アルフォンス・サーガ  ~大陸英雄伝~

黒木理

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第一章  戦雲

幕間 パミーナ

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グランド・エルフのパミーナは、アルヴンヘルムで誕生した。そして生まれた瞬間、「災厄の子」とされ疎まれた。
 彼女が、紫水晶(アメジスト)の瞳をもっていたからだ。

「紫水晶の瞳を持つ幼子がいると国に大いなる災いが起こる」
  
 古来よりあるその言い伝えのせいで、パミーナは生まれた瞬間から差別の対象となった。
 
  グランド・エルフという種族はひどく因習や言い伝えに拘る。
  パミーナはアルヴンヘルムの王の娘だが、「災厄の子」として、王位継承権を剥奪され、冷遇されて育った。
 
 パミーナは物心ついた時から、自分は「いらない存在」だと認識していた。彼女に愛を教えてくれるものはなく。父母も、親族も、民衆も彼女を忌避した。
 
 そして彼女はそれが当然だと思い込んでいた。自分は「災厄の子」なのだから仕方がない。むしろ、悪いのは生まれてきてしまった自分なのだ……。
 
 そんなパミーナに転機が訪れたのは、5歳の時だった。
 彼女は突如として、友好国のベルン公国に王族待遇で預けられることとなった。
 
 これすらも、因習どおりだった。紫水晶の瞳をもつ「災厄の子」は、5歳になったら、他国に養子に出される。帰国が許されるのは成人となる十五歳以降。それがアルヴンヘルムの国法であった。
 
 パミーナはその日、初めて父王と出会った。広大極まりない城に呼ばれ、玉座の間で父王と謁見した。
 その時の父の目をよく覚えている。ゴミを見るような、汚物を見るような蔑んだ冷たい瞳。
 
 そうか。私は死ねば良かったのだ、とパミーナは思った。
 生まれてきたから、こんなに多くの人に迷惑をかけてしまうのだ。
 
「災厄の子」たる私は早く自害して、周りの人を安心させてあげるべきだったのだ。
 
  そう思いながら拝跪するパミーナにむけて、侍従長が王の言葉を代理でパミーナに告げた。
 
 パミーナは「災厄の子」である。だが、5歳の時に他国に養子に出し、成人した後に帰国すれば、国に災いは起こらないと古来より伝えられている。よって、三千年来の友誼国であるベルン公国に王族として養子に出す。
 
 なお、成人後に帰国するかどうかは、パミーナ本人の意思で決めるべし。そう告げられた。

(そうか。私は人間に食べられて死ぬのか)
 
と、パミーナは思った。 
 
 ベルン公国は人間の国だ。人間という種族がどういう種族なのかは知っている。家にある絵本や物語で読んだ。
 
 人間は野蛮で邪悪な存在だと全ての本に書かれていた。
 人間は同じ種族同時で、数1000年間あくことなく殺し合いをする。そして、寿命が短く、80年ほどで死亡する。
 性格は残忍かつ狡猾で、その文化は野卑であり、美しいエルフを好んで捕食する。
 
 エルフの物語においては美しいエルフの王子様や、お姫様が極悪非道な人間に誘拐されて、生きたまま食い殺されるのが定番である。
 
 人間の王族の養子に出すというのは私を騙すための嘘だろう……。
 
 パミーナは翌日、綺麗な衣装に着替えされられて、馬車にのってアルヴンヘルムを出た。
 
 ベルン公国の居城にむかう途中、パミーナは食い殺される前に楽に殺してくれるように人間に嘆願することに決めた。
 如何に人間が野蛮でも、必死でお願いすれば、そのくらいは認めてくれるだろう。生きたまま食い殺されるのは流石に嫌だ。
 
 やがて、ベルン公国の居城に到着した。
 パミーナは馬車から出ると、自分を食い殺すであろう人間を見た。可愛らしい九歳の子供がそこにいた。本当に可愛い男の子だった。
 
 名前はアルフォンス・ベルンというらしい。
 年齢は九歳だそうだ。黒い髪に黒瑪瑙(オニキス)の瞳。私を見る

「妹だ! 僕の妹だよ! フローラ! 妹! 妹!」
 
 と、大はしゃぎした。なんだか、頭の悪そうな子だ。

「落ち着いて下さい、アルフォンス様。パミーナ様が驚かれますよ?」
 
 フローラ・バーリエルという10歳の少女が、アルフォンスを諭した。 栗色の髪に、翠緑色の瞳をした知的な子だった。
 パミーナは、この2人になら、食べられても良いかな、と何故か思った。



 その夜、パミーナの歓迎の晩餐会が催された。パミーナは歓迎会の前に風呂に入れられ、髪と同じ白金色のドレスを着せられた。

「盛大な晩餐会をご用意いたしました。贅をこらした料理を用意しましたので、どうぞ、楽しみになさっていて下さい」
 
 ヴェーラという宰相が、パミーナに告げた。
 
 そうか、私は晩餐会の席で喰われるのか、と覚悟した。

「あっ、忘れてた。生きたまま喰われるのは嫌だから、楽に殺して欲しいと、お願いしなくちゃ……」
 
 パミーナは、うっかりしている自分を恥じた。そしてふと、あてがわれた自分の部屋を見る。ピンク色で可愛らしい部屋だった。
 
 ヌイグルミ、人形、お菓子の入った壺、可愛い子猫の絵。子犬の彫刻。可愛い者だらけの部屋だった。ベッドにまで子猫の愛らしい刺繍が入っている。

「なるほど、死ぬ前くらいは心地よく過ごせ、ということね」
 
 パミーナは人間を見直した。少しは優しい所もあるようだ。お願いすれば楽に殺してくれるかもしれない。
 
 その時、ドアをノックする声がした。

「はい」
 
 と、エルフ語で答えた。
 すると1人の少年が入ってきた。黒髪に、黒瑪瑙の瞳のお馬鹿な少年、アルフォンスだ。

「あ、あのさ。少しお話ししても良いかな?」
 
 アルフォンスがはにかんだ微笑を浮かべながら問う。

「……は、はい……」
 
 私は人間の言葉に切り替えて返事をした。アルフォンスの顔に笑顔が弾けた。

(この子は私を摘まみ食いにきたんだろうか?)
 
