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激突

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 袁紹は斥候から報告を受けた。華雄将軍ひきいる敵軍が、こちらに向かっているという。

 袁紹は、すぐさま全軍に迎撃準備を命じた。

 布陣は袁紹好みの正統的な陣立てになった。前軍に、王匡、張楊、孔融の軍団。中央に袁紹軍。後軍に、曹操、公孫瓚、喬琩、袁遺、鮑信が布陣した。

 袁紹は、諸侯たちに

「戦況に応じて、臨機応変に対応せよ」

 と命じた。

(良い判断だ)

 と、曹操は馬上で思った。濃霧の中での会戦となる。複雑な命令は混乱を招くだけだ。

「孟徳!」

 曹操の隣に、夏侯惇が馬をならべた。

「後ろから敵軍だ。数は不明。どうする?」

  曹操の銀の双眸が光った。

(華雄は、自軍をいくつかの軍団にわけて、分進している)

 曹操は、敵軍の意図を見抜いた。

「我が軍だけで、迎撃にあたる。続け!」

  曹操の命令に応じて、麾下六千が動き出した。

  曹操軍六千は霧の中を突き進み、張済軍一万と激突した。霧中での戦闘は即座に乱戦となった。

「霧中の戦闘に小細工など無用だ。力押しに攻め立てろ!」

 曹操は、自ら長剣で敵兵を斬りながら怒号した。刃鳴りと叫喚が、霧の海に木霊し、時間がたつにつれて、凄惨さを増していった。




 その頃、連合軍の左翼に李儒《りじゅ》と王方の二万の軍勢があらわれた。

 連合軍の前軍・王匡《おうきょう》、孔融《こうゆう》の諸侯軍が、李儒軍と王方軍に躍りかかった。

 李儒軍と王方軍は、王匡軍、孔融軍の攻撃を受けながら、ゆるやかに後退した。王匡軍、孔融軍が、袁紹軍と引き離された直後、華雄将軍ひきいる精兵五万が、張楊
軍・袁紹軍に襲いかかった。

「殺し尽くせ。相国閣下(董卓)に逆らった者が、いかなる末路を遂げるのか。満天下に思い知らせよ!」

 華雄は、巨大な大刀をふるいながら怒号した。華雄の驍勇と麾下の騎馬軍団の突破
力は常軌を逸っしていた。

 瞬く間に張楊軍が粉砕された。張楊は悲鳴をあげて逃走し、兵士たちも潰走した。潰走した張楊軍の兵士たちが、袁紹軍の前衛とぶつかりあい、袁紹軍の陣形が乱れた。

 華雄は、袁紹軍に襲いかかった。霧の中から出現した華雄軍は悪鬼のようだった。陣形の乱れた袁紹軍の隊列を切り裂いて、袁紹の本陣まで直進していく。

「応戦しろ! 退くな!」

 袁紹は、大剣を握りしめて、自軍を叱咤した。

 だが、華雄軍の突撃は止まず、袁紹軍の兵士たちは次々に屠り去られていった。袁紹軍の前軍が、突破され中軍まで華雄軍が到達した。






 強風が吹き荒れ、霧が晴れてきた。

 袁紹軍の後方に位置していた劉備四姉弟は、袁紹軍が華雄将軍に攻撃されていることを知ると、迂回して華雄軍の側面にまわった。

「関羽! 張飛!」

 劉備が叫んだ。関羽と張飛は無言で馬を走らせた。そして華雄軍の側面に躍り込む。

 関羽が、青龍偃月刀をかざし、張飛が蛇矛をかまえた。関羽と張飛が、華雄軍の兵士を吹き飛ばした。

 関羽は、青龍偃月刀を流麗な動作でふった。美しい軌跡が宙を走ると、敵兵が、吸い込まれるように斬り飛ばされた。

 一閃で十名以上が斬り殺され、二閃で、再び十名以上が身体を両断されて絶命する。

「おらァ!」

 張飛が怒号とともに蛇矛をふるう。暴風のような斬撃が、敵兵を鎧や馬ごと切断する。張飛の蛇矛が白い閃光とかす度に、人間も馬も、両断されて宙空に吹き飛ばされる。

 張飛と関羽は瞬く間に二百名以上を屍体にかえた。
  関羽と張飛の武力に豪勇でなる董卓兵も恐慌をきたして、悲鳴をあげた。関羽と張飛の後ろから、劉備軍一千騎が突入する。

