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199話
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第百九九話・後半:「夜の輪郭、湯気の向こうの熱」
ケーキの余熱が冷めないうちに、夜が静かに訪れた。
農園の空には淡い星が浮かび、虫の音が遠く、草の湿気だけが土の声を残していた。
ノブとエルザは、灯りを落とした小屋の中で湯を沸かし、軽くスパイスを効かせたハーブティーを分け合っていた。
「あの日から……あの丘の砦の夜から、もう何か月経ったのかしら」
エルザがカップを傾けながら呟く。
「たぶん、季節がひとつ、巡ってる」
ノブは窓際で空を見上げた。月が雲を透かして輪郭を曖昧にしていた。
「でも……今日の方が、不思議と静かだな。
どこかで“何かを背負おうとしないでいる自分”を許されてる気がする」
エルザはカップを置き、照明の揺れる光の中で彼を見た。
「ノブ様が“戦っていない夜”って、実はとても稀少なのだと思いますわ。
だからこそ、こうして一緒にいられる今が、なんだか……愛おしいんです」
ノブはゆっくりと彼女を見返した。
その目の奥にあるのは、安心と、かすかな照れと、
そしてなにより――踏み出してもいいのだと許された、信頼の温度だった。
---
火を落とした寝室に、話し声がゆっくりと細くなっていく。
ひとつの寝台を挟んで、息の間合いが重なる。
星の光が障子越しに差し込み、影だけが穏やかに重なっていった。
言葉は交わされなかった。
けれど肩が触れ、手の甲にそっと温もりが重ねられたとき――
すべてが自然だった。
「……おやすみなさい、ノブ様」「ああ。……ありがとう、エルザ」
その夜、彼は深く眠った。
誰かの鼓動を感じながら。
そして彼女は、ただ隣で静かに目を閉じていた。
夜が明ければまた、王子と婚約者という距離が戻ってくるかもしれない。
それでも今だけは、“誰でもない自分たち”でいられる時間が、確かにあった。
(次話へ続く)
ケーキの余熱が冷めないうちに、夜が静かに訪れた。
農園の空には淡い星が浮かび、虫の音が遠く、草の湿気だけが土の声を残していた。
ノブとエルザは、灯りを落とした小屋の中で湯を沸かし、軽くスパイスを効かせたハーブティーを分け合っていた。
「あの日から……あの丘の砦の夜から、もう何か月経ったのかしら」
エルザがカップを傾けながら呟く。
「たぶん、季節がひとつ、巡ってる」
ノブは窓際で空を見上げた。月が雲を透かして輪郭を曖昧にしていた。
「でも……今日の方が、不思議と静かだな。
どこかで“何かを背負おうとしないでいる自分”を許されてる気がする」
エルザはカップを置き、照明の揺れる光の中で彼を見た。
「ノブ様が“戦っていない夜”って、実はとても稀少なのだと思いますわ。
だからこそ、こうして一緒にいられる今が、なんだか……愛おしいんです」
ノブはゆっくりと彼女を見返した。
その目の奥にあるのは、安心と、かすかな照れと、
そしてなにより――踏み出してもいいのだと許された、信頼の温度だった。
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火を落とした寝室に、話し声がゆっくりと細くなっていく。
ひとつの寝台を挟んで、息の間合いが重なる。
星の光が障子越しに差し込み、影だけが穏やかに重なっていった。
言葉は交わされなかった。
けれど肩が触れ、手の甲にそっと温もりが重ねられたとき――
すべてが自然だった。
「……おやすみなさい、ノブ様」「ああ。……ありがとう、エルザ」
その夜、彼は深く眠った。
誰かの鼓動を感じながら。
そして彼女は、ただ隣で静かに目を閉じていた。
夜が明ければまた、王子と婚約者という距離が戻ってくるかもしれない。
それでも今だけは、“誰でもない自分たち”でいられる時間が、確かにあった。
(次話へ続く)
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