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第一章
インテリ住職 其の十
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少しして、目的地である病院の、錆びれて外れかかっている鉄格子の門前に辿り着いた。
私は建物を見上げる。
薄暗い夕暮れの中、静かに佇む廃病院はまるで別世界のようで……時折聞こえる鴉の劈くような鳴き声が、より一層不気味さを醸し出している。
ゾワリと全身が総毛立つ。一歩足を踏み入れれば二度と戻る事はできない、そんな錯覚さえ起こさせる程の場所だった。
――うん、無理。
先ほどまでの勢いは何処へやら、一瞬で頭が冷えた私は、すぐさまこの場所に来てしまったことを後悔する。
さらに後ずさりながら、言い訳を考え始めた。
もうすぐ日が暮れるし。
朽ちていて中、危ないだろうし?
そもそも立ち入り禁止って書いてるし!
(そ、そうだっ、明日聞き込みして、それを元に書けば……)
(――って、もぅっ! 何考えてんのよ!!)
打ち消すように頭を左右に振りながら、以前斎堂寺で自分が言った言葉を思い出す。
『私がこんな体質なのも、この部署に配属されたのも、何かの巡り合わせじゃないかって』
『怖いだけじゃないって事を少しでも知ってもらえたらって思うようになったんです』
――あんな事言ったくせに、いざそうなれば逃げ腰で言い訳ばかり。
『いいんじゃないか? そんな考えを持った者が一人いても』
彼はそう言ってくれたのに……
「~~~~っっ」
私はパシンっ、と自分の両頬を叩く。
大丈夫! 危険だと思ったらすぐに引き返せばいい。
「よしっ‼」
気合を入れ直した私は、壊れた鉄門の隙間から敷地の中へと入った。
建物の入口は分厚い板と鎖で頑丈に封鎖されていた。一階全ての窓にも板が打ちつけられており、中を確認する事すらできない。
私は生い茂った草むらの中を、外壁に沿って奥へと進んでいく。
(うう~、やっぱり怖いっ)
落ちている木の枝を踏む音でさえ身体が過敏に反応しているのが分かる。帰りたい衝動に駆られながらも何とか歩き進めていると、急に建物の中からバタバタと走ってくる足音が聞こえ始めた。
(だ、誰かいる!?)
私は立ち止まり身構える。
「おい、やばいって! どうすんだよ!!」
「どっ、どうするったって……っ」
その声は建物の中から外へと移動する。声を聞く限り霊ではないだろう。私はそろりと近づき建物の角から半分顔を出して確認すると、中高生ぐらいの少年が二人、少し離れた場所で立っているのが見えた。
一人は頭を掻き毟りながらウロウロと動き回り、もう一人はオロオロとしながら中を窺っている。
――何かあったのだろうか。
「君たち……どうかしたの?」
私は思わず声を掛ける。急に現れた私を見た二人は、一瞬表情を強張らせたが、すぐに助けを求めるように近寄ってきた。
「あ、あのっ、俺たち三人で肝試しに来てたんですけど、俊介……友達が急におかしくなって暴れだしたんです。俺らそれ見て怖くなって……アイツ置いて逃げてきたんです!」
もしかしたら幽霊に取り憑かれたかもしれない……と、少年は再び頭を押さえ右往左往し始める。
(もしかして……あの写真に写ってた白い影に?)
もう一人の少年に場所を聞くと、やはりあの写真に写っていた付近でおかしくなったらしい。
「ね、ねぇ……やっぱり俊介の親に連絡した方がいいんじゃ……」
「無理だって! 俺とアイツの親スゲー厳しいの知ってんだろ!! 図書館で勉強するって言ってここに来たのに、バレたらどうなるか……」
彼らが着ている制服は、隣町にある有名進学校のものだった。余程親が怖いのか、少年はしきりに連絡するのを嫌がっており、もう一人は今にも泣きそうな顔をしている。
(このまま放っておくわけにはいかないよね)
そもそも私もそれを確認しに来たわけだし。
「――分かった。君たちはそこで待ってて、私が見てきてあげる!」
少年たちは一瞬安堵の表情を見せたが、すぐに心配そうな顔で見つめてくる。
「大丈夫、きっと友達はあまりの怖さに幻覚を見ちゃってるの。今頃正気に戻って君たちを探してるはずだから、ね?」
安心させるように努めて明るく振る舞って私は答える。
「そ……そうだよな、幽霊なんかいるわけねーよな」
「だよねっ、俊介って何でも信じやすいからっ」
「そうそう、だからここで待ってて。すぐ戻るからね」
私は二人が頷いたのを確認すると、人ひとり入る隙間のある扉に身体をねじ込み、中へと入った。
私は建物を見上げる。
薄暗い夕暮れの中、静かに佇む廃病院はまるで別世界のようで……時折聞こえる鴉の劈くような鳴き声が、より一層不気味さを醸し出している。
ゾワリと全身が総毛立つ。一歩足を踏み入れれば二度と戻る事はできない、そんな錯覚さえ起こさせる程の場所だった。
――うん、無理。
先ほどまでの勢いは何処へやら、一瞬で頭が冷えた私は、すぐさまこの場所に来てしまったことを後悔する。
さらに後ずさりながら、言い訳を考え始めた。
もうすぐ日が暮れるし。
朽ちていて中、危ないだろうし?
