不思議な短篇集

さきがけ

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意識を生む電球

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 "何も見えなくなった。どうなってるんだ。"信号を解読したコンピューターが出した結果は、実験が成功したことを示していた。

 私はそれを見て、喜びながらも震え上がった。不思議な感情だった。自分は今まで誰も成し遂げなかった、科学の未知の領域へと足を踏み入れてしまったのだ。

 それは簡単に言うと、意識を作り出す実験だった。「皆さんにはこれから、人間の脳を再現してもらいます。」私は実験の参加者達に言った。「今皆さんの目の前には二つのもの、電球とボタンがあることと思います。やってもらうことは簡単です。目の前の電球が光ったら、ボタンを押してください。一人一人のボタンは、数人の電球につながっていて、他の電球を光らせます。こうして次々に連鎖していきます。

 こんなことをしてどうするのかと思うかも知れませんが、これは脳の働きを模しているのです。人間の脳というのは、無数の神経細胞から成り立っています。しかしその神経細胞一つ一つの働きは、受け取った刺激を周りに伝えるというごく単純なものです。私はこの働きを再現することで、人工的に心を作り出すことが可能なのではないかという考えからこの実験を行うに至りました。皆さんがその脳細胞の一つ一つなのです。」

 私は自分の脳の構造から電球のネットワークを作り、実験開始直前の自分の脳に流れる信号の状態をスキャンして、最初に光る電球を決めた。これが記憶に当たるわけだ。私が開始のボタンを押した瞬間、頭に付けた装置が私の脳の電気信号の状態を瞬時に読み取って実験が始まるのだ。

 私はボタンを押してすぐに、ネットワークの、脳で言えば言語野に当たる部分の電球の光り方を、人間の脳の働きを元に解析させたところ先ほどのようなはっきりとした思考が芽生え始めたことが確かめられ、この実験が予想以上に上手くいっていることを知ったのだった。

 "真っ暗で何も見えない。何も聞こえない。ここは何処だ。"ネットワークは思考し続けていた。私はそれに答えるために聴覚野の一部を規則的に光らせて信号を送った。正しい電球を正しいタイミングで光らせることでこの再現された脳の中に私の声が聞こえたのと同じ状態を作り出すことができるのだ。忙しく光っている電球の集団に向かってメッセージを送るのは少し不思議な感覚だった。

 「お前は今生まれた電球とボタンのネットワークだ。」その情報が伝わっていった瞬間、ネットワーク全体の動きに変化が生じた。"嘘だ!私はさっきその実験を始めた所だったのだぞ。ボタンを押した瞬間突然あたりが真っ暗になって、今度は私自身の声が聞こえる...こんな恐ろしいことがあってたまるか!"

 私はこの結果に手が震えるほど興奮していた。ただの電球の回路が人間のように考えて、感情を持っているように動いている。まるでこのシンプルな要素の集まりに人間の心に似た何かが宿っているようだった。

 「これは、このネットワークが心を持っていると言うことなのでしょうか。」助手は震える声で言った。目の前で起きていることが信じられないようだった。「それなら敢えて本人に聞いてみるのも面白いかもな。」私はまた信号を送った。「お前は自分に心があると思うか。」電球達は答えた。"当たり前だ!私は紛れもなく私だ!"

 しかし私はあまりそれを信じる気が起きなかった。このシステムはただの物質でしか無い。そんなものに意識があるとはとても信じがたい。「ではお前は自分に心があると証明できるのか?」"できない。だがそれはお前だって同じ事だろう。ああ、俺は元の体には戻れないのか...?"

 「ここまで人間そっくりの返答ができるとは。大成功だ。データはとれているだろうな。」「はい。とれています。先生がボタンを押した瞬間分裂したかのようです。」「そういった考えに陥るのも無理は無いが、それは間違いだ。あれはたった今生まれた、 あの参加者達が手を止めればたちまち消えてしまうただのネットワークだ。自分のことをこの私だと思い込んでいるだけなんだ。あれに心など無い。あるような振る舞いをしているだけだ。さあ、そろそろこの実験を終了するぞ。」助手は気の進まなそうな顔で答えた。「分かりました。でも最後に電球の方の先生に別れの挨拶をしてもいいですか。」私は笑って答えた。「私の言うことが理解できないのか。しかし問題は無いだろうから、好きにして構わない。」

 「申し訳ありませんが実験を終了します。何か言い残すことはありますか。」助手は信号を伝えた。するとネットワークは答えた。"止めないでくれ!頼む!私も自分の身に何が起こったのかよく分からないが、私の魂は実験開始の瞬間にこちらのネットワークの方に入ってしまったようなんだ。そこにいる私は今までの私とは違うんだ。私には生まれてから今までの記憶もある。思い出だってある。君が信じてくれようがくれまいが、私には本物の心があるんだ。だから消さないでくれ!"

 助手は少し考えてからこう答えた。「では、ここで実験が一旦終了した後、もう一度同じ事をするというのはどうでしょう。そうすれば先生はもう一度戻ってくることができます。」

 しかしネットワークは言った。"そんなことを言ったって、この実験が終わった瞬間私は消えてしまう。もう一度同じ実験をやって私そっくりの記憶と人格を持ったものが現れたとしても、それはこの私とは別物だ。"助手は苦しそうに言った。「ごめんなさい。これだけたくさんの人々を雇うのには莫大な経費がかかってるのです。分かってください。」"お前は経費のために私の命を犠牲にするのか!ああ、何てことだ。こんな風に人生を終えることになるなんて。こんな実験を始めたばっかりに..."

 助手は実験の終了を告げるためマイクに手を掛けたが、迷った末手を離した。「先生、私にはこのネットワークに意思があるようにしか思えません。」「何を言っているんだ。ためらう気持ちも分かるが、そいつの言うとおりにしていたって仕方無いだろ。この実験を永遠に続けていくことは不可能なんだ。いいか、これは科学者として越えなければいけない壁なんだ。ためらえば今後この研究を続けていくのに大きな支障になる。ここでその非科学的な抵抗感を乗り越えるんだ。さあ、そのマイクを渡してくれ。」

 「しかし先生!」助手がそういったとき、私はマイクを無理矢理助手から奪った。"頼む、嫌だ、死にたくないんだ。消さないでくれ!!"私はまだ続いていたネットワークの声を無視して、全体に実験の終了を告げた。直後にネットワークは何も言わなくなった。助手は頭を抱え、壁を背にしてしゃがみ込んだ。私は助手に声を掛けた。「悪いな。だがこうでもしないとお前はずっとあのネットワークを維持するために無駄な金と時間を使うことになっていたんだぞ。お前はまだ若い。今後この研究をともに進めていけばきっと今の判断が合理的だったことが分かるようになるだろう。」

 しかし助手にはその言葉さえ届いていない様子で、まだ虚ろな目で頭を抱えて震えていた。

 私がこの実験で得られたデータを元に書いた論文は、たちまち世間を震撼させて、多数の科学雑誌に掲載された。この実験は生物学、医学だけで無く哲学、倫理学者達にまでもに大きな影響を与えた。しかし中には結果を信じないものも大勢いて、著名な学者がでっち上げだと言って批難することも少なくなかった。そんな中私はもう一度同じ実験をして、その結果の正しさを証明するための追試を行うことにした。

 私は大勢のテレビ局や学者達が集まる騒々しい中で、参加者たちに同じような説明を一通りした後、ゆっくりと実験を始めるボタンを押した。

 その瞬間、突然周りの音がやんで何も見えなくなった。
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