わたあめ

めろん

文字の大きさ
2 / 2
出会い

菜の花

しおりを挟む
「ただいま」
そういうとすぐに声が出なくなった。心臓はまだ深く鼓動を打っている。気が抜けたように口を開けていたらその鼓動が誰かに聞こえそうだったので、和哉は力の抜ける口に必死に力を入れた。
部屋に行きたかったけどあいにく香菜が友達と算数ドリルを解いているらしいので、そのままリビングに直行した。全く、小学生とは気楽な生き物だ。
母も父もいない。和哉はドアのそばにバックを置き去りにしてソファーに倒れ込んだ。年季の入ったソファーは優しい温もりで和哉を包んでくれる。
「お兄ちゃん、おかえり」
香菜がひょっこりと顔を出す。ジュースのおかわりをしに来たらしい。
「ごめんね、トモちゃんもうちょっとで帰るから、それまで待ってて」
ひたひたについだオレンジジュースを手に小声で香菜は言う、が、そんなの全く耳に入ってこなかった。
和哉はまだ、言い表せない桜色の気持ちにすっかり侵されていた。
透き通るような声で歌う彩音。吸い込まれるような目でこちらを見つめてくる彩音。少し下を向いてはにかむ彩音。
わずか数分の出来事が頭の中を駆け巡る。
これから自分はどうすればいいのか、ふとそんな思いが過ぎった。彩音と仲良くなりたい。けど、これ以上話す口実も無いし、異性だし、第一平常心を保っていられそうになかった。
そして、和哉の中をぐるぐる回る一番大きな問題点。それは。

この気持ちは、一体なんと言うのだろうか?





帰り道、また例の河原を通ってみる。
同級生のはずなのに、今日は一回も会っていない。クラスも違うようだし、また一層話しかけにくくなったような気がした。
今日は夕方から拓馬と裕翔と祭りに行く予定だ。だから早く帰って香菜と両親の分の夕飯を作らなければならない。和哉は少し駆け足で進む。
…と、そこにまたあの声が聞こえた。
ふと足を止める。急いでいても、やはり話しかけたいものは話しかけたい。仲良くしたいものは仲良くしたいものなのだ。
目の前には、昨日と同じ光景と音が広がっていた。彩音は今日もあの場所であの時と同じ歌を歌っている。
「その歌、なんて言うんだよ」
気づいた時にはもう、彩音のすぐ後ろの草むらに寝転がって声をかけていた。
「あっ、昨日の」
それだけいうと、彩音は和哉の隣に腰を下ろす。とくん、と心臓が1回だけ深く打った。
「ユーレイズミーアップっていうの。」
ほら、と彩音は和哉の前に手書きの楽譜を掲げる。
「いい曲なんだよ」
そう、とだけ返す。彩音はまた少しはにかむと楽譜をじっと見つめた。
「あのさ、お前、何組だよ」
「3組」
「そうか。俺、1組」
ぎこちない会話が続く。本当に言いたいことは、本当に聞きたいことは、これじゃないことを和哉は知ってるのになかなか言い出せない。
「あのさ」
「ねえ、名前、何?」
えっ、と気の抜けた声を漏らす。彩音から質問されたのはこれが初めてだ。
「名前、あなたの。聞いてなかったから」
ああ、とだけいうと和哉は左を向く。彩音が昨日そうしてくれたように、しっかりと彩音を見つめる。
「俺、和哉」 
一瞬だけ笑いかけてみせる。彩音もそれを見て笑みを返してくれた。

彩音の笑顔が見れたのなら、もうなにも怖くない気がした。

「あのさ、今日祭りあるじゃん」
「…うん」
「一緒、行かねえか」
目頭が熱くなるのを感じた。鼓動は強かに和哉を打っていく。
和哉が口を閉じてから彩音が口を開くまで、何十年もの歳月が立ったような気がした。一秒が一時間にも、一年にも感じられた。
「ごめん、祭りは、ちょっと」
想像していたようで予想外の言葉に、一気に力が抜けた。もし立っていたりしてたなら、倒れこんでしまっていただろう。
「そうだよな…昨日あった相手に」
「いや、そういうわけじゃなくて、その」
いいんだよ、と声を漏らす。空が段々と紅くなり始めているのがわかった。喉元まで来ていた言葉をぐっと押し込むと、和哉はおもむろに立ち上がった。
「じゃあ、また。」
「うん、ごめんね」
彩音は下を向いたままそう口にした。このままじゃ、いけない。和哉は直感的にそう思った。
「明日、また来ても、いいか」
彩音はふと顔を上げた。その頬はまたりんごのように染まっていた。
「うん、また話そ」
彩音はいつもの笑顔を浮かべる。
その笑顔に自分なりの精一杯の笑顔を見せつけて、和哉は坂道を駆け上った。

このなんとも言えない気持ちは、今日これから作ろうとしている菜の花の天ぷらみたいにあったかくて少し苦いものなのだと、この時初めて知った。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...