正しい竜の育て方

夜鷹@若葉

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第一章「白き竜と傷だらけの竜騎士」

第2話「始まりの季節」

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 朝靄のたちこめる山間の森を抜けきり、広々とした平野へと出る。少し肌寒風が、朝日が差し込む地平線の向こうから平野を駆け抜け、気高い山の斜面を駆け上る。

 山間の森と切り開かれた平野の丁度境目に立つアルミメイアは風に煽られ、彼女の身を包む青白いローヴをはためかせ、白銀の長い髪をなびかせる。

「ついに辿り着きましたよ。母様」

 風に靡く髪を片手で押さえ、もう片方の手で青い宝石を銀細工であしらったペンダントを握りこむ。そして、一度目をつむるとゆっくりと見開き、アルミメイアの正面に聳える巨大な城塞都市を見つめる。


『グオオオォォ』


 静寂を引き裂く、鋭い咆哮とともに黒い影が上空をかすめる。

 アルミメイアは正面に聳える城塞都市から目を離し、空を舞う黒い影に目を向ける。全身を灰色の鱗に覆われた蜥蜴の様な細長い体に、前足はなく代わりに一対の巨大な蝙蝠のもののような羽を持つ影が空を舞っていた。

 飛竜――古に伝わる竜族の末裔。その姿だった。そして背中には小さくではあるが人が騎乗していた。

 空を悠々と舞う飛竜の姿を捉えアルミメイアはより一層表情を険しくする。

 飛竜は一通り空を舞った後、ゆっくりと方向を変え元来た方角――巨大な城塞都市へと進路を向ける。

 空を飛ぶ飛竜の姿を目で追い、そのまま城塞都市へと目を向ける。

「母様。これが母様の思い描いた景色ですか……?」

 ここにはいない人物に、アルミメイアはむなしく問いかける。けれど、答えは帰ってくるわけでもなく、代わりに肌寒いそよ風が彼女に向って吹き付ける。

「私にはこれが正しい形だとは思えません」

 誰に向けるでもなく、呟き。再びペンダントを握る手に力を込める。そして、静かに目の前に聳える城塞都市へと歩みだした。


   *   *   *


 マイクリクス王国。ガリアスト大陸の一角にある、国土の半分を山脈で構成される小さな国。

 この国は別名『竜の国』と呼ばれ、国の建国に竜が携わったとされ、竜と深い交流がある国と言われる。このことを示すようにこの国では、伝統的に竜族の末裔である飛竜を使役し、それに騎乗する竜騎士と呼ばれる者たちが存在した。

 その空を支配する航空戦力を有するが故に、卓越した軍事力を有し、国土の小さな国でありながら周辺諸国に強い影響力を持つ国となっていた。

 そのマイクリクス王国の王都デルタスには、古くから竜騎士育成を目的とした機関、マイクリクス王立竜騎学舎が存在し、毎年選りすぐりの者達が入学し、優秀な竜騎士を輩出していた。

 そして、今年も季節が巡り、新たな入学者たちがやってくる季節が、巡ってきていた。



 長い、長い坂道を上った先には広々とした台地が広がり、その上には古城の様な石造りの古めかし建物が聳えたっていた。

 古めかし建物たちを囲う、これまた古めかしい石造りの城壁の城門の前までたどり着くと、アーネストは大きく息を付いた。三年ぶりに上った坂道は、思っていた以上に長くつらいものだった。

 マイクリクス王立竜騎学舎。そう書かれたプレートが付けられた城門を見上げ、三年前に見たときとほとんど何も変わらない、その姿に微かな懐かしさを覚える。

 かつて長い時間を過ごしたこの学舎に、アーネストは三年ぶりに返ってきていた。


『グオオオォォ!』


 飛竜の咆哮が辺りに響き渡る。そして、アーネストの頭上を数騎の騎竜が掠め飛ぶ。

 鋭く刺さる太陽の光を片手で遮りながら、空を舞う飛竜達をアーネスト見上げる。三年前までは聞きなれ、見慣れたその光景に、帰ってきたのだと、再び懐かしさを覚え、同時に寂しさを沸かせる。

 そっとアーネストは首元のあたりに手を伸ばし、かつて着けていたペンダントを握るように空を切る。


『グオオオォォ!』


 再び大きく飛竜の咆哮が響く。今度は先ほどより近くから発せられた。

 その大きな咆哮で物思いにふけっていたアーネストは、我へと帰り声がした方へと視線を向ける。

 赤黒い鱗に覆われた飛竜がゆっくりと旋回しながら、こちらへと降りてきて、飛竜には少し狭苦しく感じる路上、アーネストの目の前に荒々しく着地した。

 赤い飛竜は着地すると『クルルルゥ』と喉を鳴らし、首を伸ばしアーネストにほおずりをしてくる。

「あ、こら。やめろ、ガリア」

 唐突に洒落ついてきた飛竜――ガリアに半ばされるが儘になりながら静止を訴える。それでも、よっぽど嬉しかったのか、なかなかやめてはくれなかった。

「よおぉ、アーネスト。もうこっちに来ていたのか」

 アーネストがガリアにじゃれ付かれていると、ガリアの背中の鞍から一人の見知った男が飛び降り声をかけてきた。

 身長7ft近くはあろうかという巨体に、がっちりとした体格と彫の深い顔、白髪交じりの頭髪と、三年前と比べて少し老けたかつての恩師、ヴェルノ・ブラッドフォードの姿だった。

