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185話
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第百八十五話:「火の記憶、食卓の現在」
温かなスープの湯気が揺れる。
その向こうに座るのは、あの日火球を切り裂いた男――ノブ。
そして鍋を指揮したのは、火球を構築した魔術師――セシリア。
ふたりの間には香りと夕闇と、くすぐったい静けさが漂っていた。
---
ノブがふと笑みを浮かべながら、食後の湯を啜りつつ言った。
「……そういえば。昼寝のとき、君と初めて会った日のことを夢に見たよ。
いきなり火球で攻撃してくるもんなぁ~……あれ普通なら大火傷だぞ?」
セシリアは少し目を細めた。
「本来は結界によって相殺される予定でした。
それを突破して入ってきた人が悪いのです。
……というか、あの術式は“迎撃”ではなく“訪問拒否”の意思表示でした」
「その言い回し、今も変わらないな。
いやほんと……あんな出会い方されたの、後にも先にも君だけだよ」
彼女は湯呑を指先で回しながら、少し柔らかい口調で返した。
「けれど、殿下。あなたもその火球を“反射”ではなく、“理解して切断”してきた唯一の方です」
ノブは目を伏せて笑う。
「……あのときは、“嫌われたくなかった”だけだったんだ。
斬らないで踏み込んだら、どこまでも拒まれる気がしてさ」
「それは理に適っています。あの頃の私は、本気で“世界との接続を選別する”主義でしたから」
「でも君、火球が斬られた瞬間、逆に目が輝いてた。
……あれ、俺が観察対象として“合格”した顔だったよな?」
セシリアは、少し目をそらしながらふっと笑った。
「合格というより、“未知数として有望”と判断しました。
……そして、ひとつ予想外だったことがあります」
「ん?」
「あの火球は、いつかあなたの中で“ただの出会いの冗談”になる日が来るだろうと思っていました。
でも今こうして、それを思い出として笑ってくれるあなたを見て――
……“切られたのは魔法ではなく、私の孤独の壁だったのかも”と、今日になって初めて理解したのです」
ノブは一瞬言葉を失い、それからまるで焚き火のように、少しだけ頬をほころばせた。
「……その壁、今もないままだよな」
「ええ。建て直す気もありません。今さら、不便ですもの」
ふたりの間に再び沈黙が落ちたが、それは“互いの言葉を受け入れた後”に流れる、豊かな余白だった。
---
火球が飛んだあの日から、
鍋が回る今へと。ふたりの距離は“破壊”ではなく、“観測と応答”によって縮まってきた。
この日常は、戦場でも会議でもない。
ただの、魔術と剣の過去が、食卓で許された夜だった。
(次話へ続く)
温かなスープの湯気が揺れる。
その向こうに座るのは、あの日火球を切り裂いた男――ノブ。
そして鍋を指揮したのは、火球を構築した魔術師――セシリア。
ふたりの間には香りと夕闇と、くすぐったい静けさが漂っていた。
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ノブがふと笑みを浮かべながら、食後の湯を啜りつつ言った。
「……そういえば。昼寝のとき、君と初めて会った日のことを夢に見たよ。
いきなり火球で攻撃してくるもんなぁ~……あれ普通なら大火傷だぞ?」
セシリアは少し目を細めた。
「本来は結界によって相殺される予定でした。
それを突破して入ってきた人が悪いのです。
……というか、あの術式は“迎撃”ではなく“訪問拒否”の意思表示でした」
「その言い回し、今も変わらないな。
いやほんと……あんな出会い方されたの、後にも先にも君だけだよ」
彼女は湯呑を指先で回しながら、少し柔らかい口調で返した。
「けれど、殿下。あなたもその火球を“反射”ではなく、“理解して切断”してきた唯一の方です」
ノブは目を伏せて笑う。
「……あのときは、“嫌われたくなかった”だけだったんだ。
斬らないで踏み込んだら、どこまでも拒まれる気がしてさ」
「それは理に適っています。あの頃の私は、本気で“世界との接続を選別する”主義でしたから」
「でも君、火球が斬られた瞬間、逆に目が輝いてた。
……あれ、俺が観察対象として“合格”した顔だったよな?」
セシリアは、少し目をそらしながらふっと笑った。
「合格というより、“未知数として有望”と判断しました。
……そして、ひとつ予想外だったことがあります」
「ん?」
「あの火球は、いつかあなたの中で“ただの出会いの冗談”になる日が来るだろうと思っていました。
でも今こうして、それを思い出として笑ってくれるあなたを見て――
……“切られたのは魔法ではなく、私の孤独の壁だったのかも”と、今日になって初めて理解したのです」
ノブは一瞬言葉を失い、それからまるで焚き火のように、少しだけ頬をほころばせた。
「……その壁、今もないままだよな」
「ええ。建て直す気もありません。今さら、不便ですもの」
ふたりの間に再び沈黙が落ちたが、それは“互いの言葉を受け入れた後”に流れる、豊かな余白だった。
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火球が飛んだあの日から、
鍋が回る今へと。ふたりの距離は“破壊”ではなく、“観測と応答”によって縮まってきた。
この日常は、戦場でも会議でもない。
ただの、魔術と剣の過去が、食卓で許された夜だった。
(次話へ続く)
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