鏡の国 〜わたしのひかり〜

五十嵐旭

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第一章

鏡の森

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 アリスの言う様に、ルナの部屋はしばらく留守にしていたとは思えないほど、綺麗なものだった。

「さ、今日は寝ちゃおう。明日は早く起きなきゃだから」
「……森、って、そんなに怖いところなの?」

 明日連れて行ってくれるであろう場所の話が出てからルナの様子がおかしい気がして、巴は恐る恐る尋ねる。アリスは『怖くも危なくもない』と言っていたが、確かに二人の様子は明らかに『何かある』と言っているようなものだった。
 巴の様子に気付いたルナは苦笑すると、大丈夫、と拳を握ってみせた。

「アタシがいるから、怖い思いなんてさせないよ。任せて!」



 翌日。
 さくさくと草原の緑を踏みしめ、鬱蒼と覆い茂る森へと近づいていく。昨日向かった住宅街や商店街を横目に、二人は森の入り口へと足を踏み入れた。
 森の緑は、歩みを進めるごとに、次々と移り変わっていく。節々が金に光る木が多い茂る一角があると思えば、長い距離を只管に真っ赤な葉が覆い尽くす一角もあった。もはや木と呼べるのか、ただ渦を巻いた棒のようなものが何本も立つ場所さえあった。本当に木なのかと巴は一瞬触れようとして、その手を引っ込めた。触ろうとしていたソレが、小さく動いたような気がしたからだ。
 時たま、大層立派に育った大木が視界の端に映る。幹の部分から何かが発光しているようなものもあって、外から見れば真っ暗のように見えた森の中は、巴の想像以上に色鮮やかな世界だった。
 色も形も同じものがない森の中。深く、暗い緑の中へと二人は足を踏み入れた。

「……!」
「トモエ! どうかしたの?」

足を止めた巴を気にかけて、ルナが声をかけた。

「あの、ふくろう、が」
「フクロウ?」

巴の言葉にきょとんと眼を丸くして、ルナは巴が指さした方を見やる。二人の視線の先にいたのは、確かにフクロウだった。
 茶色い羽と、そして、蒼い瞳。巴の世界にいたフクロウと大差ないだろう。
 ホウ、ホウ、とふくろうは小さく鳴く。どこか元気のないような、助けを求めているような声にも聞こえた。

「脚、けがしてるみたい」
「あらほんと。ちょっと待っててね」

 直ぐにルナは自身が持つハンカチを破り、脚に巻いて応急処置を行う。手早い動きに、巴はただ只管に感心した。

「何もしないよりはマシかしらね」
「うん。ありがとう、ルナ」
「アタシも助けたかっただけだから、大丈夫よ」

 ホウ、と嬉しそうにもう一度だけ鳴くと、フクロウはばさりと飛び立っていった。ほの暗い空と、まるで宝石のように光る木々が、フクロウの羽の亜麻色によく映えた。

 二人はそのまま、森の更に奥深くまで足を踏み入れる。見えてきたのは、酷く年月を重ねた、木造の小さな家。ところどころ焦げたような、剥げたような塗装も見える。だが、決して廃墟では無く、落ち着いた雰囲気を纏っているようだった。
 ここに、何が居るのか。自分はどうすればいいのか。戸惑う巴に、ルナはにこりと微笑みかける

「ちょっと待っててね。私が話してくるから」



 眉に皺を寄せながら、ルナが真剣な顔でドアをノックする。木造のドアは暫くして、ゆっくりと開いた。

「珍しいなあ……どちら様ですかー、なんてね」
 
 男性——にしては高めの声。ドアの向こうから顔を出したのは、ルナよりは小さな、でも巴よりは大きな少年だった。大きめの黒いローブを身に纏い、セミロングの金髪がフード部分にかかって輝いている。
 目を引いたのは、その少年の瞳だった。碧眼。青と緑の狭間に位置する、泉の底のような色。そんな色をした大きな瞳を丸くして、少年は呟いた。