 晩餐会まで我慢できないとは駄目な子だな、とパミーナは思った。
 パミーナはベッドに腰掛けて、アルフォンスを隣に座るようにそくした。アルフォンスは大喜びで隣に座った。

「あ、あのさ、僕はアルフォンスっていうんだ」

「……はい……」    
 
 それは知っている。さっき自己紹介をしあったじゃないか。

「それでね。僕は君のお兄さんになるんだ」

「……はい……」
 
 何が良いたいのか分からない。

「まず、僕はね。好きなものが沢山あるんだ」
 
 アルフォンスはそういうと、自分のことを喋りだした。大狼という狼が好きで、特に大狼のヴァールという子狼が好き。子犬、子猫が好き。甘いお菓子が好き。ぼう~として、山、川、空ぼんやりと眺めるのが好き。紅茶も好きで、フローラが入れてくれた紅茶は世界一美味しい。
 
 アルフォンスが何を言っているのかは分かる。だが、何をしたいのかは分からない。なぜそんな無意味な話をする?
 二十分ほどアルフォンスの話を聞いた後、パミーナは意を決して、アルフォンスに尋ねた。

「……ア、アルフォンス様、私は……いつ、た、食べられるの、ですか?」

「え?」
 
 アルフォンスがマヌケな顔をした。同時にパミーナも、小首を傾げた。 どうも話が通じない。
 
 この人の頭が鈍いせいか、それとも私の人間の言葉が下手なのか、どちらだろう? 多分、両方だろうな。   
 
 私は、分かり易い発音をするように心掛けて、アルフォンスに話しかけ、生きたまま食い殺されるのは嫌だから、その前に楽に殺してから食べて欲しい、と懇願した。
 
 5分後、完全に話が通じた。
 そしてアルフォンスは、

 「食べたりしないよ! 人間はエルフを食べないよ!」
 と叫んだ。
 私は戸惑って、首を傾げた。
 
 アルフォンスが私に説明し出した。人間はエルフを食べない。食べたこともない。晩餐会で出される食事は、牛、豚、羊、魚、野菜、果実に甘いお菓子だそうだ。
 
 さらに二十分ほど説明されると私は赤面した。どうやら、本当らしい。私は恥ずかしくて両手で顔をおおった。

「どうして、食い殺されるなんて思ったの?」
 
 アルフォンスが私に黒瑪瑙の瞳をむけた。その瞳はあまりに美しく無垢に輝いており、私は吸い込まれそうな思いがした。
 
 私は恥じ入り、贖罪の意識とともに、全てを話した。自分が「災厄の子」として忌み嫌われていたこと。父母から声をかけてもらったことすらないこと。何処にも居場所が何こと。
 
 生きている価値がないので、死んだ方が良いこと。生きていること自体が申し訳ないこと。全部、全部、話した。なんで話したのかは分からない。
 
 でも、アルフォンスという少年を相手にすると、なぜかドンドン話せてしまった。この黒髪の少年には、何か不思議な雰囲気があり、話しやすかった。
 
 ふと気付くと嗚咽が聞こえた。私はアルフォンスを見た。
 アルフォンスは泣いていた。
 涙と鼻水を流して大声で泣き叫んでいた。私は慌てた。 

「……どう、して、泣く……の?」
 
 私が尋ねた。
 アルフォンスは私が可哀想だと言った。そして凄まじい勢いで泣きまくった。
 
 なぜか、私までつられえて泣けてきた。
 私が泣いたのは多分生まれて初めてだ。

「大丈夫だよ。パミーナ、もう大丈夫……」
 
 アルフォンスが私に抱きついてきた。私は抱きつかれたまま、ベッドに押し倒された。アルフォンスが私の顔に胸を埋めたまま泣きまくった。私の胸にアルフォンスの涙と鼻水が垂れる。
「僕が護る。僕は、お兄さんだから、パミーナを護る……」
 
 その刹那、私の胸に何かが弾けた。それは甘く、強く激しい感情。今間まで抱いたことのない鼓動。
 
 生まれて初めての感覚に私は戸惑った。
 アルフォンスがふいに私の両肩をつかんで顔を近づけた。

「僕はパミーナが大好きだ。僕はパミーナのお兄さんだから、パミーナが、これから先、ずっと、ずっと安心できるようにする!」
  
 私の目から、何かが溢れた。それは涙というものだった。
 「大好き」、と言われた。生まれて初めて、誰かに好意をむけられた。
 私は泣いた。大声で泣いた。泣いたことすら初めてだったかもしれない。そして、その時、私は決意した。
 
 アルフォンスお兄様に私の全てを捧げよう。
 
 命も魂も身体も、私の髪の毛一筋さえも全てアルフォンスお兄様のものだ。
 私はお兄様を抱きしめた。温かいお兄様の身体。鼓動が伝わる。血の流れる音さえも聞こえる。

 ーー私は生きている。そして生きて良いーー

  
  
 
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