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第六章 ヘタレ領主の領地改革
第十話 エリナ時間
しおりを挟む「という訳でエリナ時間を作ろうと思う」
「お兄ちゃんいきなりどうしたの? また発作?」
ガラス窓から差し込む朝日で目を覚ました俺は、エリナにいきなり心配された。
防犯のこともあるし、増築部分も含めて全て鎧戸からガラス窓に変更したのだ。
と言ってもクレアの防御魔法を突破できる術者って限られてるんだけどな。
「違う違う。今後嫁さんが増えたら毎日こうやって一緒に寝られなくなるだろ? だからエリナと一緒にいる時間を増やすんだよ」
「お兄ちゃん! 嬉しい!」
がばっと着崩れたメイド服のまま抱き着いてくるエリナ。
着崩れている上に、露出度が高い服だからほぼ裸みたいなもんだし、今もがっつり出ちゃってるんだけどな。は? 全部脱がすわけ無いだろアホか。
「と言っても狩りの時間くらいしか思いつかないから、他に色々考えてエリナ時間を作ろうって話なんだよ」
「でもねお兄ちゃん、私は凄く嬉しいけど、出来ればクレアたち他のお嫁さんのことも大事にしてあげて。私はお兄ちゃんがそう言ってくれるだけで十分だから」
「俺がエリナを特別扱いしないと、他の嫁が遠慮するからっていう理由もあるんだぞ」
「そうなの?」
「クレアは元々エリナとは姉妹みたいなもんだし、常にエリナを立ててるだろ」
「うん! クレアは良い子で可愛いよね!」
「クリスはエリナやクレアの前じゃ大人しいけど、城で会議する時なんかすげえベタベタしてくるんだぞ。滅茶苦茶俺の匂いを嗅いでくるし」
「そういえばあまりお兄ちゃんにくっついてるクリスお姉ちゃんって見たことなかった」
「王都に行く時の馬車の席順だってエリナとクレアに配慮してたし、お前たちが宿屋で順番を決めてローテーションしてる時くらいだぞ、くっついて来たのは」
「そうだね、クリスお姉ちゃんとシルお姉ちゃんが遠慮してたから、『順番にお兄ちゃんの横に座ろう』って言ったの私だし」
「シルは常にエリナやクレアより俺にくっつこうとしないだろ? 料理中だって台所の隅で正座してるだけだし」
「そうだね、シルお姉ちゃんはお兄ちゃんの近くにはいるけど、ちょっと遠慮してる感じはするね」
「アホだからちょっと甘やかすとすぐに調子に乗ってくっついてくるけどな」
「でもそういう所も可愛いってお兄ちゃんは思ってるんでしょ?」
「まあな。で、だからこそ、エリナとはちゃんと別に時間を取って仲良くしてるから、他の時間帯はエリナに遠慮しないでいいぞって言ってやらないと」
「じゃあその時間は私がお兄ちゃんを独占しちゃっていいの?」
「そうそう。じゃないとあいつらずっと遠慮したままだぞ」
「なんか悪い気がするけど……」
「これはエリナが他の嫁に気を使わないようにする為でもあるんだから、めいっぱいエリナ時間を堪能しろ。俺もエリナに甘えるし、エリナも存分に甘えて来い!」
「わかった! ぎゅー!」
ぎゅー! と抱き着いてくるエリナ。半裸なので色々大変だ。
「まだ朝の支度にはちょっと早いかな?」
「まだゆっくりできるね、今も私の時間?」
「もちろんだ」
えへへ! とエリナは俺をベッドに押し倒してくる。「いっぱい甘えちゃうね!」と言いながら口を塞がれたので、エリナの好きにさせる。
やっぱこいつ可愛い。
◇
朝っぱらからメイド服の脱がせ方をエリナと勉強したあとは、露天販売の準備だ。
仕込みは昨日のうちに済ませているので、簡単に火を通したりする程度だが、量が多いので俺とエリナはひたすら厨房に籠る。
一号たち男子チームは、料理を運ぶ役と、工作品を並べる役で分かれている。
「じゃー私はパスタを茹でながらパスタソースを温めちゃうね!」
「おう、俺はサンドイッチを作っておく。ハンナとニコラが向こうの厨房で作ってるタマゴフィリングを持ってくるまではひたすらテリヤキチキンサンドだな」
「というかエリナは可愛いんだから売り子をやれよ」
