笑顔戦記 

零式菩薩改

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平穏の先へ

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 音楽経験はありません。音楽ジャンルではロックが好きです。絶対音感なし、楽器も弾けませんが、魂で、歌っていきたいです。
 ちょっとした声のものまねも出来ますので、歌以外でも、おもしろい人である、エンターテイナーを目指したいと思います。
 キャラクターの設定を考えました。芸名 蓮輔れんすけ
 いにしえに降臨し、偉大な愛の教えを説かれた方々がいた。それから歳月が経ち、天界のある者に天命が下った。
 その者の名は蓮輔。2000年以降に魔が復活するけはいがあり、地上の人々が危険である。偉大な愛の教えがすべての人々に広まっていれば、問題はない。それを確かめるミッションであった。
 そうして1972年に地上に降り立ち、眠りについた。そうして2000年についに目覚めることが出来たのだった。
 しかしまだ世界は楽園には、なってはいない。そればかりか、魔のエネルギーが増大し、犯罪が横行している。
 蓮輔は、感動と笑いを見せるエンターテイメントとなり、人々を癒し魔と戦うことを決意する。そうして、愛の教えが広まるのを待つしかないのだ。だが、それを阻止すべく、魔王のパワーによって無限に廻る時間に閉じ込められてしまった。
 諦めて運命の道をそれようとしたこともあった。だが、天は許さなかった。見張り役の鳥がいつも監視しているのだ。
 蓮輔は、徳を増大し再度挑戦することにしたのであった……。以上。
 少しリアルあり? 歌手になれるならこのキャラ設定はどうでしょうか?

 結果は、言わずもがな。
 でも、挑戦は無駄じゃない。だって、作者である菩薩の愛の力。それによって俺は、蓮輔は、物語の中に生まれたんだから……。


 *****

 真っ暗な闇の中、物音ひとつしない闇の中に俺は立っている。

「またかぁ」

 そう呟くと迷いのない足取りで歩き出す。少し歩くと俺は、扉に突き当たった。何処にでもある普通の木製で赤い色で塗られた扉だ。扉の周りに壁が無いのを除いては。扉だけが浮いている様にも見える。だが、驚きはない。見慣れている光景だった。扉のノブを回し、開いて中へ入って行く。すると目に飛び込んで来るのは、光輝く大きな満月だ……。

「いつもながら綺麗だな」

 その月の光の下、長い銀色の髪に透き通るように白い肌、黒いドレスをまとった美しい女性が見える。俺を見ている様だ。距離にして二十五メートルぐらい先だ。満月と彼女以外は何も無い黒の世界……。
 この世界は、俺と彼女のためにある! そう思いほおゆるんだ。

「よーっし、今日こそは!」

 そう叫ぶと、俺は彼女に向かって走り出す。全速力だ。あと少しで会話が出来る距離まで来たその時、ピピピッ! ピピピッ! と、この世界を包み込む様に大きな音が鳴り、目の前が白色になっていく。完全に真っ白な世界になると、俺は瞳を開け目を覚ました。

「ふぁあ」

 俺は欠伸あくびをしながら呟いた。体の気だるさと夢の中と分かっていたのだが、自分の思いが達成できなかった事に、もやもやした気持ちだ。この野郎! 邪魔しやがって。スマートフォンに八つ当たりの気持ちで強く握り、素早くアラームを止めた。ここ最近は、あの夢を見る。俺ってそんなに欲求不満よっきゅうふまんなのか? いや、いつも同じ夢って病気だろ? アニメばかり見てるからかな? 心の中で会議が始まる。でもそれは、空腹が直に中止にさせた。何でも気にせず気楽に生きる。若者の、高校生の特権だと思う。そんなことを考えつつ俺は、パジャマから制服の学ランに着替えた。そして自分の部屋を出て、キッチンに向かった……。

「行ってきまーす」

 朝食を素早く済ませた俺は、家の玄関のドアを開け外へ出た。外は雲一つない良い天気だ。太陽が燦燦さんさんと輝いて出迎えてくれている。おかげで俺の眠気は吹っ飛んだ。さぁ行くかと思ったその時だ。

