スローライフに憧れる伝説の王子

猫の手も借りたいおじさん

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155話

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第百五十五話:「笑顔の輪郭に潜むもの」

イースト共和国。
多層に渡る水路と回廊が巡る都市国家。王政を否定し、民意による政治を尊ぶこの国は、かつてリンゴー侵攻の折に自らの判断で援軍を送ってくれた恩義深き隣人だった。

ノブ一行の到着は、共和国中央議堂の広場にて、過剰なほど礼を尽くした歓迎で始まった。



「ようこそ、第二王子ノブ殿。イースト市民会議より、最大限の敬意と感謝を」

文官らが整列し、丁寧に頭を下げた。
陽光の下に広がるその光景は、あまりにも整っていて――エルザが、口元に微かな疑問を含ませていた。

「……この歓迎。随分“演出”が濃いですね。」

セシリアもまた視線を動かしていた。

「市民の拍手が自然じゃない。拍子が揃いすぎているわ」

ノブは笑みを崩さず、ただ心の内にひとつだけ言葉を置いた。

(歓迎されすぎる時――それは、相手が“こちらの意図を試している”時だ)



歓待の晩餐には、市民代表、軍警団長、商人会連盟、そして共和国中央政策評議会のメンバーが列席した。
演説、乾杯、拍手。
けれど、ノブが心を寄せていたのは、そこに“あるはずの人物”がいないことだった。

「……援軍を出してくれた、あの時の評議官“レネス卿”が、いない」

当時ノブに使節を書き送った張本人。
誠実で冷静な補佐官にして、共和国の良心とすら言われた人物。
名を呼んでも誰も口にしない。所在を聞いても、返ってくるのはやや濁った笑み。

そして、夜。
ノブのもとに密かに届けられた一通の手紙――差出人不明、紋も記名もない。だが、内容は鋭く切り込んでいた。

『レネスは“失踪”したことになっています。
本当は拘束されたのです――共和国中枢の中で、何かが変わりました。
あなたに送りたかった報告書は、隠されています。
明日、旧図書館棟の裏手。“真夜中の鐘のあと”に』

ノブは手紙を閉じ、ゆっくりと息をついた。

「……これが、共和国の本当の顔か」

エルザは軽く剣に手をやりながら問う。

「向こうは、何を見せてきますかね?」

セシリアの目がわずかに強く光る。

「おそらく、“私たちがどこまで知るべきか”を、もう誰かが選び始めてるわ」

共和国の夜は静かだが、その静けさは“開かれた政治の静謐”ではない。
それは、何かが伏せられ、何かが封じられていることに他ならなかった。

(次話へ続く)
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