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176話
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第百七十六話:「文句を言いに行こうか」
狙撃。回避不能の間合い。
だが、起きなかった。
術式は妨害され、接近ルートは全遮断。
仕掛けは“本気”ではなかった。
精度は高いが、殺意が浅い。
ノブは風を見ながら言った。
「これで六回目だな。
けど……届かない。あまりにも、だ」
セシリアは横を歩きながら、手袋の内側の封印印環を一つ戻した。
「過去最弱の構築でした。痕跡の消し方も、逆に目立っています。
要するに、“失敗するように仕組まれた狙撃”」
ノブは歩みを止める。
「あー……つまり“死なないことで軽くなる”ように仕組まれたのか。
俺がいくら狙われても、傷を負っても、倒れなければ“無視できる存在”になっていく」
「――“制度より遅くなる”ように追い込む、ってことか」
セシリアがわずかに微笑む。
「その解釈、理性的に正確です。
つまりこれは“殺すための刃”ではなく、“黙らせる雰囲気の刃”」
---
ノブは背を向け、夜の道へ向かって歩き出した。
「……なら、文句を言いに行くか。
俺という“制度の質問そのもの”を道具にした連中に」
セシリアはぴたりと隣を歩く。
「目的地は明確ですね。
鍵は既に揃っています――術式追跡、遺構使用許可、証書未署名。……あとは、私が目撃者になれば十分」
ノブは笑った。
「まったく、頼もしい付き添いだ。
世の中には“護衛”じゃなく“立ち合い人”って言葉があるけど、
君はまさにそれだな」
セシリア:「“理性ある検体”には、理性ある証人を。
……私なりの友情表現です」
---
【補足場面】
夜更け。政庁旧記録局・非公開資料閲覧棟。
扉が開かれ、まだ“公式にはいない”一人の人物が待っていた。
彼は秘書官でも議員でもなく、制度文書の文体代筆者という、
限りなく匿名に近い存在だった。
ノブはその人物に問わなかった。
ただ、金属の箱を前に置いた。
「この中に、君の模写癖がある。
たった四つの句読点の傾斜で、君の癖は十分特定できた。
俺はその程度で人を責める気はない。
でも、“殺意を許す空気”を設計したなら、それは制度をなきものにする罪だ」
その男は声を失っていた。
セシリアは静かに言葉を重ねる。
「この文体は、あなたの罪ではありません。
けれど、それを“制度に似せて悪用した”時点で――あなたは、“制度と沈黙の線を誤った”」
---
ノブは席に着かず、そのまま背を向けて歩き出す。
「君が書いてきたものを、これから誰が読むか――
俺はもう、君以外の手で記録を書かせる。もう二度と、誰かが沈黙で殺される制度は書かせない。……それが、君に与える最後の“読み札”だ」
---
制度を“刃物”にしようとした者は、
刃ではなく――“言葉によって断罪された”。それが、語る国の守り方だった。
(次話へ続く)
狙撃。回避不能の間合い。
だが、起きなかった。
術式は妨害され、接近ルートは全遮断。
仕掛けは“本気”ではなかった。
精度は高いが、殺意が浅い。
ノブは風を見ながら言った。
「これで六回目だな。
けど……届かない。あまりにも、だ」
セシリアは横を歩きながら、手袋の内側の封印印環を一つ戻した。
「過去最弱の構築でした。痕跡の消し方も、逆に目立っています。
要するに、“失敗するように仕組まれた狙撃”」
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「あー……つまり“死なないことで軽くなる”ように仕組まれたのか。
俺がいくら狙われても、傷を負っても、倒れなければ“無視できる存在”になっていく」
「――“制度より遅くなる”ように追い込む、ってことか」
セシリアがわずかに微笑む。
「その解釈、理性的に正確です。
つまりこれは“殺すための刃”ではなく、“黙らせる雰囲気の刃”」
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ノブは背を向け、夜の道へ向かって歩き出した。
「……なら、文句を言いに行くか。
俺という“制度の質問そのもの”を道具にした連中に」
セシリアはぴたりと隣を歩く。
「目的地は明確ですね。
鍵は既に揃っています――術式追跡、遺構使用許可、証書未署名。……あとは、私が目撃者になれば十分」
ノブは笑った。
「まったく、頼もしい付き添いだ。
世の中には“護衛”じゃなく“立ち合い人”って言葉があるけど、
君はまさにそれだな」
セシリア:「“理性ある検体”には、理性ある証人を。
……私なりの友情表現です」
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【補足場面】
夜更け。政庁旧記録局・非公開資料閲覧棟。
扉が開かれ、まだ“公式にはいない”一人の人物が待っていた。
彼は秘書官でも議員でもなく、制度文書の文体代筆者という、
限りなく匿名に近い存在だった。
ノブはその人物に問わなかった。
ただ、金属の箱を前に置いた。
「この中に、君の模写癖がある。
たった四つの句読点の傾斜で、君の癖は十分特定できた。
俺はその程度で人を責める気はない。
でも、“殺意を許す空気”を設計したなら、それは制度をなきものにする罪だ」
その男は声を失っていた。
セシリアは静かに言葉を重ねる。
「この文体は、あなたの罪ではありません。
けれど、それを“制度に似せて悪用した”時点で――あなたは、“制度と沈黙の線を誤った”」
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ノブは席に着かず、そのまま背を向けて歩き出す。
「君が書いてきたものを、これから誰が読むか――
俺はもう、君以外の手で記録を書かせる。もう二度と、誰かが沈黙で殺される制度は書かせない。……それが、君に与える最後の“読み札”だ」
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制度を“刃物”にしようとした者は、
刃ではなく――“言葉によって断罪された”。それが、語る国の守り方だった。
(次話へ続く)
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