鏡の国 〜わたしのひかり〜

五十嵐旭

文字の大きさ
7 / 7
第一章

探し物

しおりを挟む
「――君、今、何て言った」

 低く告げられた声に、巴は身体を強張らせる。やはり、己の意志を伝えたのは、怒りを買うだけだったのだろうか。どうしても言わなくてはと発した言葉は、彼らの神経を逆撫でしてしまったのだろうか。視線を伏せ、左右に揺らしながら、ええと、と、巴は口を開く。

「友達、を」
「違う、その前だ」

 告げられた言葉に、今度は巴が目を見開く。どういう意味だろうか。咄嗟に自分の言ったことを思い出して復唱しようとする。

「……え? え、ええと」
「フクロウが、どうって」

――フクロウ?

 此処に辿りつく前に手当をしたフクロウを思い出して、ルナと巴は顔を見合わせた。

「え、と、怪我をしてたの。ルナがハンカチを巻いてあげて、そうしたら、飛んでいっちゃったけど」
「……この森に、フクロウはいないはずだ」
「そんなはずないわ。亜麻色の羽、蒼い瞳のフクロウ。結構大きくて、このくらい……」
「……っ」

 ルナの言葉に、イーゴがガタンと椅子を倒して立ち上がり、声を荒げた。

「どこで見かけた?!」
「き、金色に光る木があるあたり……」

 巴がそう言うやいなや、今度はヘドニが立ち上がる。椅子にかけてあったマントのようなものを羽織りながら、イーゴに声をかけた。

「僕が行こう。イーゴはここに」
「……ヘドニ、頼んだ」
「も、もう飛んで行ってて、いないかもしれないけど」

 その巴の言葉が終わる前に、バタンと荒い音をたてて扉が閉まる。未だ揺れている扉を見つめながら、イーゴは再び席についた。
 はあ、と息を吐いて、呼吸を整えている。落ち着こうとしているのは、目に見えてわかった。

「……いや、怪我をしていたんだろう。それに、あのフクロウはそう長くは飛べないはずだ」
「知ってる子、なの?」
「……ああ」

 少し戸惑うような、困ったような顔つきで、イーゴはぽりぽりと頭を掻いた。会って少ししかたっていないが、彼のこのような表情は珍しいのではと思う。先ほどの二人の慌てた様子から静かに様子を見守っていたルナも、ふうんと物珍しそうに様子を眺めている。

「ヘドニも、真っ先に飛び出すあたり、心配だったんだろうな」

 素直じゃないなあ、と笑うイーゴは、どこか今までの表情とは違っていて。そこまでにあのフクロウは大事な家族だったのだろうか。
 まじまじと見つめる巴の視線に気が付いたのだろう、イーゴはにこりと微笑むと、巴に問いかけた。

「ヘドニもいないし、今のうちに色々聞いておこうか。君の名前は?」
「巴。日之宮、巴」
「トモエ、ね。——なあ、ミズシナ、って言葉、聞いたことないか?」
「みず、しな?」

 聞いたことのない単語に、巴は首を傾げる。食べ物だろうか、地名だろうか。それとも。その様子を見て、イーゴは首を振った。

「いや、知らないならいい。兄や姉、弟か妹は?」
「ううん、一人っ子」
「へえ、一人か。……どんな気分なんだろ、兄弟がいないって」

 ふむ、と考え込んだイーゴの姿が、先程までいたヘドニと重なる。二人で掛け合いをしている時は、とても楽しそうに見えた。自分にも、ああいった兄妹がいたら、変わったのだろうか。

「どんな気分、とかは、考えたこと無いですけど……お二人は、双子で、楽しそうだなって思いました」

 その言葉に、イーゴは一瞬目を丸くして、その後に大声を上げて笑い始めた。
「——双子だ、って、誰が言った?」

 え、と、巴もルナも思わず声を上げる。目の前でにやりと人が悪そうにほくそ笑むイーゴは、隣でそっくりに笑っていたヘドニと、どう見ても同じ顔だ。

「じゃあ兄弟じゃ……」
「いいや、血のつながった兄弟だ。正真正銘な。でも双子じゃない」

 そうして楽しそうに、意地悪そうに笑う彼を見て、ふと有名ななぞなぞを思い出した。クラスの同級生が、楽しげに話していた気がする。
——太郎くんと次郎くんは、同じ生年月日で両親も同じですが、双子ではないと言います。なぜでしょう?
 あの問題の答えは、確か——。

「——三つ子?」
「正解」

返ってきた答えに、ルナは目を見開いて大きな声を上げた。

「み、みつご?!」
「まあ、普通は双子と思うよなあ」
「もう一人は? やっぱり、貴方に似ているの?」
「君らが無事に目的を果たそうとするなら、会うことになるかもしれないな」

 曖昧にはぐらかされた答えに、巴は少しばかり目を吊り上げる。自分からヒントを出しておいて、そんな言いぐさは無いだろう。そう言い募ろうとして、先にイーゴが口を開いた。

「もっと好きに聞いたらいいだろうに」
「……え?」
「会ったばかりのトモエは、随分猫を被っていたみたいだな」
「あ……」

 ルナはイーゴに詰め寄る

「巴に変なこと言わないでくれるかしら」
「別に言ってはいないけどね」
「すみません、わたし、失礼なこと言って」
「失礼? ボクは一言もそんなことは言ってないけど」

 そう言ってにやにやとイーゴは笑みを深める。どんどん墓穴を掘ってしまっているようで恥ずかしくなり、巴は顔を真っ赤にして押し黙った。そんな巴の様子に、イーゴは

「なるほど、そういうことか」
「何のことよ」

 嘲笑に近い笑みを浮かべて、イーゴは言った。

「ルナ、君は随分トモエを表面しか見ていないらしい」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

処理中です...