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第四章「竜殺しの騎士」
第17話「選択」
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フィーヤは一人、人目を避ける様に砦の中を歩く。
戦闘前の警戒態勢。そんな中では、人気のない場所などある訳もなく、フィーヤは避けることを諦め、途中の階段に腰を降ろし、項垂れる。
人に死ねと命じる事。それが怖く、身体が震えだす。
選択肢がなく、流れそうなるのなら、まだ耐えられたかもしれない。けれど、選択肢が出されてしまった。そのどちらものが、近しい誰かに死をもたらす事になりえる選択肢で、それを自らの口で選択することが、出来そうに無かった。
足音が響く。砦の彼方此方で、兵達が走り回り戦闘のための準備と装備の確認などが行われており、その声が響いてくる。
自分とはほとんどかかわりのない誰かが、自分の為に命の危険にさらされていく。足音と声を聴く度、その現実を見せつけられ、自分の罪深さを思い知らされる。
世界は何故、こんなにも自分を苦しめるのだろうか? そんな風に世界を呪う思いさえ、浮かんでくる。
「フィーヤ様。ここに居られましたか」
兵達が駆け回る光景を遠目に眺めながら、呆然としていると、そう声がかかった。ゆっくりと顔を上げ、声がした方へ目を向けると、階段の上からビヴァリー伯爵が降りて来ていた。
「顔色が悪いみたいですが、御加減は大丈夫ですか?」
フィーヤの姿を見て、ビヴァリーは直ぐに様子がおかしい事に気付き、顔を顰める。
「大丈夫です。……直ぐ、気持ちを落ち着けますから……」
尋ねられ、自分の内心を悟られまいと、フィーヤは気丈に振る舞う。
「もしかして、怖いのですか?」
けれど、それは直ぐに見破られてしまった。
「ダメですね……私は……一番確りしないといけない時に、この様では……」
見破られ、諦め、フィーヤの口から弱音が零れ落ちる。
「初めての事です。誰もが上手くやれるわけではありません。私で良ければ、お話をお聞きしますよ」
柔らかく気を使うような声で、ビヴァリーはそう告げると、フィーヤのすぐ隣へと腰を降ろす。
フィーヤはそれに、一度大きく深呼吸をして、心を落ち着け気持ちを整理しながらながら、それから口を開く。
話せば、少しは気が楽になるような気がした。
「私は……なんと罪深い人間なのでしょうか? 多くの人を巻き込んで、多くの他人を死なせようとしている。無力な私の為に、多くの人が犠牲になっていく、それが耐えられないのです。
私は何故、こんな風に育ち、こんな道を歩んでしまったのでしょうか? そう、思わずには、いられないのです。
私があの時、あの場で亡くなっていれば、そうとさえ思えてしまうのです」
こぼれ出した弱音から、ずるずると言葉が零れ出る。そして、それに釣られる様に、耐えていた涙があふれ出す。
「人を、死ぬかも知れない戦場へ送り出すのが、怖いのですね。けれど、そうしなければ生き残れない。誰だって生きたいものです。死から抗いたいと思うのは、当然の事です。ですから、生きるために戦うという決断下すあなたを、誰も責めたりはしませんよ」
優しく優しい言葉でビヴァリーが諭してくれる。けれど、それにフィーヤは首を振る。
「そんな訳、無いじゃないですか……。
私が、普通の王族だったら、それでよかったかもしれません。けれど、私は……無力な人間です。私の為に戦ってくれる彼らの為に、私がしてあげられることなど、何もありません。私は、彼らの死を、無駄にしてしまう。それなら、私が、私自身が犠牲なれば、彼らが助かる。そうと分かっているのに、私は、それさえ、選べないでいる。
そんな私を、誰が、何のために、守るのでしょうか? こんな私の為に戦う者達に、何の意味が、あるのでしょうか?