そもそも立ち入り禁止って書いてるし!
(そ、そうだっ、明日聞き込みして、それを元に書けば……)
(――って、もぅっ! 何考えてんのよ!!)
打ち消すように頭を左右に振りながら、以前斎堂寺で自分が言った言葉を思い出す。
『私がこんな体質なのも、この部署に配属されたのも、何かの巡り合わせじゃないかって』
『怖いだけじゃないって事を少しでも知ってもらえたらって思うようになったんです』
――あんな事言ったくせに、いざそうなれば逃げ腰で言い訳ばかり。
『いいんじゃないか? そんな考えを持った者が一人いても』
彼はそう言ってくれたのに……
「~~~~っっ」
私はパシンっ、と自分の両頬を叩く。
大丈夫! 危険だと思ったらすぐに引き返せばいい。
「よしっ‼」
気合を入れ直した私は、壊れた鉄門の隙間から敷地の中へと入った。
建物の入口は分厚い板と鎖で頑丈に封鎖されていた。一階全ての窓にも板が打ちつけられており、中を確認する事すらできない。
私は生い茂った草むらの中を、外壁に沿って奥へと進んでいく。
(うう~、やっぱり怖いっ)
落ちている木の枝を踏む音でさえ身体が過敏に反応しているのが分かる。帰りたい衝動に駆られながらも何とか歩き進めていると、急に建物の中からバタバタと走ってくる足音が聞こえ始めた。
(だ、誰かいる!?)
私は立ち止まり身構える。
「おい、やばいって! どうすんだよ!!」
「どっ、どうするったって……っ」
その声は建物の中から外へと移動する。声を聞く限り霊ではないだろう。私はそろりと近づき建物の角から半分顔を出して確認すると、中高生ぐらいの少年が二人、少し離れた場所で立っているのが見えた。
一人は頭を掻き毟りながらウロウロと動き回り、もう一人はオロオロとしながら中を窺っている。
――何かあったのだろうか。
「君たち……どうかしたの?」
私は思わず声を掛ける。急に現れた私を見た二人は、一瞬表情を強張らせたが、すぐに助けを求めるように近寄ってきた。
「あ、あのっ、俺たち三人で肝試しに来てたんですけど、俊介……友達が急におかしくなって暴れだしたんです。俺らそれ見て怖くなって……アイツ置いて逃げてきたんです!」
もしかしたら幽霊に取り憑かれたかもしれない……と、少年は再び頭を押さえ右往左往し始める。
(もしかして……あの写真に写ってた白い影に?)
もう一人の少年に場所を聞くと、やはりあの写真に写っていた付近でおかしくなったらしい。
「ね、ねぇ……やっぱり俊介の親に連絡した方がいいんじゃ……」
「無理だって! 俺とアイツの親スゲー厳しいの知ってんだろ!! 図書館で勉強するって言ってここに来たのに、バレたらどうなるか……」
彼らが着ている制服は、隣町にある有名進学校のものだった。余程親が怖いのか、少年はしきりに連絡するのを嫌がっており、もう一人は今にも泣きそうな顔をしている。
(このまま放っておくわけにはいかないよね)
そもそも私もそれを確認しに来たわけだし。
「――分かった。君たちはそこで待ってて、私が見てきてあげる!」
少年たちは一瞬安堵の表情を見せたが、すぐに心配そうな顔で見つめてくる。
「大丈夫、きっと友達はあまりの怖さに幻覚を見ちゃってるの。今頃正気に戻って君たちを探してるはずだから、ね?」
安心させるように努めて明るく振る舞って私は答える。
「そ……そうだよな、幽霊なんかいるわけねーよな」
「だよねっ、俊介って何でも信じやすいからっ」
「そうそう、だからここで待ってて。すぐ戻るからね」
私は二人が頷いたのを確認すると、人ひとり入る隙間のある扉に身体をねじ込み、中へと入った。
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