「おはよう、雉山きじやま

「おはっきー、れんちゃん」

 背後からする二人の声に俺は、慌てて振り返った。その声の主達は、同じ高校の同級生だった。雉山と名字で呼んだ長身のロン毛の方は、犬養いぬかいだ。俺も犬養のことを名字で呼んでいる。
 それと、もう一人、坊主頭で背が低く、ふざけた挨拶をする方の名字は、猿谷さるやだ。俺の名前は蓮輔なのだが、小学校からの腐れ縁の猿谷は、昔からあだ名で蓮ちゃんと呼んでくる。俺も、猿ヤンとあだ名で呼んでいる。

「二人とも、おはよう!」

 二人分する気持ちで少し大きな声で挨拶をした。すると直に猿ヤンが寄って来て肩を組んだ。

「やだなー蓮ちゃん。真面目だな。もっと挨拶は面白くだよ。ほら、こうだよ」

 猿ヤンは俺の目の前に、ささっと回り、右手の掌を頭の上に置き、左手の掌をあごえた。

「おはっきー!」

 満面の笑顔で叫んだ猿ヤン。いや、もうそれは、挨拶じゃない。ギャグだよ。猿ヤン! と苦笑にがわらいをしながら俺は、思った。

「お前は、マジ猿か!」

 そう言うと同時に犬養の右手が猿ヤンの背中を叩いていた。ナイスツッコミだ。犬養! 心で叫んだ。苦笑いが微笑みになる俺。

「恥ずかしいから公衆の面前で馬鹿をするのは、止めろ。皆に笑われてるぞ」
 
 犬養が少し顔を赤らめながら周りを見回した。つられて俺も見回して見る。家の前は人通りが割に多い。確かに通勤途中のスーツ姿のサラリーマンらしき男性や小学生が笑っている。そして、何よりも犬養を突っ込みまで導いたのは、女子学生の存在だろう。その女子学生は、笑いながらスマートフォンを持っている。動画に収めることは無いだろうが、若い女性に笑われるのは、凄く恥ずかしいものだ。

「えー。つまらないよー」

 猿ヤンは、玩具を買ってもらえない子供の様な脹れた顔をしたが、直に歩き出した。俺達も後を追って歩いた。それから五分位歩いていると見覚えのある後ろ姿が遠くに見えてきた。俺は、声を掛ける前に確認のために前を歩く猿ヤンに聞いてみることにした。

「なー、猿ヤン。あれって、桃田ももた先輩だよな?」

 猿ヤンは、くるっと体ごと振り向くと満面の笑みを浮べていた。

「だよね! 次郎先輩に間違いないよ。僕が呼んでみるよ」

 猿ヤンは前を向いた。

「次郎先ぱーい! おはっきー!」

 大きな声で叫んだ。その声に反応し、見慣れた背中の学生は、振り返り確信の顔が現れた。高校の先輩で部活の美術部部長でもある桃田次郎先輩だった。

「おう、お前らか。おはもも!」

 挨拶を返してくれたその顔は、猿ヤンと同じぐらい笑顔だ。そして先輩は両手を広げると飛行機の翼の様に角度を付けた。そしてこちらに向かって駆け出したのだ。

「ラブリーフライング!」

 そう叫びながら走ってくる先輩を見つめながら、あんたもかよ! と心の中で叫んだ。次に犬養の方をちらりと見た。犬養は少し俯いて右手の掌で顔を抑えている。そんな犬養を宥める? 様な気持ちで俺が犬養の右肩を二回ポンポンと叩いた。

「あー!」

 猿ヤンの悲鳴とも取れる叫び声が、耳に飛び込んで来る。それと、ほぼ同時に、ギュキキー とけたたましい音が辺りに響いた。これは、急ブレーキの音だと俺でも判る。俺は瞬間的に音のなる方を探す。猿ヤンより遠くだと感じた俺は、桃田先輩の方を見る。ドーン! と鈍い音がした。

「きゃあー!」

 目撃者の一人と思われる若い女性の恐怖の悲鳴だろう声が響いた時、俺は夢であって欲しいと願った。白い軽自動車のバンに撥ねられた桃田先輩が宙を飛んでいるのだ。そして先輩は歩道に墜落した。

「わぁー、次郎先輩!」

「部長!」

「桃田先輩!」

 俺達三人はそれぞれ叫んでいた。そして急いで先輩の倒れている方へ駆け出した。倒れてる先輩の近くまで来たので分かったが、出血は無い様だ。しかし苦しんだ表情が痛々しい。猿ヤンは、今にも泣き出しそうな顔で先輩を見つめている。俺と犬養もショックで何も出来ずに、パニック状態だった。そうしていると、事故を起こした軽自動車の運転手が青ざめた顔でやって。来ると桃田先輩をすまなそうな表情で見た。体格のいい中年ぐらいの男性だ。