私は、私は――」
堰を切らせたように言葉が流れです。そうなってしまえば、自分で止めることは出来なくなり、そのまま抱えていた言葉流れです。
「もう、よしなさい」
そっと肩に手が添えられ、優しく告げられる。それにより、歯止めがかかり、言葉が止まる。
「申し訳ありません。せっかく、私の為に、あれこれと尽くしてくださっているのに、このような事を……」
醜く、浅ましい姿を見せてしまった。その事に耐えられなくなり、フィーヤはビヴァリーから目を逸らす。
「そんなに自分を追い詰めないでください。
人の価値は、誰か個人――自分ひとりによって決められるものでは有りません。今まで歩んできた道、成してきたこと、それらを総合し、最後に、関わってきた多くの人の中で決められるものです。ですから、あなた個人がそうと決めつけたからといって、それが無力の証明とはなりません。私は、あなたの事を、無価値な、無力な人間だとは思いません」
「けれど、私には何もありません。きることなど、何も思いつきません。それは、無力の証明ではない無いでしょうか?」
ビヴァリーの言葉を否定する様に、強い声音で言葉を紡ぎフィーヤはビヴァリーを見返す。ビヴァリーはそれを、ゆっくりと首を横に振り、否定する。
「私がなぜ、あなたに手を貸すか、分かりますか?」
静かに、ビヴァリーが問いかけてくる。
「それは……お母様への恩が……有ったからでは……無いのですか?」
じっと見返してくるビヴァリーの瞳。その瞳は何かを訴えかけて来るようで、その真意が分からず、フィーヤは言葉を濁す。
「確かに、フィーヤ様のお母様への恩はあります。けれど、それだけで、ここに集まった兵の命に、私の領地に生きる領民の命、それらを危険に晒す事は出来ません。もっと、他の理由があったからです。それが、なんだかわかりますか?」
再び問い返され、答えが分からず首を振る。
「私達は一人で生きていけるほど強くはありません。だから国を作る。人の集まる国は、個々人の考えで動ける程、柔軟ではありません。だらか、指導者を据え、その者によって導かれ、築かれる。
私達は、国という社会に属する以上、指導者に逆らう訳にはいきません。けれど、それでも、より良い場所、生きやすい世界を望まない訳ではありません。だから、私達は、私達の望む世界を指導者にたくし、より良い世界へと導いてくれる指導者を選ぶのです。
王都でなにがあり、どうして、あなたが追われているかについては、はっきりと正確な事は知りません。けれど、私は、あなたと、あなたのお母様を、昔から見てきました。そして、あなたなら、私達が望む世界を実現してくださる。そう思えたから、あなたに力を貸しているのです。あなたにはそれだけの力があると思ったから力を貸しているのです」
じっと見つめ、ビヴァリーが訴えかけてくる。
「そんな力……私にはありません……」
「それを決めるのはあなたではありません。やってみなければ、その事は分かりません」
「それで……ダメだったら……犠牲になるのは、私の命だけではなにのですよ……」
「そうですね。けれど、何事にもリスクが伴います。同然、人の命が失われる事もあります。それは、誰を選ぼうと変わりません。ですから、私は、一番可能性が高い者、信じられる者を、選択しているのです」
「そんな責任……私に……押し付けないでください……」
「確かに、人の上に立ち、人を導くという事は、とても辛い事です。言葉一つ、選択一つが、多くの人の生き死に関わる。私も、多くの人を死なせ、多くの人に責められました。けれど同時に、多くの人を救ってきたつもりです。指導者には、多くの人を死なせる力があると共に、多くの人を救う力があるのです。
今、王都からは良くない噂を耳にします。これから何かが起こる。そう思わざるを終えません。そんな時に私が出来る事は、酷く少ない。けれど、王族であるあなたなら、私以上に多くの人救えると思っています。ですから、私は、ここであなたを失う訳にはいかないと考えています。どうか私達を導いてください」
「そんなの……私は……」
告げられる言葉が重くのしかかる。多くの命を生かす事ができるのかもしれない。けれど、それは同時に多くの人を死なせることもあり得る。そんな選択肢を上手く選択し続けるだけの自身などはない。その一つ一つの選択にかかる重圧を耐えていけるとも思えない。それを迫られる事が怖くて、フィーヤは耳を塞ぐ。
