SNG ~その青年の進む道は救済か滅亡か~

上社玲衣

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最終章 誰がために彼は往く

最終話「神と人ー分かつものー」

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「何故そこまでしてあなたは神になる事を望む!」
 ジオンハートとの間合いを十分に保ちながらデヴォイは叫び訊ねる。しかしこのくらいならすぐに埋められてしまう。
「儂だけが神になるのではない。戦う者全てを次のステージに連れていってやろうというのだ。素晴らしいことではないか? 人間という狭い限界の中にいたのでは本当の幸福は掴めないぞ。」
 ジオンハートは剣を一閃しデヴォイの右鋏を弾く。左鋏を通常の腕に戻し、剣で応酬する。しかしジオンハートの剣の重さに対抗するのがやっとだ。
「それで幸せになれると思うのはあなただけだ! むしろあなたの妄想のせいで何人の人間が不幸になったとでも思っている!」
「お前もその中に入っていると非難がましく泣き言を言うつもりか!」
 そう、俺はこの男のせいでどれだけの不幸を味わってきたか…、確かにこの男なくしてこの世に生を受ける事はなかったのだが…。
「そうやって自分の運命を受け入れない弱き者は所詮この戦場では生き残れまい。」
 ジオンハートの突きがまともに腹部へ刺さる。
「ぐはっ! ぬぐうううぅうううっ!」
 両腕を元の腕に戻し、腹部に刺さった剣を抜く。すると光と共に腹部が藍色の物質で埋められ修復されていく。
「そう、それが正真正銘の人ならざる力。まさに生物の域を越えた不死の力だ! フハハハハハハッ!」
 ジオンハートの哄笑が戦場に響く。
「喜んでいいのやら悲しんでいいのやら…。」
 藍色の物質が消え、元の肌に戻った自分の腹部をさすりながらデヴォイは呟く。起きあがり、今度は双剣でジオンハートに向かう。
 
 日は沈み、辺りは既に闇に包まれてきていた。戦場は至極静かであった。皮肉にも真実を知らずに死んだ選ばれし者達やパラライザー、真実を知った上で自ら決戦の地に挑み斃れていった選ばれざる者達の亡骸が在る一方、戦う目的はもう存在しない、フィアー、フォルナウス、マイア、ただ疲弊しその場に臥す生き残った者達、シーマとの戦いを終えたトリニティとユージン、そして傍観者に役代わりしたウォッシュとイオは、先程からたった二人の剣の舞を見、ぶつかり合う音を聞いていた。
 まさに天上の絵画でもあり、音楽であり、ジオンハートが求めていたものはこれだったのか、という事が、皆の無意識に感ぜられた。向こう側の世界、光の世界とはこのようなものなのか…。
 初めは劣勢だったデヴォイも昂揚感と共にキレが良くなっていくのを感じた。ジオンハートは、彼の感情の高ぶりに合わせて、肌が少しずつ再び深藍色になっていくのを見逃さなかった。また、両腕もいつしか再び鋏へと変化していた。
 そうして、その時突然誰もが、心の中で鐘が鳴り響くのを聞く。生理的に心地良いものではない音だ。荒涼としてどこまでも冷たく、現世から引き離される感覚がする。目の良い者は、デヴォイの肩の上辺りに球体の何かが生まれたのを視認出来た筈だ。
 フォルナウスは戦慄する。あの悪夢が…クラーケンヴァルトでの悪夢が再び訪れる…。
「夜の宴が始まる…お前が望む力はすぐそこにある…。」
 刃を打ち合わせていた彼の表情と口調に変化が生まれたのに気付いたのはジオンハートのみであった。甘く、しかし冷たく。それはあのシーマなぞの比ではない。根源的に違う。心はあたかも存在しないかのような印象を与える。死神がいるのならきっと彼がそうだと言える。
 鐘が鳴り球体の悪魔がまた増えていくのと一方、彼の胸の中心から波動砲塔が現れる。
 【破】の力。その波動に飲み込まれた物質は全て光の世界、エレボスの向こう側へと強制送還される。両腕の【斬】の鋏、十二体の悪魔の【夜】、そしてこの至高の力…彼が“ウェポン”と呼ばれる所以であり、その姿をまたここに現すことになった。
 これは…この世にあってはならないものだ…!
 ウェポンを知らない者も知る者も、彼の覚醒を望んでいたウォッシュ、イオ、そしてジオンハートでさえも、そのおぞましい姿を常に放たれる膨大なエネルギー波に、自分の「生」の存在を疑った。そこにいるのは皆が知るデヴォイではない。何か別の意志が乗り移った完全な人間兵器だ。いや、人間と呼べるのか分からない「それ」に、その場を逃げ出す者が現れる。
 塔のジオンハートすら、腰を抜かして死を待っている。これが、儂の望んだ力なのか? こんなものを儂は神の力と呼んでいたのか…確かに…人間の域ではないが…あり得ない…エレボスを越えた時の感覚など、言うに及ばない。
 誰もが予期しなかった最悪のナディウスオに終止符を打てる存在はここにいるのだろうか?
 ルデールを焦土と化した、いや、完全に消滅させたウェポンの砲塔は真っ直ぐ父に向いている。
「アデュー!」
 彼を止めようとかつての恋人マイアが叫ぶが、恐怖で体が動かず、また声も届かない。
 誰かあの人を止めて…!
 デヴォイ…ウェポンの波動砲が発射準備に入る。ジオンハートは観念して座している。その目だけはかつての息子だった兵器の意志なき顔を見つめている。これが儂のとってきた行動に対する最低限の責任か…。

