鏡の国 〜わたしのひかり〜

五十嵐旭

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第一章

魔法使い

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 魔法使いの二人に続いて巴とルナが中に入ると、小さなリビングのような部屋の中、壁に立てかけられた大きな何かが目につく。
 光っているのは石、鉱物、だろうか。頂点のそれを軸にして、幾何学に装飾された長いソレが二本、部屋の中で存在感を放っている。一種のオブジェのようだ。

「気になるか?」

 巴の視線に気付いたヘドニがにやりと笑いながら言った。

「それは杖だよ。魔法使いの必需品さ」
「つえ……?」

 思い出されるのは、小さい頃に読んだ絵本に出て来た魔法使いたち。白雪姫にも、シンデレラにも、魔法使いは沢山出て来た。だが、それらで見たのは茶色い、短い棒っきれのようなものだった。こんなまるで一つの芸術品のような、長く、大きく、美しい『杖』は初めてだ。

「まあ、これが無くても使えたりはするんだけどね」
「それ、綺麗だろう。この森で見つけた石を使ってるんだ」
「石?」
「この森、歩いてきたなら分かるだろうけど、色んな色に輝いていただろう? 長い長い年月、色んな願いを抱えて、育った森の木だ。特に純粋に大きく立派に育った木は、その中身や、実として、鉱物を精製することがる。出来た鉱物、それも大きいものほど、“願い”の込められた力の塊として、魔法の源になるんだ」

 そこまで話すと、よっこいせ、と、若干爺臭い様子を見せながら、イーゴは席についた。ヘドニは巴の前の席のイスを引き、巴に微笑みかける。わざとらしい笑みではあるが、どうやら気を遣ってくれたらしい。小さく会釈をして、巴も席に着いた。

「失礼、します」
「どうぞ。随分と礼儀正しいな」
「とっても良い子よ。貴方たちと違ってね」

 刺々しく言い放ちながら、ルナはガタンと自分で席に着く。やれやれ、とまるで鏡に映ったかのように同じ格好で呆れる二人の前で、ルナは厭味ったらしく言った。

「随分と若返ったのね。それくらい魔力が衰えたのかしら」
「可愛らしい姿になっただろう?」
「まあ、理由は色々あるんだけどね」

 そう言って二人はお互いの手を合わせ、ほうら、と、あえて顔をくっつけるように隣り合わせる。本当に髪の長さ以外は全てが同じで見分けがつかない。
 先程、ルナは『若返った』と言っていた。では、元々はもっと年上の姿だったのだろうか。聞いてみたい気もしたが、聞いても良いことなのか分からず、巴は視線を小さく彷徨わせる。
 さて、とヘドニは切り替えるように声を上げた。

「タダで鍵をやるわけにはいかないな。やる理由もない」
「あんた達が持ってたって意味ないじゃない。ならくれても一緒でしょ?」
「ボクたちが持っている理由もないかもしれないが、やる理由もないからなあ」
「死にそうな思いで手に入れたからなあ」
「あんた達……」

 噛みつくルナと、躱す二人。険悪な雰囲気を漂わせる三人に、巴は身体を強張らせ、どうしたものかと視線を左右へ揺らす。
 ぽつりと、イーゴが今度は巴に言葉を投げかけた。

「お前も、こんなやつによく着いてきてるよなあ」
「――え」
「どういう意味よ」

 低いトーンで返すルナを、じとりとヘドニは見遣った。

「警戒はどうぞ好きにしろ。ただ、大人の対応が出来ない奴ほど、信用できるとは思えないってことだよ。ボク達は鍵を持っている。君たちは欲しい、借りたい。圧倒的優位な立場のボク達に、愛想笑いも猫被りも出来ないなんて、お笑いぐさだよ。少しくらいは必死さを見せて笑わせてくれないと」
「……っ」

 あまりの言いぐさに、ルナは顔を真っ赤にして口を噤む。拳を強く握り、小さく俯いた。
巴を導き、手を引き、優しく微笑みかけてくれたルナのそんな姿は、見たくない。
大事な人を——友達を苦しめる目の前の二人が、とてつもなく、憎たらしく思えた。


「……こんな、なんて言わないで」

 巴の言葉に、目の前の二人は一瞬押し黙る。
 他人に、それも合ったばかりの人に、こんな言葉を吐き出すのは、生まれて初めてだ。少し怖く感じて、上手く言葉が出ない。それでも。
 唇を、息を震わせながら、巴は感情を言葉に乗せた。

「ルナは、ルナは優しい人だよ。この世界でどうしたらいいか分からなかった私を助けてくれた。お城で、泣きそうになった私を支えてくれた。この森でだって、怪我をしたフクロウに、私より真っ先に手当てしてあげてた。
——友達を、悪く言わないで!」

 身体は強張り、全力疾走の後のように全身の所々が痛むようで。心臓の鼓動が鼓膜まで伝わって、五月蠅いようにも思えた。

「とも、え」

 呆然としたように、ルナは目を見開いて巴を見やる。二人の魔法使いもまた、目を瞬かせて巴を見た。
だが、魔法使い達の瞳の色は、ルナ以上の驚愕に彩られていて。発せられた言葉はどこか小さく震えているようだった。

「――君、今、何て言った」

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