「ビヴァリー様。失礼します。お話し中でしたか?」
唐突に兵の一人が傍へ駆け寄ってきて、話しに割り込む。
「いえ、大丈夫ですよ。要件は?」
「はい。確認していただきたい事がありまして……こちらへ来ていただけないでしょうか?」
告げられた要件に、ビヴァリーは少し困ったような表情を浮かべる。
「分かりました。直ぐに伺います」
そして、要件を飲むと、立ち上がる。
「難しく、辛い判断かと思います。けれど、あなたにはそれが出来ると、私は思っています。ですからどうか、私達を救ってください」
最後にビヴァリーはそう告げると共に、頭を深く下げ、兵士と共にその場を後にして行った。
一人、フィーヤがその場に残される。
未だに多くの足音と、声が響いてくる。
皆、戦おうとしている。フィーヤの為に、命を懸けて戦おうとしている。その事実がはっきりと分かる。そして、それが重く伸し掛かってくる。
怖くて耳を塞ぐ。それでも、音は聞こえてくる。
『人の価値だとか、そういったものは、私にはまだ良く判らない。けど、あいつ――アーネストはお前を助ける事を選択した』
ふと、一人の少女の言葉が頭に過ぎる。
『けど、お前はそれを否定する。お前は、あいつの想いを否定する』
鋭く恐怖を覚えさせる瞳を向け、告げられた言葉が思い出される。
足音が響く。皆、命を懸けて戦おうとしている。そうするしかなかったから。そういうものも居るだろう。けれど、多くの者はそこに何か意味を見出したから、戦う選択を出来るのだろう。
それは領主であるビヴァリーなら、自分たちをより良い場所へと導いてくれると判断したからだろう。そして、そのビヴァリーがフィーヤならと判断したから、彼らはフィーヤの為に戦えるのだろう。
皆、命を――すべてをかけている。それに対し、私は何が出来ているだろうか? まだ、何も出来ていない。
「私は……なんと浅ましい人間なのでしょうか……」
すべてをかけてくれる者達の前で、ただ、怖いからと逃げた。その事実に笑えてくる。
一度、大きく息を吸う。
(人は、何の代償もなしに、生きているわけでは無い。なのに私は――私にはまだ、出来る事がある……きっと)
そして、手を強く握りしめ、覚悟を決める。
* * *
扉を開き、仮設の会議室へと入る。予定の時間より少し遅れてしまった。
すでに皆が揃っており、フィーヤが会議室へと入ると、皆、緊張の色を見せる。
「遅くなり、申し訳ありません」
フィーヤはそんな彼らの視線を受けながら、会議室を歩き上座へと立つ。
「それでは、会議を始めていきましょう。
けれど、その前に告げておきたいことがあります」
一度、集まった者達に目を向け、大きく息をする。
「私は、見ての通り、小さな、か弱い人間です。私が出来ることなど、たかが知れています。
そんな私でも、ただ一つ、王族という立場から、誰かに狙われ、命の危険に晒されています。今、この場にある状況も、きっとそれに起因する事でしょう。
そして、そんな状況の中、多くの人が私の為に、命を賭して戦おうとしている。私はそんな彼らの為に、共に戦う事ができるわけでもなく、何かをしてあげられる訳でもありません。出来る事は、ただ祈ることぐらいです。
私は無力な人間です。財力もなく、政治力も無い。そんな人間です。
けれど、もし、あなた方が王族として認めてくださるのなら――私に力を貸してくださるのなら、私は王族として出来る事があるかもしれません。
私は、未熟で不出来な人間です。私と共に歩むことは、きっと危険な事でしょう。私の未熟さゆえに、失望させてしまかもしれません。けれど、もし、私を王族として認め、私に力を貸してくださるのなら、私は王族としてあなた方の願いに応えたいと思っています。
身勝手で、理想だけの、先見性の無い事だという事は分かっています。ですがどうか、私に力を貸してください。私を救ってください」
精一杯の想いを告げフィーヤは皆に頭を下げる。
この状況で、ここに残ったのだ。皆が私に従う者達である事は分かっている。けれど、だからといって、それに甘んじるわけにはいかない。そう思ったから、一度、自分の想いを口にしておきたかった。そうすることで、自分の気持ちを確かなものとしておきたかった。
少しの間、会議室の空気が静まり返る。それから小さく拍手が告げられる。
顔を上げる。会議室の端、壁際に立つ少女が小さく、拍手を返してくれていた。それに続く様に、他の者達も拍手を返し、それが広がっていく。
