憑かれて恋

香前宇里

文字の大きさ
80 / 109
第四章

親友 其の十四

しおりを挟む
 斎堂寺の客間に到着すると、真っ先に仰向けで寝かされた私の姿が目に入ってきた。
 両手は祈るようにお腹の上で組まれており、その手首にはなぜか数珠が巻き付けられていた。
(あれって、栄慶さんがいつも使ってるやつよね?)
 なぜあんな所に……と、不思議に思いつつ上から覗き込んでいると
「魂の緒が切れぬよう、念の為に施しておいたんだ」
 背後から彼の声が聞こえた。
「栄慶さんっ」
 振り返ると、スーツから法衣に着替えた栄慶さんが部屋に入ってくる所だった。
 彼は寝かされた私の身体に視線を向けながら答える。
「いくら生きているとしても肉体と魂とを結ぶ『緒』が切れてしまえばそれは死と同じ、もう身体に戻る事はできない」
「肉体もまた、魂がなければやがて朽ちてしまうだろう。今のお前はそんな状況下に置かれているわけだ」
 栄慶さんの話を聞いて、私はゾッと背筋が凍った。
 身体から魂が抜け出るという事は、それだけ危険なことだったんだ……。
「俺、そこまで考えてなかった……。ユミちゃんごめん、本当にごめんっ」
 宗近くんもまた、事の重大さに気づき、青ざめた顔で私に謝ってきた。
「だ、大丈夫だからっ! ほら、宗近くんも言ってたでしょ、栄慶さんが止めなかったから大丈夫だって」
「私も栄慶さんが居てくれるから大丈夫だって思ってたよ。それだけ私達、栄慶さんのこと信頼してるんだよね?」
「ユミちゃん……」
「まったくお前は……」
 栄慶さんは呆れたような声を出しながら私を見る。
 だけどその表情は穏やかで、心なしか嬉しそうにも見えた。


「栄慶さん…」

「癒見……」


 私達はしばらく見つめあうように視線を交わす。


「ねぇ……俺のこと忘れてる?」
 宗近くんのその一言で、私は慌てて忘れてないよと左右に両手を振り、また栄慶さんも一度咳払いをしてから宗近くんに視線を移動させた。
「で、逝く覚悟はできたのか?」
「そーだねー、ユミちゃんとデートもできたし、もう心残りはないよ」
「あ、まだ成仏しちゃ駄目っ!! 宗近くん、お父さんと正近くんに何も伝えてないじゃないっ!」
 その為に戻って来たんだからと彼を引き留める。
「って言ってもさー、やっぱ俺もう死んでるわけだし、二人と話しするなんて無理だよ。さっき見てそれは分かったでしょ?」
「簡単に諦めちゃ駄目っ! 確かに亡くなってから改めて伝える事は難しいのかもしれない。だけど亡くなる前に残しておけば、気づいてくれるかもしれないよっ!!」
「亡くなる前って……」


「だから宗近くん! 私の身体に入って!!」


「へ?」


「は?」



 自分の身体を指差しながら私は叫ぶと、二人は素っ頓狂な声をあげた。








「――……つまり、二人宛てに手紙を書くって事?」
「そうっ」
 私は栄慶さんと宗近くんに説明する。
 口で伝えて信じてくれないというのなら、文字にして伝えればいいのではないかと。
 筆跡はそう簡単に真似する事はできない。
 それを〝亡くなる前〟に書いておいたものだと言う事にしておけば、二人はその手紙を読んでくれるはず。
 そしてお父さんと正近くんなら、きっと宗近くんの筆跡だと分かって信じてくれるはず。
 机の上で見た履歴書を見て、私はそう考えた。
 そしてそれは人に憑依できる宗近くんだからこそ出来ること。
「やってみる価値はあると思うの」
「まぁ……それならさっきよりは信じてくれる可能性はあるかもしれないけど……、俺、そんなもの書いて残す性格じゃないからなー」
 いまいち確信が持てないのか、「う~ん」と口に手を当てながら考える宗近くんに、私は後押しする。
「そこは正近くんが知っていたように、宗近くんも病気のこと知っていた事にすればいいんじゃないかな」
「そして子供の頃から面識のある栄慶さんがその手紙を預かっていた事にしておけば、信憑性も高まると思うの」
「確かにそれなら分かってくれるかも」
「決まりねっ! じゃあさっそく私の身体に……」
「駄目だ」
「え?」
 静かに話を聞いていた栄慶さんが、横から口をはさんだ。
「手紙の件はかまわん。だが、今お前の身体を使わせるわけにはいかない」
「ど、どうしてですかっ」
「少なくとも肉体から魂が離れて三時間は経ってるはずだ。数珠で抑えていたとしてもそろそろ限界だろう」
「気力が弱っている状態で身体を貸せば、その後お前の魂が戻れる保証はない」
「そんな……」
 つまり、さっき栄慶さんが言ってたみたいに『緒』が切れて死んじゃうって事!?
「あー……じゃあ俺、ちょっと外行って誰かの身体借りて……」


「私の身体を使えばいい」


「エージ!?」


「栄慶さんっ!?」


「見知らぬ者より、見知った者の身体を使う方がやりやすいだろう? なら私の身体を使え」
「癒見がお前の為に考えた事だ。少しは私にも手伝わせろ」



「それにお前は私の……友人だ」




 栄慶さんは宗近くんから視線を逸らし、ボソリと呟くように小声で言った。
「栄慶さん……」
「エージ……」




「……さんきゅ」



 宗近くんも栄慶さんに小声で返す。



 そんな二人のやりとりを見て、私の心は温かくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...