憑かれて恋

香前宇里

文字の大きさ
4 / 109
第一章

インテリ住職 其の三

しおりを挟む
「ひっ……!」
 喉の奥から微かに声が漏れる。
 私に抱きついてきたのは、黄色い帽子を被った女の子だった。
 血まみれた顔面から僅かに確認できた唇は青紫色をしており、目はくり貫かれたようにドス黒く、眼球を確認する事ができない。
(嫌ぁ!!)
 恐怖で声が出ない。
(やめてっ、やめてよ! 何で私に憑こうとするのよ!)
 即座に振りほどこうと身をよじるが、少女は抗うように力を込めてくる。
『 ……ね ぇ 』
  青紫色の唇が微かに動いた。
『 ねぇ、お姉ちゃん……、マナと一緒に…… 』
(――!? この子、私を連れて行こうとしてるの!?)
 不慮の事故により地縛霊になった者は、一人では寂しいからと生きた人を引きずり込もうとする事がある。もしかしてこの子も……
(いやっ!)
(離して! 離して!!)
 私は目を閉じながら何度も心の中で叫び続ける。私は霊に掴まれる事はあっても掴むことができない。自分から引き離すことができないのだ。
 私は心の中で叫び続ける。
(お願い離してっ!、お願いっ!)
 しかし少女には伝わらないのか、一向に私から離れない。それどころかさっきより掴む力が強くなってる気がする。
 このまま車道に引きずり込まれるのでは!? と、さらに恐怖を覚えた私は、何とか声を出そうと肺に入った空気を出し切るように何度も短い息を吐きだす。
 そして全ての息を吐きだすと、今度は強く吸い込み
「離しなさいよっ!!」
 と強く叫び、ギッと少女を睨みつけた。
 すると少女はビクッと怯えたように身体を震わせ、腕の力を緩めた……その一瞬の隙をつき、私は身体を捻り少女から逃れる。
(助かった……っ)
 と、思ったのもつかの間。
 運悪く歩道と車道の間にある段差に足を取られてしまい、車道側のアスファルトへと倒れこんでしまった。
「いっ……たぁ……っ」
 膝に鈍い痛みを感じつつ、私は何とか起き上がろうと顔を上げると、視界の端に大きな塊が映りこんできた。
(嘘……トラック…)
 振り向いた時にはもう既に近くまで迫っていた。
(ひ、轢かれるっっ)
 スローモーションのように向かってくるトラックに、私はもう駄目だと強く目を閉じた、次の瞬間……右腕をグッと掴まれる感じがしたと同時に、身体がグンッと後ろに傾き、今度はアスファルトではない硬い何かに倒れこんだ。
(え……?)
 背後でクラクションを鳴らしながらトラックが通り過ぎていく……。
(たす……かった……の……?)
 私は何が起きたのか分からないまま、暫く呆然していると
「大丈夫ですか?」
 と、不意に頭上から声が聞こえた。
 私は思わず身を強張らせる。
 が、その張りのある声と服の感触に、生きた人だと分かり肩の力を抜く。
 そして安堵と共に漂ってきた香りに首を傾げる。
(この匂い……お線香……?)
 私は昔からこの匂いが苦手だった。この香りが漂う場所には視たくないモノが沢山いるから。
 でも……これは違った。なぜかホッとするような安心するような……そんな感じがする。
(どうして…?)
 そんな奇妙な感覚にとらわれながら見上げると、髪のない男性と目が合った。
「貴方は憑かれやすい体質のようですね」
(この人、もしかして視えてるの!?)



 ――――これが栄慶さんとの出会いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...