「姫様。今更何を言いますか。私は、あなたに救われてからずっと、あなたと共に、あなたの作る未来のために、尽くしたいと思っています。どうか私の力を、姫様の為に、使わせてください」
拍手が広がる中、フィーヤの直ぐ傍に控えていたレリアが、フィーヤの前に立ち、跪く。相変わらずの忠誠。少し煩わしく思えていたそれが、今は嬉しく思えた。
フィーヤはずっと、人との繋がりを避けてきた、故に他者から受け入れられる人間ではないと思っていた。けれど、この場に居る人からは受け入れられた。決して多いと言えない数だろう。けれど、ずっと、人との繋がりを立ってきたフィーヤには、大きな数だった。それだけに、その事が嬉しく、涙が浮かぶ。
「ありがとうございます」
そっと浮かんだ涙を拭う。
「それでは、作戦会議を始めましょう」
戦闘前の警戒態勢。そんな中では、人気のない場所などある訳もなく、フィーヤは避けることを諦め、途中の階段に腰を降ろし、項垂れる。
人に死ねと命じる事。それが怖く、身体が震えだす。
選択肢がなく、流れそうなるのなら、まだ耐えられたかもしれない。けれど、選択肢が出されてしまった。そのどちらものが、近しい誰かに死をもたらす事になりえる選択肢で、それを自らの口で選択することが、出来そうに無かった。
足音が響く。砦の彼方此方で、兵達が走り回り戦闘のための準備と装備の確認などが行われており、その声が響いてくる。
自分とはほとんどかかわりのない誰かが、自分の為に命の危険にさらされていく。足音と声を聴く度、その現実を見せつけられ、自分の罪深さを思い知らされる。
世界は何故、こんなにも自分を苦しめるのだろうか? そんな風に世界を呪う思いさえ、浮かんでくる。
「フィーヤ様。ここに居られましたか」
兵達が駆け回る光景を遠目に眺めながら、呆然としていると、そう声がかかった。ゆっくりと顔を上げ、声がした方へ目を向けると、階段の上からビヴァリー伯爵が降りて来ていた。
「顔色が悪いみたいですが、御加減は大丈夫ですか?」
フィーヤの姿を見て、ビヴァリーは直ぐに様子がおかしい事に気付き、顔を顰める。
「大丈夫です。……直ぐ、気持ちを落ち着けますから……」
尋ねられ、自分の内心を悟られまいと、フィーヤは気丈に振る舞う。
「もしかして、怖いのですか?」
けれど、それは直ぐに見破られてしまった。
「ダメですね……私は……一番確りしないといけない時に、この様では……」
見破られ、諦め、フィーヤの口から弱音が零れ落ちる。
「初めての事です。誰もが上手くやれるわけではありません。私で良ければ、お話をお聞きしますよ」
柔らかく気を使うような声で、ビヴァリーはそう告げると、フィーヤのすぐ隣へと腰を降ろす。
フィーヤはそれに、一度大きく深呼吸をして、心を落ち着け気持ちを整理しながらながら、それから口を開く。
話せば、少しは気が楽になるような気がした。
「私は……なんと罪深い人間なのでしょうか? 多くの人を巻き込んで、多くの他人を死なせようとしている。無力な私の為に、多くの人が犠牲になっていく、それが耐えられないのです。
私は何故、こんな風に育ち、こんな道を歩んでしまったのでしょうか? そう、思わずには、いられないのです。
私があの時、あの場で亡くなっていれば、そうとさえ思えてしまうのです」
こぼれ出した弱音から、ずるずると言葉が零れ出る。そして、それに釣られる様に、耐えていた涙があふれ出す。
「人を、死ぬかも知れない戦場へ送り出すのが、怖いのですね。けれど、そうしなければ生き残れない。誰だって生きたいものです。死から抗いたいと思うのは、当然の事です。ですから、生きるために戦うという決断下すあなたを、誰も責めたりはしませんよ」
優しく優しい言葉でビヴァリーが諭してくれる。けれど、それにフィーヤは首を振る。
「そんな訳、無いじゃないですか……。
私が、普通の王族だったら、それでよかったかもしれません。けれど、私は……無力な人間です。私の為に戦ってくれる彼らの為に、私がしてあげられることなど、何もありません。私は、彼らの死を、無駄にしてしまう。それなら、私が、私自身が犠牲なれば、彼らが助かる。そうと分かっているのに、私は、それさえ、選べないでいる。
そんな私を、誰が、何のために、守るのでしょうか? こんな私の為に戦う者達に、何の意味が、あるのでしょうか?
