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174話
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第百七十四話:「死角より、先に」
王都東郊――かつて王家の狩猟地だった静かな森路を、ノブとセシリアが歩いていた。
周囲には護衛の気配もない。
それは“無防備”ではなかった。むしろ、守られる側の椅子から自ら降りた選択だった。
---
暗殺計画の兆候は複数同時に現れた。
毒草の配合量の異常、警備室の交替記録の改竄、影の情報網の静寂。
ノブは静かに指で帳簿を閉じながら言っていた。
「……ようやく来たか。
俺なら、もっと早く動くけどな。
……これじゃ、“命を狙う側”のほうが遅れてる」
すでに標的には筒抜けであること。
それが、暗殺という手段の無力さを露呈しつつあった。
---
だからこそ、アリシアには“最大の守り”を預けた。
エルザ・ヴァルドルフ。あの王女の護衛に就けたのは、剣のためではない。
「俺に何かあったら……王女は、信じられなくなるかもしれない。
だから、“信じられる者”を隣に置いてほしい。
君は、“アリシアの護衛”であって、“俺の延長じゃない”と分かる位置にいてくれ」
エルザはただ一言、承諾の意を返し、出発した。
---
そして今、ノブはあえてセシリアと共に姿を現していた。
静かすぎる森の中、セシリアは淡々と歩を刻みながら尋ねる。
「本当に“来させる気”ですね」
「“来させるしかなかった”ってとこかな。
俺は、彼らが“制度で潰すのを諦めた時点”で、もう“姿を見せなきゃいけない段階”に入ってると思ってた」
彼は一瞬、手を後ろに組んで止まる。
「……今、暗殺って手段を取ってる時点で、
もう奴らは“制度の中で生きる理由”を失ってるんだよ。
だから、俺はむしろ“彼らの未練”を見届けに行くつもりでいる」
セシリアは振り返らずに言う。
「殿下は、自分が消されようとしているのに、
なぜ“見届ける”という語を使えるのか、理解に苦しみます」
ノブは軽く笑った。
「俺は“制度を壊される”のが怖いんじゃない。
“制度の中で育った声を、また沈黙に戻す空気”が怖いんだ。
……だったら俺は、“沈黙される前に立ってるだけ”でいい」
---
知らぬ者が命を狙う。
けれど標的は、狙われていることも、
「その行為が意味をなさない地点に達していること」も、すでに見抜いている。
セシリアはその隣で歩きながら、自らの魔術回路を整える。
「では、“狙撃者”が現れるまでに、
理性ある検体がどう動くか、観察させていただきます。
……あえて、術式支援は“必要な瞬間まで使用しません”ので」
ノブは頷いた。
「それでいい。“観察する余白”のない政治は、詰まるからな」
---
彼らはただ、死角の向こうを“先に知っている者”として歩んでいた。
この国の制度が語られるかぎり、
その道の先に隠れた刃の方が、すでに“間違っている”ことを知らずに。
(次話へ続く)
王都東郊――かつて王家の狩猟地だった静かな森路を、ノブとセシリアが歩いていた。
周囲には護衛の気配もない。
それは“無防備”ではなかった。むしろ、守られる側の椅子から自ら降りた選択だった。
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暗殺計画の兆候は複数同時に現れた。
毒草の配合量の異常、警備室の交替記録の改竄、影の情報網の静寂。
ノブは静かに指で帳簿を閉じながら言っていた。
「……ようやく来たか。
俺なら、もっと早く動くけどな。
……これじゃ、“命を狙う側”のほうが遅れてる」
すでに標的には筒抜けであること。
それが、暗殺という手段の無力さを露呈しつつあった。
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だからこそ、アリシアには“最大の守り”を預けた。
エルザ・ヴァルドルフ。あの王女の護衛に就けたのは、剣のためではない。
「俺に何かあったら……王女は、信じられなくなるかもしれない。
だから、“信じられる者”を隣に置いてほしい。
君は、“アリシアの護衛”であって、“俺の延長じゃない”と分かる位置にいてくれ」
エルザはただ一言、承諾の意を返し、出発した。
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そして今、ノブはあえてセシリアと共に姿を現していた。
静かすぎる森の中、セシリアは淡々と歩を刻みながら尋ねる。
「本当に“来させる気”ですね」
「“来させるしかなかった”ってとこかな。
俺は、彼らが“制度で潰すのを諦めた時点”で、もう“姿を見せなきゃいけない段階”に入ってると思ってた」
彼は一瞬、手を後ろに組んで止まる。
「……今、暗殺って手段を取ってる時点で、
もう奴らは“制度の中で生きる理由”を失ってるんだよ。
だから、俺はむしろ“彼らの未練”を見届けに行くつもりでいる」
セシリアは振り返らずに言う。
「殿下は、自分が消されようとしているのに、
なぜ“見届ける”という語を使えるのか、理解に苦しみます」
ノブは軽く笑った。
「俺は“制度を壊される”のが怖いんじゃない。
“制度の中で育った声を、また沈黙に戻す空気”が怖いんだ。
……だったら俺は、“沈黙される前に立ってるだけ”でいい」
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知らぬ者が命を狙う。
けれど標的は、狙われていることも、
「その行為が意味をなさない地点に達していること」も、すでに見抜いている。
セシリアはその隣で歩きながら、自らの魔術回路を整える。
「では、“狙撃者”が現れるまでに、
理性ある検体がどう動くか、観察させていただきます。
……あえて、術式支援は“必要な瞬間まで使用しません”ので」
ノブは頷いた。
「それでいい。“観察する余白”のない政治は、詰まるからな」
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彼らはただ、死角の向こうを“先に知っている者”として歩んでいた。
この国の制度が語られるかぎり、
その道の先に隠れた刃の方が、すでに“間違っている”ことを知らずに。
(次話へ続く)
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