「き、君……だ、大丈夫かい……? すまないね。救急車を呼んだからね。もう少しで来るからね……」

 震える声で先輩に語りかけている。先輩は苦痛の表情のままで頷いている様だ。そうして、五分、いや十分ぐらいだろうか? 短くもあり長くも感じられる時間が経った……。
 やがて、ピーポーピーポーと救急車のサイレンの音が聞こえて来ると俺は、ほっとした。友人の二人の顔も少し安心した様な表情をしているようだ。あの運転手の表情は相変わらず硬い感じだ。

「き、君。救急車が来たよ」

 運転手が先輩に話しかけたが、今度は答える反応は無く、苦痛の表情を浮べていた。
 やがて救急隊員に担架に乗せられた先輩は病院に搬送されて行った。俺達三人は救急車が見えなくなるまで眺めていた。それが終わると以心伝心と言うのだろうか? 三人共、運転手を睨んだ。運転手は、ばつの悪そうな顔をした。

「き、君達は、彼の友達だよね? ちょっと、こっちへ来て」

 そう言うと事故を起こした軽自動車のバンの横まで誘導した。軽のバンは商用車だった。
 大きく会社名が書かれている。有限会社 鬼島団子店……と。運転手はバンのドアをスライドさせると、中から何か取り出した。

「これ団子だけど、お詫びのしるしにどうぞ。食べてね」

 運転手は、俺達三人に団子の入ったパックを手渡した。俺達は、運転手に礼を言い登校を続けるためにその場を離れた。

 高校の玄関に俺達三人は辿り着いた。期末試験が終わり試験休みになっているため、校内は、ひっそりとしていた。俺達三人も、それに溶け込む様に無言で廊下を進んで行く。
 美術室のドアの前に来ると何だか、ほっとした気持ちで、ドアをスライドさせ中に入った。部室には、部屋の前の方に教師用の机と椅子が一セット、生徒用が三セットあり、対照な位置に四セットがあった。黒色のブレザーの制服姿の女生徒が一人、部屋の前の方の奥の席に座っている。三つ編みの後ろ姿で彼女が同級生の戸部とべリンだと俺は判った。何かやっているので俺は、興味本位と挨拶をする為に戸部に近づいた。

「戸部、おはよう」

 俺は静かに言ってみた。戸部が少し、うざそうな表情をした様に思えた。

「どうも」

 戸部も静かに答えた。朝の挨拶で、あれは無いだろう。と思うが、普段の戸部を知っているので、無視されるよりは良しとしよう。戸部は、タロットカードらしき物をしているようだ。

「おはっきー、リンちゃんなう!」

 猿ヤンが走りこんで、戸部に例のポーズで挨拶をした。さっきまで暗い顔をしていた猿ヤンだが、猿ヤンの心に、何だかの火が点いたのかも知れない。流石だぜ! と思った。

「何なの?」

 戸部が答えた。少し強い口調が、むっとしている様な感じに思えた。戸部の掛けている銀縁眼鏡のレンズの奥の目が、猿ヤンを睨んでいる様だった。流石の猿ヤンも、想像を超えた戸部の態度に顔が引きつっている。

「なぁ、戸部……由衣ゆい黒須くろすさんは何処どこ? 知ってる?」

 その場の空気を変えようと、俺は素早く尋ねた。その時、猿ヤンの顔が緩んだ。

「買い出し」

 戸部が呟いた。今度は普通のテンションだった。その答えに、だから、どうと言うことは無いのだが……。

「ふーん、そうなんだ。なるほど!」

 適当に答えてるのを悟られない為に、笑顔で俺は話した。そうして、もう既に向こうの席に座り、持参して来た漫画を読んでいる犬養の方へ向かった。猿ヤンも直ぐ後を追って来た。

「さぁ、やるか」

 そう言うと俺は、学ランのポケットからポータブルゲームを取り出す。そして、犬養の横の席に座った。ゲームのスイッチをオンにし、挌闘ゲームを開始した。猿ヤンを見ると後ろの席に座り、スマートフォンを取り出し、いじり始めた。
 五分位ゲームに熱中していると、ガラガラと、ドアが開く音がした。俺は、ドアの方に自然と顔が向いた。廊下から買い物袋を持った二人の女子生徒が部室に入ってきた。