私は、私は――」
堰を切らせたように言葉が流れです。そうなってしまえば、自分で止めることは出来なくなり、そのまま抱えていた言葉流れです。
「もう、よしなさい」
そっと肩に手が添えられ、優しく告げられる。それにより、歯止めがかかり、言葉が止まる。
「申し訳ありません。せっかく、私の為に、あれこれと尽くしてくださっているのに、このような事を……」
醜く、浅ましい姿を見せてしまった。その事に耐えられなくなり、フィーヤはビヴァリーから目を逸らす。
「そんなに自分を追い詰めないでください。
人の価値は、誰か個人――自分ひとりによって決められるものでは有りません。今まで歩んできた道、成してきたこと、それらを総合し、最後に、関わってきた多くの人の中で決められるものです。ですから、あなた個人がそうと決めつけたからといって、それが無力の証明とはなりません。私は、あなたの事を、無価値な、無力な人間だとは思いません」
「けれど、私には何もありません。きることなど、何も思いつきません。それは、無力の証明ではない無いでしょうか?」
ビヴァリーの言葉を否定する様に、強い声音で言葉を紡ぎフィーヤはビヴァリーを見返す。ビヴァリーはそれを、ゆっくりと首を横に振り、否定する。
「私がなぜ、あなたに手を貸すか、分かりますか?」
静かに、ビヴァリーが問いかけてくる。
「それは……お母様への恩が……有ったからでは……無いのですか?」
じっと見返してくるビヴァリーの瞳。その瞳は何かを訴えかけて来るようで、その真意が分からず、フィーヤは言葉を濁す。
「確かに、フィーヤ様のお母様への恩はあります。けれど、それだけで、ここに集まった兵の命に、私の領地に生きる領民の命、それらを危険に晒す事は出来ません。もっと、他の理由があったからです。それが、なんだかわかりますか?」
再び問い返され、答えが分からず首を振る。
「私達は一人で生きていけるほど強くはありません。だから国を作る。人の集まる国は、個々人の考えで動ける程、柔軟ではありません。だらか、指導者を据え、その者によって導かれ、築かれる。
私達は、国という社会に属する以上、指導者に逆らう訳にはいきません。けれど、それでも、より良い場所、生きやすい世界を望まない訳ではありません。だから、私達は、私達の望む世界を指導者にたくし、より良い世界へと導いてくれる指導者を選ぶのです。
王都でなにがあり、どうして、あなたが追われているかについては、はっきりと正確な事は知りません。けれど、私は、あなたと、あなたのお母様を、昔から見てきました。そして、あなたなら、私達が望む世界を実現してくださる。そう思えたから、あなたに力を貸しているのです。あなたにはそれだけの力があると思ったから力を貸しているのです」
じっと見つめ、ビヴァリーが訴えかけてくる。
「そんな力……私にはありません……」
「それを決めるのはあなたではありません。やってみなければ、その事は分かりません」
「それで……ダメだったら……犠牲になるのは、私の命だけではなにのですよ……」
「そうですね。けれど、何事にもリスクが伴います。同然、人の命が失われる事もあります。それは、誰を選ぼうと変わりません。ですから、私は、一番可能性が高い者、信じられる者を、選択しているのです」
「そんな責任……私に……押し付けないでください……」
「確かに、人の上に立ち、人を導くという事は、とても辛い事です。言葉一つ、選択一つが、多くの人の生き死に関わる。私も、多くの人を死なせ、多くの人に責められました。けれど同時に、多くの人を救ってきたつもりです。指導者には、多くの人を死なせる力があると共に、多くの人を救う力があるのです。
今、王都からは良くない噂を耳にします。これから何かが起こる。そう思わざるを終えません。そんな時に私が出来る事は、酷く少ない。けれど、王族であるあなたなら、私以上に多くの人救えると思っています。ですから、私は、ここであなたを失う訳にはいかないと考えています。どうか私達を導いてください」
「そんなの……私は……」
告げられる言葉が重くのしかかる。多くの命を生かす事ができるのかもしれない。けれど、それは同時に多くの人を死なせることもあり得る。そんな選択肢を上手く選択し続けるだけの自身などはない。その一つ一つの選択にかかる重圧を耐えていけるとも思えない。それを迫られる事が怖くて、フィーヤは耳を塞ぐ。
「ビヴァリー様。失礼します。お話し中でしたか?」
唐突に兵の一人が傍へ駆け寄ってきて、話しに割り込む。
「いえ、大丈夫ですよ。要件は?」
「はい。確認していただきたい事がありまして……こちらへ来ていただけないでしょうか?」
告げられた要件に、ビヴァリーは少し困ったような表情を浮かべる。
「分かりました。直ぐに伺います」
そして、要件を飲むと、立ち上がる。
