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孫堅

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 戦の後。突如として、現れた『孫』の旗をもつ軍団の長が、劉備四姉弟に挨拶に来た。

  軍団の長は、二十代後半の女性だった。

 褐色の肌に、栗色の髪と瞳をしており、勝ち気そうな顔をしていた。肌が大きく露出した異国風の甲冑をまとっている。豊満な肉体が、小さな鎧から溢れ出そうだった。
  
 劉備四姉弟が拱手すると、褐色の肌の美女が快闊な笑みを浮かべた。

「お初にお目にかかる。私は呉郡冨春の産で、孫堅、字を文台と申す。古の兵家・孫子の後裔にて、朝廷の恩に報ずべく、五千の兵をひきいて参った。どうか以後お見知りおきを」

 孫堅の声は生気に満ちていた。

「私は中山靖王劉勝の後裔・劉備玄徳。貴公の活躍のおかげで、本日は黄巾軍に勝利することができました。心より感謝します」

「そう言って頂けるとありがたい。遙々、南方より北上してきたかいがあった」

 孫堅は快闊な笑声をあげた。そして一礼すると五千騎をひきいて風のように去った。 

「なんか、あいつは大物になりそうな感じだなァ」

 張飛が、蛇矛を肩に担ぎながら言った。

「ああ、そうなるよ」

 紫音が断定した。孫堅文台。彼女は間違いなく英雄だ。そして彼女の子供・孫権は、呉という国を作り上げ、曹操、劉備とともに天下を三分することになる。

(だが彼女はいずれ……)

 紫音の黒瞳に、憂いの影がさした。だが、その光りを自身で消した。
孫堅の運命に憐憫すること。それは彼女にたいして侮辱になるような気がしたのだ。










  翌朝。
 朱儁将軍は、黄巾軍三万がこもる景永城に総攻撃をくわえた。

 劉備軍五百騎と、孫堅軍五千騎は、はるか後方での布陣を命じられた。
 
 朱儁将軍は、すでに勝利を確信していた。敵は三万にまで減少した。そして景永城は、百年前に打ち棄てられた廃城である。巨大な城塞だが、城壁は各処に亀裂がはいっている有様だ。

(もはや、劉備軍や、孫堅軍のような私兵どもの手を借りるまでもない)

 朱儁は十万の兵士に昼夜問わずの攻撃を命じた。官軍十万が鯨波をあげて景永城を攻め始めた。

 後方の山の上から、紫音たちは攻城戦を遠望していた。

「なんで、俺達はこんな遠くから眺めているだけなんだよォ」

 張飛が鞍上で、不服そうに言った。

「朱儁将軍は、もう勝った気でいるのだ。私たちのような私軍の手を借りるのは、癪なのだろう。孫堅殿も、後方で待機させられている。雑軍は黙って見ていろ、と言った所だろうな」

 関羽が、結い上げた灰色の髪をなでた。張飛は不服そうに唇をゆがめ、劉備は静かに、攻城戦を眺めた。

(どうなることやら、このまま勝てるなら良いんだけど……)

 紫音は、黒翠の黒い首をなでながら思った。

 朱儁将軍は四つの門に均等に兵士を配備して攻めたてた。しかし、城塞によった賊兵たちの抵抗は頑強だった。

 城壁によじのぼる官軍兵士の頭上に油を投じ、火矢をはなって火攻めにする。弓兵隊を巧みに運用して城壁の上から矢を驟雨のように浴びせる。官兵は、全身を火達磨にされ、矢で討ち倒され、次々に死体とかして地上に転がった。

 夜明けから日没までかけて、官軍は夥しい死者を出した。ついに一人の兵士も城壁の上に辿り着けなかった。
 
 
 



 十日後、官軍の死傷者は一万二千名をこえた。朱儁将軍は歯噛みして、さらなる猛攻を命じた。

 払暁から攻撃しつづけ、ついに未の刻(午後一時)に、西門が破城槌によって開いた。

 朱儁は、狂喜して突撃を命じた。一万の官軍が西門から城塞内に突入する。それを見た紫音が、

「だめだ! 罠だ!」 

 と叫んだ。劉備たちは紫音を見た後、すぐに西門に視線を移動させた。

 官軍の絶叫が木霊した。

 紫音が見抜いた通り、張宝の罠だった。西門はわざと開け放たれたのだ。西門に殺到した官軍一万は、城内にもうけられた柵と壕に囲まれて動きを封じられた。

 四方から黄巾賊が、矢と槍で官軍を薙ぎ倒した。大混乱をきたした官軍の突入部隊は、城内から退却した。

 それに乗じて張宝が三千騎をひきいて西門から突撃した。

 張宝ひきいる精鋭三千騎は、官兵を次々に討ち取った。一時、朱儁の本陣まで迫り、朱儁は悲鳴をあげて逃げた。

 官軍は包囲をといて、後退した。

 
 
 その夜。朱儁将軍は帷幕の中で、酒をあおった。黙然と飲み続け、やがて決断を下した。

「劉備四姉弟と孫堅を呼べ」

 朱儁は伝令に命じた。

(もはや、奴らに頼るしかない)

 官軍の総大将は親指の爪を噛んだ。このままでは更迭される可能性がある。下手をすれば、敗勢の責任をとって刑死されるかもしれない。

 朱儁に残された道は劉備四姉弟と孫堅に助力を請うしかなかった。

  劉備四姉弟と孫堅はすぐにやってきた。朱儁は、内面の不快さを押し隠して、慇懃に劉備たちを迎えた。

 軍議が開始された。だが、妙案が中々でない。ふいに、劉備が黒髪の弟の手を握った。

「な、なに? 姉さん」

  姉の柔らかい手の感触に、心が波打つ。

「ねえ、紫音、またいい策は出てこない?」

 銀髪の少女は溶けるような声を出した。紫音は頬を染めて硬直した。姉の顔が近付き吐息が頬にかかる。

 紫音は必死で頭を回転させた。脳内で思索が火花を散らす。ふと思い浮かんだのはアニメの一場面だった。

 城を陥落させる戦術があるにはある。だが、これは……。

「なんだ。紫音、良い作戦があるならいえよ」

 張飛が言った。

「妙案があるなら、是非お聞きしたい」

 朱儁将軍が身を乗り出した。孫堅も栗色の瞳に興味深げな色を浮かべる。もはや、沈黙は許されない雰囲気だった。

「……これは愚策かもしれませんが……」

 紫音がおずおずと意見をのべた。紫音の作戦案を聞いた後、天幕内の人間は一様に押し黙った。

 朱儁は片手で口元を押さえて唸った。彼の中で、紫音たちに対する軽侮の念が、いつの間にか消えていた。

 そして数秒の沈思の後、口を開いた。

「やろう」

 紫音は驚いた。

「いや……しかし、これは……失敗する可能性もありますよ?」

  紫音が当たり前のことを口にすると、朱儁は苦笑した。

「それはそうだろうな。だが、紫音殿の発案が一番、勝率があると私は考えた。心配するな。失敗しても、責任は総大将たる私がとる」

 朱儁はそう言うと、全員が首肯した。紫音の作戦で闘うことが、官軍の総大将の判断で決定された。


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