棄てられた令嬢は、歌で砂漠に花を咲かせる~勘違いされ続けたら、王国が出来ました~

カゼノフウ

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 きょと、とクラリスは長い睫毛を瞬かせた。
 では、自分は勝手に女神様の聖域に森を作ってしまったこととなる、そう受け取ったクラリスは腰を上げ、青年へと体を向き直した。

「そうでしたか、私はクラリスと申します。(女神様の)大切な地に緑を生やしてしまったこと、こちらこそ申し訳ありませんでした」
「とんでもないことで御座います。飢えた地に恵みをくださったのですから」
「(女神様は)喜んでくれるでしょうか?」
「勿論ですとも!」

 快活に青年が笑う。
 クラリスはいつもは伏せられがちの目を僅かに見開いた。よくよく青年を見てみると、とても整った顔立ちと立派な身なりをしていたからだ。
 砂漠の民らしい褐色の肌。磨き上げられた鋼の銀髪に、ルビーの瞳。領地にいるような貴公子たちとは違った趣だが、エキゾチックで目が離せない魅力があった。

 身に纏うのは、真っ白な布をすっぽり被ったようなシンプルな衣装。どこかの場所でカンドゥーラと呼ばれるものだ。腰には象牙の鞘に収めた短剣を携えていた。頭には日よけの白い布を被り、ずれないよう紐で留めてある。耳には金とアメジストを使ったピアスが揺れて、彼の魅力を引き立てていた。やがてアービドが口を開く。

「恐れながら、こちらに神殿を建てても宜しいでしょうか?」
「はあ、神殿ですか。すみませんが、私には与り知らないことです」
「‥‥‥! はい。我々、矮小なヒトの建物など、女神様には些末な事でありましたね」
(何言ってるんだろう、このひと)

 クラリスは難しい言葉に再び半眼となった。あれやこれやと再びアービドが言い出すが、クラリスには話の内容が理解できなかった。こういう時は、必殺技がある。

(とりあえず、微笑め――)

 その破壊的な美貌の微笑みに、それまで饒舌に話していたアービドは固まる。クラリスは惨めな8年間の中で学んでいた。継母やその娘たちには無効だったが、困ったときに微笑めば大抵の人は助けてくれるのだ。

「‥‥‥ハッ。慈悲深きお許しの微笑みに心から感謝を。それでは、ここに神殿を建立し、女神様の威厳と仁恵をこの大陸に轟かせることを、必ずやお約束いたします」
「そうですか、頑張ってくださいね」
「ははっ!」

 畏まるアービドに、凄く信仰心の篤い人なんだなあ、とクラリスは遠い目をした。

「では、そろそろ私はお暇します」
「なんと、この地に留まってくださらないのですか‥‥‥? どうぞ、お考え直しください」
「え? でも、神殿を作るんですよね」
「はい。ですのでクラリス様にはいつまでも居ていただきたいのです」
「‥‥‥‥‥‥?」
 
 クラリスは考えた。つまり、女神様を祀る神殿を建てるから、手伝ってほしいのかなと。

「水源はありますか? あと、三食昼寝付きでしたらお手伝いします」
「クラリス様は何もせずとも、ただ居て下されば十分で御座います。そして、私はこう見えて水使いですので、水源には困らないかと」
「おお‥‥‥」

 何という有能。そして好待遇かとクラリスは心を躍らせた。飲み水にはこれで困らないし、食べ物も自分で作れる。それにアービドは神殿を建てると言ったし、住むところも確保できるだろう。きっと、偶に歌って果樹を生やせば、この地に永住できるのではないだろうか。そう彼女は自らの幸運と知らない女神様に感謝した。
 





 それからは早かった。
 アービドは大変裕福な家の貴公子だったようで、その潤沢な資産を余すことなく使った。沢山の人がやってきて神殿を作り始め、あっという間に半分ほどが完成したのだった。

 クラリスは何もしないわけにはいかず、労働者に水を配ったり、いたわりの言葉をかける。気になったのは、労働者の殆どが哀れなほどに痩せこけていたことだ。

「あのう、アービド様」
「クラリス様! どうぞ私の事はアービドとお呼びください。どうかされましたか?」
「では、アービドさん。ここで働いている皆さんは、どうしてあんなに瘦せてらっしゃるのでしょうか」
「それは‥‥‥」

 アービドが顔を曇らせる。まるで、誰かに叱られているかのような表情だ。そして、しばしの沈黙の後、口を開いた。

「この砂漠の地エルファラでは、思う様に作物が育ちません。水は、王族が使える力により配分されますが‥‥‥。見返りに、民は重課税を強いられております。故に、民たちは常に飢えているのです」
「なるほど、そうでしたか。では、皆さんを今からお腹いっぱいにいたしましょう」
「クラリス様?」

 多くの労働者が森を行き交いする中、突如として、甘やかで美しい声が森全体へ広がった。
 人々は手を止め、その歌声に聴き入る。木々が嬉しそうにざわめき、クラリスの周りに様々な果物を実らせた立派な果樹が生えていく。
 近くに居たアービドは後ずさりし、驚嘆の息をこぼした。

(やはり、美しい‥‥‥)

 砂漠には今まで何もなかった。
 渇き飢えた地は長い年月をかけ、その地に住んでいる民の心さえも乾かした。
 エルファラの第2王子、アービド・アル=ジュハイラもその限りではない。宮殿では熾烈な継承権争いに巻き込まれ、生き残るのに必死な日々。しかし彼は、誰もが権力を欲する中、1人、民を思い彼らを助けていたのである。

 その道は険しく、彼もまた渇いていた。

 だがどうだろう、ある日、天から贈り物が授けられた。今まで見たこともない瑞々しい緑。それを司る美しい歌声の女神に、誰もが心奪われずにいられない。

 アービド含め、砂漠の民たちは涙を流し、クラリスに平伏した。

「女神様、万歳‥‥‥!」
「お恵みに感謝いたします!」

 クラリスは歌い終わると、辺りを見渡し、その顔に優しい微笑を浮かべた。但し、この笑みは平伏されてる状況を飲み込めなかったためである。

「ええと。果物や木の実もありますので、皆さんで食べてくださいね」
「おお! なんと慈悲深い」
「一生御身にお仕えいたします!」
「はあ‥‥‥」

 大げさだなあと彼女は半眼になる。
 周りは関係なしに、クラリスの起こした『奇跡』を讃えた。
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