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黄巾の乱の終結

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 明朝から朱儁は、攻撃を防御力の弱い南門と西門に絞った。官軍は間断なく南門と西門を攻めた。

 同時に坑道を掘り始め、城塞を工具で打ち砕いてく。張宝は、南門と西門に兵員を移動させた。

「昨日までとは違うな。朱儁め、急に知恵をつけよって」

  張宝の顔に焦りの色が浮かんだ。城壁の上から、官軍の陣地を見ると、夥しい数の井欄(移動式の櫓)を、建造し始めていた。

 張宝は友軍を鼓舞し、自ら鉄の鞭をふるって、城壁をよじ登る官兵を迎撃した。

 五日間、昼夜問わず官軍は南門と西門を攻め続けた。次第に黄巾軍は、南門と西門に兵力を集中し出した。

 翌日の正午。突如として北門と東門に官軍が攻撃を開始した。

 東門は劉備軍。東門は孫堅軍だった。劉備と孫堅は朱儁から、三千の精兵を借りて、猛攻した。

 東門に長梯子をかけ、張飛がよじ登る。矢が張飛めざして集中するが、張飛は蛇矛で矢をいとも容易く弾き返した。そしてそのまま一気に城壁まで駆け上がる。

「張飛益徳、一番乗り!」

 張飛は城壁に上がると同時に、蛇矛を閃光のような速度で薙いだ。一瞬で、十人以上の賊兵が真っ二つに両断されて、鮮血が吹き上がる。

 城壁の賊兵たちは悲鳴をあげた。関羽・紫音・劉備の順に城壁にのぼり、張飛とともに、黄匪どもを討ち倒す。

 劉備四姉弟が、城壁から飛び降りて城内に侵入した。関羽が、東門の裏側の閂を青龍刀で切断する。

 ほぼ同時に、孫堅軍も東門を突破した。

 張宝は、北門と東門が突破されたことを知ると精鋭三千騎をひきいて、東門にむかった。

 東門に彼自らむかったことが不運だった。紫音と劉備は、視界に地公将軍の旗をとらえ、張宝がこちらに向かってくることを知った。

「張宝を討て!」

 劉備が叫び、紫音たちは疾風のように張宝めがけて殺到した。常人の数倍の速度で大地を走る。

 関羽と張飛が、張宝の近衛兵を青龍刀と蛇矛で吹き飛ばした。数瞬で、四十名以上の賊兵が、血飛沫をあげて大地に斃れ伏す。

 紫音が、建物の壁をけって跳躍した。落下しながら、宝剣を打ち下ろし、着地と同時に二人を斬り倒す。黒髪黒瞳、黒い鎧の少年が、正面を見すえた。三十歩先に張宝がいた。

「張宝、覚悟!」

  紫音と張宝の視線が衝突した。紫音は二刀の宝剣を閃かせた。黒曜と銀霊がそれぞれ黒と銀の雷光となって、敵兵の間を走り抜ける。

 黄匪たちの首や腕が宙に舞う。

「小僧め!」 

 張宝が鉄鞭を紫音めがけてふるった。紫音が左手の銀霊を逆袈裟に薙いだ。鉄鞭が、切断される。張宝がよろめいた刹那、紫音の宝剣・黒曜が水平に閃いた。

 張宝の首が切断されて、血の尾をひいて宙を飛んだ。

「中山靖王後裔、劉備玄徳が義弟・劉燈紫音。逆賊、張宝を討ち取ったり!」

 紫音が、雄叫びをあげた。黒髪の少年の声が城内に響きわたる。数拍の後、歓声がわきあがった。




  景永城の闘いは官軍の圧勝で終わった。総大将・張宝を失った黄巾軍は戦意を喪失し次々に投降した。

 黄巾軍の死傷者は八千余。捕虜は二万をこえた。

 景永城の闘いが、集結した後、朱儁将軍は劉備四姉弟と孫堅にねぎらい、酒宴をひらいてもてなした。

 官兵たちも劉備四姉弟と孫堅の武功を褒めそやした。

 三日後、朱儁将軍の元に伝令が舞い込んだ。

 黄巾賊の総帥・大賢良師張角が病死したとの報告だった。これによって黄巾賊は求心力を失い一気に瓦解した。董卓は、張角亡き後の黄巾軍を全面攻勢によって粉砕した。

 また皇甫嵩将軍が、参謀・曹操孟徳の軍才に助けられて、各地の黄巾軍を壊滅させた。

 黄巾の乱は終結した。
 

 


 
 孫堅は故郷に帰参し、劉備四姉弟は漢帝国の首都・洛陽に赴いた。黄巾の乱平定で大功のあった、皇甫嵩・朱儁・董卓の三将軍は、救国の英雄として、洛陽の民の喝采とともに迎えられた。

 劉備たちは、役人から恩賞の沙汰を待つようにとの命令が下り、洛陽に滞在することになった。

  紫音と劉備は、冤罪によって獄におとされた盧植先生の現状を役人に尋ねた。役人によれば、盧植先生は無罪が証明され、陰山県の県令に任命されたそうだ。すでに任地に赴いているという。

 恩師の冤罪がはれたことに劉備たちは安堵した。

 劉備は、自分たちにしたがった義勇兵五百人に、残った金の殆どを渡した上で解散
を命じた。

 義勇兵たちは、劉備四姉弟との別れに涙し、ともに闘う機会があれば、必ず馳せ参じると言ってくれた。

 銀髪の少女は微笑し、張飛と紫音は泣いた。義勇兵が全員いなくなると、関羽も紫瞳に淋しげな光りを浮かべた。

  彼らを丁寧に見送ると、関羽が劉備にむきあった。

「さて、我らも少しは羽を伸ばしましょう。時には心身を休めねば」
「そうね。生まれて初めての洛陽だわ。少しは見物してから帰りましょう」

 劉備が、のんびりとした声を出した。戦場の緊張から解き放たれ、彼女の顔には年相応の笑みが浮かんでいた。 

(久しぶりに普通の姉さんの顔を見た)

 紫音はそう思い、黒瞳を嬉しそうに細めた。

 劉備たちは宿に泊まり、恩賞の沙汰があるまで、洛陽を見物することにした。

 翌朝、劉備と関羽は、朝廷に提出する戦功報告書を書き始めた。これを書き上げないと恩賞をもらえない。

 紫音と張飛は、仕事の邪魔になると判断され、関羽に、

「紫音、張飛。小遣いをやるから、遊んでこい。夕方まで戻るな」

 と言われた。紫音と張飛は、頬をふくらませて抗議した。

「子供扱いするなよ。関姉! 俺たちだって、文字くらい書けるぞ!」
「そうですよ。関羽姉さん。いくらなんでも馬鹿にしすぎです!」
「じゃあ、小遣いを返せ」

  関羽がすっと手のひらを差し出した。

「嫌だ! 一度もらったら、俺のもんだ!」
「姉さん、関羽姉さん、あとはよろしく!」

 張飛と紫音は、光の速さで宿を出た。

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