「あんたは……」
「久しいわね。――単刀直入に言うわ。鍵、持ってるんでしょ」

 少年の言葉を最後まで聞くことなく、ルナはさっくりと切り込んで話し出した。鍵、という単語に、少年は一旦目を丸くした後、にやりと笑う。

「へえ、鍵ねえ」
「おい、どうした?」

 奥から更に声が聞こえた。二人いたのか、と巴は身体を強張らせる。だが、声は同じだ。
 現れたのは、今目の前にいる少年と全く同じ顔をした少年だった。ただ、先に現れた方と違い、こちらは髪が短く、切り揃えられている。身長も変わらないように見えるため、きっと双子だろうかと検討をつけた。

「鍵をくれ、だってさ」
「はあ?」

 怪訝そうな顔をした片割れに対し、もう片方は驚愕から大きく目を見開いた。

「なんだってこいつらが鍵なんか……?」

 じろじろと髪の長い方が巴を、そしてルナを見やる。そして合点がいったように、ああ、と呟いた。

「……なんだ、お前、“ナキモノ”か」

 その言葉に、今度はルナが身体を硬直させた。片割れの髪の短い方が、髪の長い方の言葉に頷いてみせる。

「そうだよ。ボクは会ったこともある。城にいたメイドの一人だ。お妃付きだった奴」
「で、奥のその子が、もしかして別の世界からやってきた子供ってわけか。ああ、なるほど話は読めた。その子を向こうに帰してやろうって算段か」
 
 わかりやすい話だ、と髪の長い方は飽きたように荒っぽく息を吐いた。

「あの、貴方たちは」
「ボク達? ああ、同じ顔で分かり辛いだろ。ボクはイーゴ、こっちはヘドニ」
「優しいなあ、直ぐに追い返してしまえよ」

 髪の長い方——ヘドニはそう言うと、ああ面倒臭い、と大きく伸びをしながら、巴達を見遣った。それをまた髪の短い方——イーゴが軽く窘める。

「まあまあ、あの森を抜けてわざわざ来た客人だ。それも向こうの世界からの旅人を連れてる。話くらいは聞いてやっても良いんじゃないか」

 同じ顔、同じ瞳、同じ声で二人並んで会話をされると、いくら名前と髪型が違えど、若干混乱してしまう。呆然としている巴の横で、ルナが痺れを切らしたように言い放った。

「話はもうしたでしょう。鍵を貴方たちが持っていることは知ってるの。アリス様に以前から聞いているんだから。譲ってくれると有難いんだけど、どうなの?」

 譲る、という表現こそ用いているが、ルナの言葉の端々からどちらかと言えば『奪い取る』というニュアンスが感じられる気がして、巴は驚いた。彼女から剥き出しの敵意を感じたのは、会ってからはこれが初めてだ。
 ルナの態度に、ヘドニがなるほどと納得した。

「ああ、君はボク達のことを知ってるわけだ。だからそんな警戒してるワケ」
「当たり前じゃない」
「警戒はいいけど、いっぱしのナキモノがボク達に勝てる訳ないだろ。もう少し考えなよ。交渉するつもりなら、感情を表に出すのはリスクだ」

 イーゴの指摘は尤もで、ルナは悔しそうに顔を歪める。それを見てまたヘドニが楽しそうに笑い声をあげた。

「ほら、そういう所。まあ、あのお妃に付いてたメイドだっていうなら、そんなもんか」

 ヘドニの言葉に、ルナの眉がぴくりと動く。ルナの反応が楽しかったのだろう。ヘドニは更に続けた。

「ボクとイーゴを信用したあのお妃サンも、馬鹿だったなあ」
「まあ、どこか笑えるくらい純粋な人ではあったな」
続けたイーゴの言葉にルナは声を荒げた。
「あの人のことを悪く言わないで」
「おおこわ」

 嘲るようにわざとらしく、ヘドニは肩を竦めて見せる。イーゴはどうでも良さげに「はいはい」とルナを軽くいなした。
 二人の態度に、何か冷たく、悲しいものを感じて、巴は己の胸元を無意識に握りしめた。

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