「私なんかよりお姉ちゃんたちの方が大人気だよ?」
「たしかにあの二人が厨房に回っても戦力にならないからな。クレアと婆さんは店頭で販売予測しながら在庫調整とか考えてる頭脳役だから外せないんだよな」
「それに私まであっちに行っちゃったらお兄ちゃんが寂しがるでしょ」
「それもあるけど手が足りないのも正直なところだな」
「こっちはすぐ終わるから、終わったらお兄ちゃんの方を手伝うね!」
昨日クレアが仕込んだテリヤキチキンを軽く温めてからマヨネーズ、レタスと一緒に予め耳を落としておいた食パンで挟んで斜めにカットする。
ひたすら同じ工程を繰り返してテリヤキチキンサンドを作っていく。
カツサンドでもあまり作業工程は変わらないかな? トンカツの仕込みが大変なだけで。
「露天販売用の建物欲しいよな。そうすると露天じゃなくて普通に弁当屋さんになっちゃうけど」
作業の手は緩めずに、隣で料理しているエリナに話しかける。
まだまだクレアが仕込んだテリヤキチキンが残っている。さっさと終わらせないと。
「アランたちも毎回工作品を出したりするの大変だしね」
大鍋でパスタを茹でているエリナが、ちゃぶ台のようなものを二人掛かりで運び出して入る男子チームを見ながら言う。
「あいつら調子乗り過ぎだぞ。もう露天販売所の一角は家具屋じゃねーか。しかも最近陶芸まで始めたろ? 大量のグラタン皿作ったのはグラタン食いたいっていうアピールかあれ」
「とか言って焼き窯とか作ってあげたり陶芸の本を買ってあげたのはお兄ちゃんでしょ」
「やりたいことは何でもやらせる主義だからな。しかしあっという間に技術を習得しやがる。恐ろしいわ」
厨房の食器棚には大量のグラタン皿が並べられている。それも二回りほど大きいやつだ。
色んな皿があるぞと、ちょっと奮発して異世界本の皿特集みたいな本を買ってやったんだが、どうせグラタンの写真を見て張り切ったんだろう。
異世界の本を見せるのはあまり良くないかも。何しろ美味そうな写真が大量に載ってるからな。高かったし。
「ふふふっ」
「なんだよ」
「お兄ちゃん大好きだよ!」
「俺もエリナのこと好きだけど、なんなの急に」
「凄く優しいところ!」
何も言えずに、「こほん」と咳払いだけで答えた俺は、引き続きテリヤキチキンサンドと格闘する。
「あとねー、照れ屋なところ!」
耳が熱くなって行くのを感じながらも、手は休めない。早くハンナとニコラはタマゴフィリングを持ってこいよ。
夜じゃないと主導権を握れないんだよ。握れてたっけ? 握れてないような気がしてきた。
「ま、一号たち専用の販売所と弁当販売所は作ろう。今の内ならいくらでも空地はあるしな」
「ふふふっ」
「うっさいアホ嫁。さっさとパスタは終わらせてこっちを手伝え。タマゴサンドやらポテサラサンドやらがまだ手付かずなんだからな」
「えへへ!」
「あのさー、兄ちゃんたち。朝からいちゃつくのは良いけど俺たちの見えないところでやってくれよ」
家具やら工作品を並べ終わった一号が、弁当を受け取りに厨房に入ってくる。
「夫婦の空間に入ってきたのはお前だろ一号。とりあえず出来た分のテリヤキチキンサンドを持って行け」
「また変なこと言い出すのな兄ちゃんは」
「うっさい。でも今日の晩飯はハンバーグに加えてグラタンを作ってやるからな」
「おー! 兄ちゃんありがとう!」
「わかったからさっさと持って行けって。クレアが待ってるだろ」
「おう!」
一号がテリヤキチキンサンドの詰まった箱を、嬉しそうに持っていく。
あいつの好きなピザっぽくなるようにトマトソースを大量に使ったグラタンにするかな?
「やっぱりお兄ちゃん優しい!」
「うっさいアホ嫁」
その後は、タマゴフィリングを持ってきたハンナやニコラが顔を真っ赤にして逃げ出したり、弁当を運びに入ってくる一号に何度も突っ込まれたりしたが、初日からエリナ時間を作れたようで良かった。
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