、諦めたのかそのまま彼の方を見て言葉を続けた。
「まったく、探しても見当たらないと思えば……。今日はお前の通夜だろう? どうしてここにいる」
「だってさー、ああいうの辛気臭いじゃん。すっご~く暗~い感じ。見てるだけで嫌になっちゃう」
「皆、お前の為に悲しんでるんだろうが」
「俺 の 為 に、ねぇ……そんなの見た目だけでしょ。心の中でどう思ってんだか」
「俺は楽し~く、あの世へ逝きたいの」
「ね? そう思わない、ユミちゃん?」
「え……あの……」
栄慶さんと男性の、重いような軽いような会話をただ傍観 していた私は、急に向けられた問いかけにどう答えれば良いのか分からず、言葉を詰まらせた。
要はこの人……亡くなってるんだよね。
一条さんが言っていた『亡くなった友人』とは恐らくこの男性の事なのだろう。
だけど余りにも楽天的と言うか……自分が亡くなったと言うのにあっけらかんとしている様子に、私は只々驚くしかなかった。
そんな私を面白そうにニコニコと見ていた男性は、掴んでいた私の手首を離したかと思うと、すぐに指を絡めるように握ってきた。
「――っ!?」
「だからね、ユミちゃん。俺 と こ れ か ら デ ー ト し よ ?」
「へ!?」
「デートデート、お空のデートっ、一緒にひとっ飛びして楽しもうよっっ!」
「い、いや……ちょっと待って下さいっ! あなたは飛べるかもしれないけど、私は生きてるから飛べませんよっ」
思わずそう彼に反論しつつも、私はある〝違和感〟を覚えた。
なんで私
この人の手を
掴 め る の ?
彼が握ってきた手を掴めることに気づき、目を見開く。
私は霊に掴まれることはあっても掴むことはできない。
それにいくら私が霊媒体質だと言っても地縛霊や浮遊霊、この世に未練を残し現世に留まってしまった霊ではない、亡くなったばかりの人がこんな簡単に生きてる人を掴むことができるだろうか。
(何で? この人まだ生きてる人? いや、でも栄慶さんは……)
握られた手の感触を確認するように、にぎにぎと彼の手を握り返していると、彼は『ああ!』と何かに気づいたようで
「大丈夫、ほらあれっ」
と、後ろを指差した。
「……」
(んなっ!?)
彼が指差した先にあったものを見て、私は驚きの声を上げる。
視線を向けたその先には……
座卓に突っ伏して眠る
私の後ろ姿があった。
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