 まばゆい光。

 誰もが、誰もが彼の正面、いや、視界一体がその光と共に消滅してしまうと信じていた。だが、五感は失われた筈なのに、突如としてある声を聞く。自分自身に、そして全ての者に叫びかける声。
「違うだろ! そんな事は俺は望んじゃいない!」
 光が一点に収束する。先程まで人間兵器だった男の肌が元に戻り、最凶の武装が消滅してゆく。やがて、何事もなかったかのように辺りは再び静まり返る。
 ジオンハートがしばらくしてぽつりと洩らした。
「勝った…人としてのデヴォイの意志が神の力に。これが真の強さか。ふ…ふふふ…。」
 やがてそれは自信に満ちた哄笑に変わる。
「ふふ…ははは! 人が神に勝った! 精神力で打ち勝った!」
「俺は…力を制しようと思ったわけじゃない。ただ俺が皆を殺す事を避けようと望んだだけだ…もう一人の好戦的で破壊的衝動に溢れた俺に対して。」
「それが強さだと言うのだ…。ふっ、奴も“優しさ”などと変な事を吹き込みおって。」
 しかしデヴォイはかぶりを振って答える。
「本当にあなたが望む強さを俺に得させたいと思っていたなら、パンターズヴォルフの襲撃の時、俺を見捨てていたはずだ。違うか? あなたも持っているんだ、優しさを。」
 一呼吸おいてジオンハートは口を再び開く。
「ふん、あれは今日の戦場へ導く為の行為に過ぎぬ。優しさか。儂に似つかわしくない言葉だ。だがしかし…。」
 彼は立ち上がり戦場を見渡した。
「ここでは本当にいいものを見せてもらった。今日は一旦退かせてもらう。」
「待てよ…! あなたはこの戦場に対して責任を持つ気はないのか? 多くの死んでいった者に対してかけるべき言葉はないのか! それに、UNOの戦争の私兵とやらの話はどうなるんだ?」
「まあそう急くな。結局この戦場を選んだのは例え何%の意思とは言えども、ここに生き残った者達と死んだ者全てだ。よって全ての者がこの戦場に責任を負うのが妥当だ。お前の言う責任というのがどのようなものかは知らぬがな。」
 確かに、ただ心情的に、父と、世界を裏から操るUNOが許せなかっただけかも知れない…。デヴォイは次の言葉を見つけられなかった。
「ただ…今回は求めていた答えが得られた。故に儂はこの戦場を最後にUNOを脱退しよう。また、金の亡者共の茶番に付き合うのもいい加減飽きた。選ばれし者達などというのも選ばれない者達などというのも、奴等が勝手に騒いだ事で、儂には結局関係ない、皆平等に死線に導こうとしただけだ。だから、もし責任と言うのなら、儂の裁量で私兵の件を無理にでも無効にさせることだ。」
「この馬鹿親父! 何でも勝手に決めやがって! UNOを裏切るって事は世界を敵に回す事になるだろう!」
 彼を殴ったのはデヴォイではなく、いつの間にか側に来ていたウォッシュであった。疫病で故郷を失ってから、誰よりも生に対する執念が強い彼の長男は世界で最も長いものに巻かれていたかった。
 だが、母方に誇り高き太陽族の血の流れるイオは違った。ウォッシュの肩に手を乗せて止める。 
「やめましょう。私達の能力も他に使える可能性が開けたってわけだし、何よりその使う態度を今日知れたわ。大丈夫、私達四人なら何も恐くはないわ。」
 そう言いながら彼女は、ジオンハート、ウォッシュ、デヴォイを順に見つめる。しかし彼女の弟は肩を竦めた。
「ああ…悪いが俺は勘定に入れないでくれ。今更家族なんてやれるわけない…とか言うんじゃあないが、性に合わなくてね。マイアやクレア、女に囲まれてる方が、俺には性に合ってるんでね。」
 冗談ともつかない言葉ではあったが、結局彼は父と兄姉を許してはいないのだ。
 