「おっ、はよー! 男子諸君! 青春しとるかね?」

 髪がショートカットの女子が、ハイテンションな感じの声で挨拶をした。幼馴染の由衣だ。由衣は性格が明るく元気だ。家も近所で小学校からの知り合いだ。女版の猿ヤンって感じかな。それから、由衣の後ろから、もう一人女子が入って来た。

「みんな、おはよう」

 由衣と違い、おとなしい感じの挨拶だ。声も可愛い。長い髪に可愛い顔、スタイルもいい。学年のアイドル的存在の黒須美姫さんだ。彼女と由衣は同じクラスで、ソフトボール部だったが、二年生になってから美術部に入部して来たのだ。
 俺達、男子三人もそれぞれ挨拶を交わすのであった。そしたら、由衣が買い物袋の中に手を入れている。

「さあ、お菓子パーティー始めるよー! ポテトチップス!」

 お菓子名を言う時は、由衣が、よく真似するネコ型ロボットの感じだった。そう叫ぶと、ポテトチップスを一袋取り出すと俺達の方に投げてきた。不意を突かれた俺は慌てて受け取った。特大サイズだ。
 黒須さんは紙コップを皆に配っていた。配り終えると彼女は、買い物袋からペットボトルを取り出した。ファミリーサイズの容器に入った液体は黒い色をしていた。俺は、コーラだと確信していた。彼女は、キャップを回して開けようとしている様だった……。

「うっ、うーん。固いよ」

 黒須さんは、キャップが回せないようで、困った様な表情で小さく呟いた。
 俺は、その声と行動が可愛くて見詰めていた。そうしていたら視線を感じたのかな? 彼女がこっちを向いたので、目が逢った。

「あ、俺が開けようか?」

 照れるので、即訊いてみた。彼女は小さく頷いた。俺は駆け寄り、彼女からコーラを受け取り難なく、キャップを開けた。

「ありがとう。流石、男子だね。コーラ、入れてあげる」

 そう言うと彼女は、紙コップを俺に渡し、ペットボトルを持って注いでくれた。

「黒須さん、ありがとう」

 俺が少し照れて言うと彼女は微笑んだ。そして由衣の方をチラッと見た気がした。

「よ、呼び方だけど、美姫みきで……いいよ。れ、蓮輔」

 彼女が目を少しそらしながら言った。その顔色が少し赤い気がする。今まで雉山君と呼んでいたのに名前を呼び捨てなのを驚きながら、何故だろうと考える。俺に気が有るのか? ラブラブになりましょう的な合図なのか? いや待てよ、由衣が蓮輔と呼ぶからだろう。それだけさ。俺の心の会議を終了した。

「黒須さ、じゃなくて美姫、りょ、了解――コーラ美味しいよね?」

 美姫が頷くのを確認し、俺は紙コップのコーラを一気に飲み干した。空のコップに再度、コーラを注いでくれた。流石に優しくて気が利くなぁと思っていると、由衣が近寄って来た。

「私も飲みたいー! 入れて!」

 そう言って紙コップを持って美姫に差し出している。自分で入れないのか? 女らしさが無いぞ。コーラでなく、美姫の爪の垢を煎じて飲むべし、飲むべし、飲むべし! と心の中で叫んだ。

「ところで、男子達は何で団子食べてるの? 鬼退治にでも行くき?」

「おいおい、鬼退治は禁止ワードだぞ。笑えないよ。団子は貰ったんだよ、お詫びに」

 由衣の質問に即座に答えながら俺は、犬養と猿ヤンの方向を見た。二人とも三色団子を食べながら遊びに興じている。流石に吉備団子じゃなかった。俺も団子を手に取りに行き、食べながら朝の出来事を由衣と美姫に話した。彼女ら二人に顔を見ると、ショックを受けている様子だ。

「部長は大丈夫かな?」

 美姫が小さな声で呟いた。部室は静まり返っている。俺は、不意に戸部の居る方を見た。マイペースにタロットカード? をしている。興味無しなのか? 聞こえてないのか? まぁ、あれが戸部と言う人間なのだ。あれでいいのだ!
 
