魔王凱旋

イカゲソちゃん

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#02

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 松浦まつうら香那多かなた

 レントにとっては、この世界に来てから初めて遭遇する元の世界の人間だ。

 カナタとは小中と一緒で、中学では二年三年と同じクラスだった。
 成績は中の上くらい、スポーツが得意で外見はモデル並に整っていて地元ではみんな知ってるくらいの美少女、学校内では当然対人スキル最強Sクラスカーストに属していた。

 一方レントはオタク系底辺カーストソロプレイだったので、接点らしい接点はない。

 休み時間にカナタたちがはしゃいでる教室の片隅で、レントは耳に突っ込んだイヤホンから流れる音楽を聴きながら、机に突っ伏しているのが常だった。

 あるときいきなり片耳のイヤホンを取られて、

「中島くんいつも何聴いてんのー?」

 顔を上げたときには、松浦香那多の顔が信じられないほど近くにあった。

「えっ……松浦さん?」

 イヤホンのコードは短くて、肩が触れ合うほどの距離で、カナタがレントと同じ曲を聴いている。
 彼女の纏った空気がとてもいい匂いで頭がくらくらした。

「これなんの曲?」
「これはあの、なんかVTuberっていうなんていうか、あれ、YouTubeで」
「あーあれぺこーらとかいう」
「知ってる?」
「なんか見たことある」

 レントに顔を寄せたまま、眼を伏せて耳から入ってくる音に集中しているカナタの横顔が美しい。
 開いた襟から胸元の奥が見えそうでガン見しそうになるのをぐっと抑えて視線を正面に戻す。

「かわいい曲じゃん」
「うん……」

 どれくらいの時間だったか、レントはひたすらどきどきしながら耳に入る音楽も上の空で、机の上の落書きの線を眼でトレースなどしていた。

「カナちゃん行こー」
「あ、うんー」

 呼ばれて、カナタはイヤホンをレントの耳にぐいぐいと押し入れて、ぱたぱたと教室から出ていった。

 去り際になにか言っていたが、曲がかぶって聞き取れなかった。

 なんて言ってたんだろう。

 気になって気になって気になって、聞こう聞こう聞こうと思っているうち学校は夏休みに突入し、新学期が始まる頃には、レントはこの世界にいた。



『え、てかどういうこと? なんで? なんでナカジマくんが魔王やってんの? だってそれ魔王のだよね?』

 カナタはレントの身につけているあらゆるものを指差した。

『あーこれは、いろいろあって、てかなんでマツウラさん勇者やってんの?』

 レントもカナタを指差す。

『それはぁ、いろいろあってぇ……』
『……』
『……』

 お互い目をそらした。
 どう会話を続けていいのかわからない。
 なんだろうこの気まずさは。
 コミケでコスプレしてたら偶然クラスメイトに会って相手もコスプレしてたみたいな……。

 一方パーティの勇者たちはカナタに疑いの目を向けている。
 当然だ。
 仲間が突然魔王と親しげに謎の言語で話し始めたのだから。

 床の地割れからようやく這い上がったアレックスが、呻くように言った。

「なに魔王と普通に喋ってやがんだよカナタ……!」

『あれマツウラさん本名?』
『え、なんかまずい?』
『いやまずくは』
『てかナカジマくんいま本名じゃないの?』
『いやー、違うけど』
『あれ下の名前なんだっけ』

「なに無視してんだよ!」

 アレックスが鬼の形相でカナタを睨みつけている。

「カナタ! お前……魔族だったのかッ!!」

 彼はカナタに、いきなり剣で斬りつけようとした。

 レントは、短い呪文を唱えた。

 稲妻がカナタの頬をかすめてアレックスに直撃し、人形を放り投げたみたいに吹っ飛んだ。
 さらに電撃の束が残りのパーティメンバーを蹂躙し、結果カナタ以外のパーティは全員が気絶状態となった。

『えっぐ……』
『大丈夫。殺してはないから。電撃で麻痺させた上から麻痺魔法パラライズかけてその上にスリープ重ねがけしただけだから』

 カナタは倒れている仲間の様子を見て、ひとまず戦うつもりはなくなったようだ。

『……ナカジマくんさ』
『なに……?』

 彼女はレントを見つめている。
 レントの顔はヘルメットに遮られている。

『……ほんとにナカジマくんなんだよね?』
『ほんとにナカジマだけど』
『顔見せてよ』

 カナタが被っていたフードを取った。
 少し印象が変わった気がするが、確かにマツウラカナタだった。

 レントは兜を取って、祭壇の上に置く。
 そして、カナタと向かい合った。

『やっぱナカジマくんだ』
『マツウラさんだ』
『久しぶりだね』
『うん……』

 二人は、はにかんで笑った。
 まるでここだけ教室に戻ったみたいだ。

 レントはふと、思い出した。

 あの片耳イヤホンの翌日。

 お気に入りの曲をいくつか、USBメモリに入れて学校に持っていった。

 教室では、カナタの傍には誰かが必ずいて、渡せなかった。

 カナタは放送委員をやっていて、その日は昼の放送の当番だった。
 昼になってカナタが放送室へ行ったのを見計らって、USBメモリを持って教室を出た。

 放送室では弁当の時間に流す曲のリクエスト(といっても流してほしい曲を持ち込むのだが)を募っていたので、そこで流してもらうというかたちで、カナタにUSBメモリを渡すつもりだった。

 放送室の重い扉を開けると、男の先輩が一人、ミキサー卓の傍で給食を食べていた。
 見回してもカナタの姿はない。

「なに?」

 先輩は給食の箸を止めて、聞いた。

「あ、あの、松浦さんは」
「今いないけど?」

 見りゃわかるじゃんという感じで答え、給食の続きをした。

「あ……そうですか……」
「なにそれUSB?」

 先輩はレントが持っていたUSBメモリに目をとめた。

「あ、はい」
「リクエスト?」
「一応……」

 曲が流れるかはどうでもよかった。

「あー、今ノートPCのUSB壊れてて、読めないんだよ。SDカードとかない?」
「あ……ないです……」
「じゃ今は無理だなー。一応預かっとく?」
「あ……はい……」

 先輩は受け取ったUSBメモリを卓の上にぽん、と置いた。

 カナタに渡してほしい、と言えなかった。



 カナタはいま、手を伸ばせば触れられそうな距離にいる。
 その大きな瞳は、レントだけを映している。

 あのときのUSBメモリは、カナタの手に渡っただろうか……。

「S̵̤̥̯̬̰ͥͮ͡an̥̯:piͣͪ̂͞r̂ḁ̯nt̢̘̆̓i;̘̐t̏ì̘̜̝̞̟̠̏lta̤̐ire」

 不意にカナタが呪文を唱えた。
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