「難しく、辛い判断かと思います。けれど、あなたにはそれが出来ると、私は思っています。ですからどうか、私達を救ってください」
最後にビヴァリーはそう告げると共に、頭を深く下げ、兵士と共にその場を後にして行った。
一人、フィーヤがその場に残される。
未だに多くの足音と、声が響いてくる。
皆、戦おうとしている。フィーヤの為に、命を懸けて戦おうとしている。その事実がはっきりと分かる。そして、それが重く伸し掛かってくる。
怖くて耳を塞ぐ。それでも、音は聞こえてくる。
『人の価値だとか、そういったものは、私にはまだ良く判らない。けど、あいつ――アーネストはお前を助ける事を選択した』
ふと、一人の少女の言葉が頭に過ぎる。
『けど、お前はそれを否定する。お前は、あいつの想いを否定する』
鋭く恐怖を覚えさせる瞳を向け、告げられた言葉が思い出される。
足音が響く。皆、命を懸けて戦おうとしている。そうするしかなかったから。そういうものも居るだろう。けれど、多くの者はそこに何か意味を見出したから、戦う選択を出来るのだろう。
それは領主であるビヴァリーなら、自分たちをより良い場所へと導いてくれると判断したからだろう。そして、そのビヴァリーがフィーヤならと判断したから、彼らはフィーヤの為に戦えるのだろう。
皆、命を――すべてをかけている。それに対し、私は何が出来ているだろうか? まだ、何も出来ていない。
「私は……なんと浅ましい人間なのでしょうか……」
すべてをかけてくれる者達の前で、ただ、怖いからと逃げた。その事実に笑えてくる。
一度、大きく息を吸う。
(人は、何の代償もなしに、生きているわけでは無い。なのに私は――私にはまだ、出来る事がある……きっと)
そして、手を強く握りしめ、覚悟を決める。
* * *
扉を開き、仮設の会議室へと入る。予定の時間より少し遅れてしまった。
すでに皆が揃っており、フィーヤが会議室へと入ると、皆、緊張の色を見せる。
「遅くなり、申し訳ありません」
フィーヤはそんな彼らの視線を受けながら、会議室を歩き上座へと立つ。
「それでは、会議を始めていきましょう。
けれど、その前に告げておきたいことがあります」
一度、集まった者達に目を向け、大きく息をする。
「私は、見ての通り、小さな、か弱い人間です。私が出来ることなど、たかが知れています。
そんな私でも、ただ一つ、王族という立場から、誰かに狙われ、命の危険に晒されています。今、この場にある状況も、きっとそれに起因する事でしょう。
そして、そんな状況の中、多くの人が私の為に、命を賭して戦おうとしている。私はそんな彼らの為に、共に戦う事ができるわけでもなく、何かをしてあげられる訳でもありません。出来る事は、ただ祈ることぐらいです。
私は無力な人間です。財力もなく、政治力も無い。そんな人間です。
けれど、もし、あなた方が王族として認めてくださるのなら――私に力を貸してくださるのなら、私は王族として出来る事があるかもしれません。
私は、未熟で不出来な人間です。私と共に歩むことは、きっと危険な事でしょう。私の未熟さゆえに、失望させてしまかもしれません。けれど、もし、私を王族として認め、私に力を貸してくださるのなら、私は王族としてあなた方の願いに応えたいと思っています。
身勝手で、理想だけの、先見性の無い事だという事は分かっています。ですがどうか、私に力を貸してください。私を救ってください」
精一杯の想いを告げフィーヤは皆に頭を下げる。
この状況で、ここに残ったのだ。皆が私に従う者達である事は分かっている。けれど、だからといって、それに甘んじるわけにはいかない。そう思ったから、一度、自分の想いを口にしておきたかった。そうすることで、自分の気持ちを確かなものとしておきたかった。
少しの間、会議室の空気が静まり返る。それから小さく拍手が告げられる。
顔を上げる。会議室の端、壁際に立つ少女が小さく、拍手を返してくれていた。それに続く様に、他の者達も拍手を返し、それが広がっていく。
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拍手が広がる中、フィーヤの直ぐ傍に控えていたレリアが、フィーヤの前に立ち、跪く。相変わらずの忠誠。少し煩わしく思えていたそれが、今は嬉しく思えた。
フィーヤはずっと、人との繋がりを避けてきた、故に他者から受け入れられる人間ではないと思っていた。けれど、この場に居る人からは受け入れられた。決して多いと言えない数だろう。けれど、ずっと、人との繋がりを立ってきたフィーヤには、大きな数だった。それだけに、その事が嬉しく、涙が浮かぶ。
「ありがとうございます」
そっと浮かんだ涙を拭う。
「それでは、作戦会議を始めましょう」
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