「ヴェルノさん、お久しぶりです。元気そうですね」

「おう。現役を退いたが、楽隠居を決め込んだ爺になった覚えはないな」

 ヴェルノはニカッと笑みを浮かべ返す。

「お前さんも、思ったより元気そうだな」

「まぁ、俺の方は特別変わったことはないですから」

「おう、そうか? 前に北方剣武祭で優勝したって聞いたぞ、すごいじゃないか」

 ヴェルノはそう言ってガッシと太い腕でアーネストと肩を組み、嬉しそうに笑った。

 北方剣武祭とは、マイクリクス王国を含む北方の国々の、竜騎士を除く騎士たちによって行われる、剣による武闘大会の事だ。歴史こそ浅いが、北方一の騎士を決める大会とあって、それなりに権威のある大会だ。

「それは、ありがとうございます。けど、剣技なんてマイクリクスではほとんど重視されませんよ」

「確かに、竜騎士偏重の我が国では、余り評価されないが、それでも北方一には変わりない。十分胸を張っていいと思うぞ」

 そう言ってヴェルノは、バシッとアーネストの背中を叩いた。

「それにしても、本当に元気そうでよかったよ。竜騎士をやめたって聞いて、心配してたんだ」

 急に声のトーンを落とし、真面目な顔でヴェルノは口にした。

「最初は酷かったですけど、もう、気持ちの整理はだいぶ付きました」

「そうか」

 アーネストの答えを聞いて、ヴェルノは小さく笑った。

「それにしてもどうよ。俺のガリアは、一段と力強くなっているだろ」

 ヴェルノはガリアの足をさすりながら、自慢するように言った。

「相変わらずですね。ほとんど変わってないや」

 通常の飛竜に比べ、少しばかり大きいガリアを見上げながらアーネストは答える。

「相変わらずすぎて困るぜ。飯は食うわ、暴れまわるはで、なかなかおとなしくなってやくれやしない」

「相変わらず、だれにもなつかないんですか」

「ああ、ほんと困ったやつだよ」

 ヴェルノの騎竜であるガリアは、暴れん坊として有名でなかなか御せるものが現れず、一時は処分が検討されたさえ言われる。そんな中、若かったヴェルノがガリアを御して見せたことにより、彼の騎竜となり、共に『炎竜騎』という二つ名を持つまでとなった。

「俺は引退しちまったが、こいつはまだまだ現役だ。こいつにはめい一杯暴れさせてやりてぇんだがな」

 少しさびしそうにヴェルノはガリアを見上げながら呟く。

 飛竜は竜族ゆえに寿命は長く、一人の竜騎士が衰えて死ぬよりもずっと長い間、その能力を保持し続ける。そのため、竜騎士が引退するとき彼が使っていた騎竜は、そのまま若い竜騎士の元にわたることは多くある。二代、長くて三代ほど受け継だれることもある。

「お前さんがこいつを貰ってくれるとありがたいんだがな」

 かつての様に大空を舞い、戦場を駆け抜けるガリアの姿を思い出したのかどこか遠くを眺めるようにしてヴェルノはそう口にした。

「やめてください。俺はもう、飛竜には……」

 そんなヴェルノの姿を見ていられなくなり、アーネストはそっと目をそらした。

「そっか。悪いな、今のは忘れてくれ」

 どこか寂しそうな声で、ヴェルノは謝罪を口にした。

「おっと、話しこんじまったな。俺はまだやることがあるから、案内なんかは出来ないが、まぁわかるだろ。何も変わってないしな」

 湿った空気を吹き飛ばすように、明るい声でそう告げると、ヴェルノは引退した竜騎士とは思えない格好よさでガリアへとまたがる。

「ま。ここじゃあ、あれこれと仕事があるわけじゃないからな。考える時間はいっぱいある。お前さんがどうしたいかは、そこで考えてくれればいいさ」

 そう言ってヴェルノは鐙を踏み、ガリアを立たせ、飛び立たせた。

(勝手なことを言ってくれるな)

 そんな風に思いながら、アーネストは飛び立つガリアの姿を見送った。


 視界の端にキラリと光る何かが映った。ふと、そちらへと視線を向けると、そこには一人の少女が、アーネストと同じように飛び立っていくガリアの姿を見上げていた。

 微かに虹色を思わせる銀色の髪に、整った顔立ち、どこにでもいそうな衣服を身に纏った少女だった。

 アーネストが視線を向けると、少女はこちらに気付いたのかの視線を返し、見つめ合う形となる。

 見覚えのない少女。そのはずなのに、鋭くありながら、どこか愛らしさのあるその黄金色の瞳は、どこか懐かしさを感じさせ、どうしてか目を離すことができなかった。


『グオオオォォ!』


 飛び立ち、一度旋回してきたガリアがアーネストの頭上をかすめ、彼の荒々しい羽ばたきが暴風となって、アーネストを襲った。

 相変わらず楽しいそうに飛ぶガリアを再度眺め、遠く見えなくなるのを見届ける。

 そして、ふと思い出したように少女がいた方向へ眼を向けると、そこには少女の姿はなかった。
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