 紫音は、宝剣・黒曜と銀霊を抜き放った。右手に黒曜、左手に銀霊をもち、敵兵を馬上から切り伏せていく。

 劉備も宝剣・蒼天をふるい、簡雍は至近距離から矢で敵兵を射殺した。

  突如あらわれた劉備軍一千騎に、華雄軍は陣形を切り裂かれた。

「華雄を倒せ!」

 劉備が命じた。この状況下で、勝利するには敵将・華雄を討ち取るしかない。

「華雄! 出てこい! 劉備玄徳が配下・関羽雲長が相手をしてやるぞ! いささかでも勇ありと思うならば、推参して闘え!」

 関羽の声が、強く響いた。

「大言を吐くな、小娘め!」

 華雄は大刀をかざして馬首をめぐらした。挑戦されれば、一騎打ちに応じるのが、この時代の慣習であった。 

 華雄は、関羽めがけて馬を躍らせた。

 関羽の青龍刀と、華雄の大刀が、ほぼ同時に動いた。関羽の青龍刀が、雷光のような速度で走った。

 華雄の首が、斬り飛ばされて宙に舞い、地面に落ちて鞠のように跳ねた。頭部を失った華雄の身体が鮮血を吹き散らしながら地面に倒れる。

「華雄将軍、討ち取ったり!」

 関羽は青龍偃月刀に血振りをくれた。

「勝ち鬨をあげろ! 華雄将軍を討ち取ったと全員で叫べ!」

 劉備の命令に応じて、麾下一千騎が、勝ち鬨とともに華雄を討ち取ったと大音声をあげた。

 戦場全体に華雄将軍の戦死が伝わると、戦況は一変した。

 華雄軍、李儒軍、王方軍、張済軍は、撤退し、連合軍は追撃した。霧のために追撃の戦果はわずかだったが、それでも四千名余を討ち取った。 

 連合軍は、華雄将軍の首を槍に突き刺して晒し、勝利の歓声をあげた。




 夜の暗幕が世界を閉ざし、冷えた夜風が大気に満ちていた。

 連合軍の野営地には夥しい篝火が焚かれ、夜襲を警戒していた。

 野営地の中央にある幕舎には、連合軍・盟主袁紹。そして、劉備四姉弟の姿があった。

「劉備玄徳殿。此度は卿の精兵たちの奮戦のおかげで勝利できた。この袁紹。連合軍
を代表して厚く御礼申し上げる」

 袁紹は、生真面目に一礼して劉備に感謝を示した。

「お顔をおあげ下さい。袁紹殿。私は、一私軍の隊長にすぎません」

 劉備は、艶やかな銀髪をかるくふった。

「いや、貴女はそのような低い存在ではございますまい。中山靖王・劉勝の後裔であられる。この袁紹、尊貴な血には敬意を表しまする。若く美しい女性にもね」

 袁紹は、劉備に魅力的な笑顔をむけた。何人もの美女をおとしてきた笑みだった。が、劉備には通用せず、袁紹は、わずかに落胆した色を碧眼に宿した。

 袁紹は劉備、関羽、張飛、紫音、一人一人に礼を言い、酒と肉を劉備軍の兵士たちに差し入れた。

 劉備四姉弟は自軍の野営地に戻った。劉備は、兵士たちに飲酒を許可し、鋭気を養うように命じた。

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