 怪我をした者の手当と、遺体の埋葬が始まる。
 結局この戦いは、SNG、パラライザーとは何だったんだ、と多くの者が考える。確かにジオンハートの言うように、ギリギリの線で戦う事で、何かが見えたのかも知れない気がしたが、今は何とも言えない寂寥感が戦場を支配していた。
「エイジス…バン…任務がなければもっと仲良くやれていたのにな。」
 デヴォイが二人を埋葬しながら言った。
「いい女だったな。」
 そう言って隣のラルフが愛用の赤いサングラスを手向ける。デヴォイも同様に青いサングラスを取って添える。ヴォルドはしかし真似はしなかった。
「確かに…取り巻きは邪魔だったがな…ってそんな事を言ったらバンには可哀想だな。」
 デヴォイは寂しそうに頭を掻きながら言う。ラルフは受け答えながらも、シーマを埋めているジオンハートを見つめている。
「ふっ。しかし…あのシーマと言う女も不幸だな。あんな爺さんに振り回されっぱなしの人生で。頼るべきものがあんなところにあるとは…、虚しいな、強さっていうのは。」
「しかし、その虚しい強さを俺達は求めていた時代もあったし、今現にこうして持っているんだよな。だがまあ、あんな爺さんって、あれでも…俺の父親なんだよなぁ。」
 二人してしばらく老剣士の背中を見つめていた。
 一段落つき、夜も深くなってきたところで、各々それぞれが向かうべき、帰るべき場所へと別れていく。
 ジオンハートとイオ、ウォッシュは“世界の中心”と呼ばれるUNOの本部へ向かう。しかしウォッシュの危惧したとおり、簡単に解決する話ではなく、彼等の決断は後に二つの大きな事件と不幸を引き起こしてしまう。
 フォルナウスはフィアーと残りのパラライザー仲間を連れ、父グリニゲルの元へ帰る事にした。彼らにとっての本当の戦いはここから始まる。
 デヴォイはマイアと共にクレアをルーハウまで送り届ける任務を再開する。デヴォイとなったアデューは彼女の知っている彼にはない、「女好き」というスキルをいつの間にか身につけている。クレアの護衛の報酬は要らないが、お目付役としてしっかり彼を見張っておかないと。もう放しはしない。とは言っても、二週間もあればミゼルからは十分にたどり着ける距離ではあるが。

 昼下がり、デヴォイがかつてフォルナウスと初めて戦ったクラーケンヴァルトの森にて。
「何かこうやって隠れてると…オレ達刺客みたいじゃないですか?」
「こうやるもんだと、あの魔術師が言っていた。」
「ラルフ…あいつには、『神の力』があるんだぞ…。それでもやる気か?」
「そんな事は関係ない。奴は人だ。」
 トリニティの三人が柄にもなく茂みの中に隠れていた。
「いいな、あいつは両手に花で。俺も女の旅の連れが欲しいな。」
「そうじゃないでしょ、先輩。」
 そう、彼等がここにいるのはそんな理由ではない。
 一方デヴォイ達は、楽しく談笑しながら歩いていた。クレアの肩に腕を伸ばそうとするデヴォイの手をマイアがつねっているのが見受けられた。そんな中、突然ラルフが茂みの中から現れた。
「おわっ! って分かってたけどな。何の用だ? 忘れ物か?」
 おどけたデヴォイの問いに、ラルフは背中の剣を抜き構える。
「バトルマニアだとか言ってジオンハートと一緒にされるのは困るが…。剣を交わしてお前も奴も道を得た。俺はあの戦いでは何も見出していない。強さの話はしたよな…それには俺は何の興味もない。また別のベクトルの、別の答えを探したいんだ。だが、なら、だからこそ今ここでお前と剣を打ち合わせて見出す他ない。ただ、それだけだ。」
 マイアが風系魔法の詠唱を始めるが、デヴォイが彼女の唇に指をやって制する。
「大丈夫、殺し合いじゃないんだから。ただ、いつものごとく、クレア、安全なところにな。マイア、君もな。まあ、観戦でもしていてくれ。心配ない、“力”が発動しないように俺は俺を制するよ…出来る、きっと出来るさ。もうあんな事は繰り返しはしない。純粋な人と人との会話だ、これは。」
 そう言いデヴォイは腰の双剣を抜く。
『行くぞ!』
 かけ声と共に二人は踏み出した。

FIN
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