「おーい、みんなー。メールが来たよ。次郎先輩重症じゃないよ。骨折だって……。頭蓋骨の!」

「え、えっー!」

 猿ヤンの言葉に皆がそれぞれ声を上げた。一人を除いて。猿ヤンを見ると、ニヤニヤしている。

「猿ヤン!」

 俺は騙したな。と言う意味を込めて大声で叫んだ。

「あははははは! 冗談だよ。冗談。先輩は、右足の骨折と後は打ち身らしいよ」

 猿ヤンが笑いで震える声で言った。ドッキリが成功で満足だったのだろう。まぁ、何にしても命に別状無くて良かった。雰囲気からして、皆も安心した様子だった。一人を除いて。
 それからひとときの間、お菓子を食べながらそれぞれの遊びに興じていた。そうしていると部室のドアを開ける音がした。俺が入り口を見ると、そこにはレースとフリルで飾られた黒い、服装。俗に言う、ゴシックアンドロリータファッションに身を包んだ女性が立っていた。髪はツインテールで赤のリボン、右目に黒色の眼帯をしていた。俺は、まさか? と自分の目を疑った。

「こら! あなた達、いい加減にしなさい」

 眼帯がんたいの女性が、あきれた様な感じで言った。その女性は美術部顧問の真黒まぐろ先生だった。あんたに言われたくないよ。先生は、見た目は若いが三十歳超えてると思う。予想だけど。いい歳して、何やってんの! と心の中で呟く。この先生、休みにコスプレ衣装で来るんだよな。まぁ、それもあるから俺ら来るんだけど。由衣と美姫が先生を見て微笑んでいる。

「先生、可愛い。ねっ、美姫」

「うん。素敵」

「チッ、何なの?」

 女子二人は褒めたが、一人おかしいぞーっと、俺は心で駄目だしをした。

「あなた達、ゲームや漫画を読むなら家でなさい。ここでは絵でも書きなさい。美術部なんだから」

 先生は、そう言っているが声のトーンは穏やかで、怒って無い様だ。先生は、由衣達の所に有るポッキーを手に取り、こっちをそれで指した。

「もっと時間を有効に使いなさい。勿体無いわよ。はぁ……」

 最後に出た溜息が自分がそうであったと言っている様だった。

「大丈夫ですよ。俺達には、たっぷりとありますから、時間。なあ、犬養」

 先生相手に偉そうなことを言った為、犬養に同意を求めた。犬養は先生を見詰めていた。

「うつく……しい」

 犬養が真顔で、先生に聞こえない程の小さい声で呟いた。それを俺は確かに聞いた。ま、まさか。犬養、お前は先生のことを? 待てよ。ただ、感想を述べただけかも知れない。そう思う事にした。
 次に先生は、戸部を見ている様だ。戸部は先生を無視して我が道を行く態度でタロットカードをやっている。先生は戸部の直ぐ傍に寄り、その行動を見ていた。

「戸部さん、楽しそうね。私の恋愛でも占って貰おうかしら。未来の恋人とか?」

 冗談なのか本気なのか判らないが、先生が言った。俺は犬養の反応を見てみた。犬養は胸の所で拳を握っていた。犬養よ、よっしゃー! と言いたい気持ちなのか? そう思い俺は微笑した。
 戸部は相変わらずだ。すると先生が戸部の足元に、しゃがんだ。

「これ、椅子の下にあったわ。何かしら? 綺麗ねぇ」

 先生がそう言って立ち上がった。右手には黄色い宝石みたいな物を持っている。

「あ! それ駄目! 返して! 私のクリスタル!」

 戸部が、素早く反応して珍しく叫んだ。

「別に取らないわ。見るぐらい、いいじゃない」

 先生は持った右手を高く上げた。美術室は日当たりが良い。だから太陽の光が、それに当たっていた。戸部は急いで立ち上がる。険しい顔をしている。

「もう、無理! 間に合わない!」

 戸部が絶叫のごとく大声で叫んだ。あんな戸部は見たことがない。でも、何が間に合わないんだ? 俺には意味が解らない。戸部は先生から、クリスタルを引っ手繰った。

「飛ぶわよ!」

 戸部が意味の解らないことをまた叫んだ。クリスタルを見ると黄色く光り出している。そして、黄色く輝く丸い玉が幾つか飛び出した。先生は一番に、光る玉に包まれた。

「これは、何? 戸部さん、悪戯いたずらは、やめ……」

 先生は、戸部への注意の言葉をいい終わる前に部室から姿が一瞬で消えた。
 俺達部員が唖然あぜんとして声も出せなかった。そして次々と、全員が光る玉に包まれていった。余った残り三個が窓の外へ飛んで行く。それを見たのを最後に、俺の意識は朦朧もうろうとし、目の前が真っ白になっていった……。
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