魔王様は攻略中! ~ヒロインに抜擢されましたが、戦闘力と恋愛力は別のようです

枢 呂紅

文字の大きさ
27 / 39

26.在りし日の出会い(後半)

しおりを挟む


「ていっ」

 掛け声とともに、チビ悪魔が足をけり上げる。そのつま先は見事に『彼』の顎にクリーンヒット。まともに食らってしまった『彼』は、思い切り後ろに倒れこむ。ぎりぎり受け身をとって頭を地面に打ち付けずに済んだが、代わりに、再び頭をチビ悪魔に踏まれた。

「さっきから聞いていれば、おぬしはぐちぐち、ぐちぐちと。なんじゃ! 一回死にかけたくらいで湿っぽい! おぬしも悪魔なら、少しは根性みせぬか!」

「すびませんね」

 ぐりぐりと地面に押し付けられながら、『彼』は口をへの字にする。これでも苦労してきたんだとか、だったらお前も一度死にかけてみろとか色々と言いたいことはあったが、通じる相手とも思えない。だから彼は、ふて腐れつつ文句をすべて呑みこんだ。

 ……すると、ふと、頭の上から足がなくなった。

「おぬし、わらわの手下になれ。わらわがおぬしを、人間どもから守ってやる」

「…………はい?」

 突拍子もない提案に、思わず『彼』は痛む身体を引き摺り起き上がる。すると、らんらんと輝く真っ赤な瞳と視線が交わった。

「人間どもが徒党を組んで力を伸ばしているというなら、我ら悪魔も群れをつくればいい。悪魔だけじゃない。スライムもオークも鬼もアンデットも吸血鬼も。人間に狩られてきた魔族すべてが、手を組み反撃する! おぬしとわらわの協定は、その第一歩じゃ!」

 ふふんと鼻を鳴らし、得意げにチビ悪魔は笑う。あまりに壮大すぎる未来図に、『彼』はしばし言葉を無くした。やがて我に返った『彼』は、戸惑いつつ首を振った。

「種を越えて魔族が手を組むなど不可能です。魔族は基本、同種以外の言葉には耳を傾けません。しかも、人間に対抗しうる大群を統率することなど……」

「王の言葉になら、耳を貸すだろう?」

 けろりとした顔で、チビ悪魔がのたまう。

 魔族の王。それは遠い昔。天界との全面戦争で滅亡の危機に立たされた魔界に彗星の如く現れ、すべての魔族の上に君臨し救ったと言われる伝説の存在。それになると、このちびっ子はのたまうのか。

 唖然とする『彼』に、チビ悪魔はふふんと不敵に笑った。

「ただの軍団ではない。われらが目指すの国じゃ。もう誰も人間に狩られない。もう誰も、魔族だからという理由で犠牲にならない。そのための国をわらわが作ってやる」

「そんな、無茶な……」

「無茶もへったくれもあるか。それに、おぬしも他人事ではないぞ。今日からおぬしはわらわの手下。記念すべき第一号の臣下だからな」

 チビ悪魔の途方もない構想に、『彼』はぽかんと口を開けるしかない。けれどもなぜか、このチビ悪魔なら出来るかもしれない。根拠はないが、そこはかとなく予感がする。

 目を丸くしてまじまじと眺めていると、チビ悪魔がしゃがんで『彼』と視線の高さを合わせた。

「して。おぬし、名は何と申す?」

「私は……」

 返事に窮して、『彼』は目を泳がせた。ほかの悪魔に漏れず、もう長い間『彼』はひとりで行動してきた。かつて呼ばれた名も、もう覚えていない。仕方なく、襲ってきた人間たちが話していた、懸賞首としての名を『彼』は答える。

 するとチビ悪魔は、くいと眉を上げた。

「そんな名前捨ててしまえ。仕方ないな。手下第一号の記念に、わらわがつけてやるか……」

 腕を組んで、チビ悪魔は考え込む。真剣に熟考することしばらくのうち、チビ悪魔はぽんと手を叩いて表情を明るくした。

「そうじゃ。メリフェトス。メリフェトスはどうだ?」

「メリ、フェトス……?」

「伝説の魔王の参謀が、そんな名前だったはずじゃ。……いや、使い魔のカラスだったか? それともペットの犬??」

 自信満々にうなづいたチビ悪魔だったが、途中から何やらごにょごにょと言葉を濁す。なんであれ『彼』に異存はない。

 『彼』は--メリフェトスは、青紫色の目を細めて首を傾げた。

「我が君。では、私はあなたをなんとお呼びすれば?」

 見上げれば、チビ悪魔はにっと笑う。赤い空を背負い、チビ悪魔は堂々と小さな胸を張った。

「我が名はアリギュラじゃ」

 アリギュラ様。そう繰り返すメリフェトスに、アリギュラは嬉しそうに黒髪を揺らす。

「しかと覚えておけ。今日より、おぬしの主人となる者の名前じゃ!」


*   *   *


 ちゃぷん、と。雫が水面を叩く音がする。

 それで、沈んでいたメリフェトスの意識はゆっくりと浮上した。

 長い睫毛をふるりと震わせ、静かに瞼を開く。視界に入るのは、ゆらゆらと立ち上る湯気と身体を包み込む湯。

 水音をたて、メリフェトスは腕を持ち上げる。濡れた前髪をかきあげながら、彼はひとり嘆息する。身体があつく、すこしだけ気だるい。どうやら湯浴みの最中にうたた寝してしまったようだ。

 両手で湯を掬い上げて、顔を洗う。そうすると、まだ半分寝ぼけていた頭がよりクリアになる。細く息を吐き出して、メリフェトスは後ろに寄りかかった。

 随分と懐かしい夢だった。

 敬愛する魔王、アリギュラと出会った記念すべきあの日。アーク・ゴルドでの計算で約130年ほど前だろうか。それは、自分がこの名を名乗り始めた日でもある。

 思えば、随分遠くへきたものだ。天井を眺めながら、メリフェトスはそう目を細めた。

 あの日を境に、自分の世界は一変した。身一つで「魔王になる」とのたまう無茶苦茶な主に振り回され、あちこちを駆け回る毎日。頭を抱えることも多かったが、振り返れば嫌なことはひとつもない。

 ともに魔界をめぐり、ともに魔族を殴って味方に加えた。アリギュラの配下となる魔族はグングン膨らみ、気がつけば四天王なんてものもできた。

 日増しに覇者としての風格を膨らませ、魔族の頂点として魔界に君臨するアリギュラ。そんな彼女と同じ夢を見て、ともに追いかける。

 戦乱の世だった。たくさん血も流れた。けれどもメリフェトスは、アリギュラと駆ける夢の中でたしかに幸せだった。

(……なんて。俺は何を、センチメンタルに浸っているんだか)

 苦笑を漏らして、首を振る。こんなところを主人にしられたら、また鼻で笑ってバカにされそうだ。

 そんなことを思いながら、メリフェトスは湯殿から上がった。





 冷えた夜風が、優しく頬を撫でる。長く湯に浸かって火照った体には、それがちょうどいい。

 神官として与えられた自室のベッドにひとり腰掛けて、メリフェトスはぼんやりと窓の外--夜空に浮かぶ月を眺めている。

 ぼうと輝く月を囲むように、白い光の輪が二重、三重に浮かんでいる。それを青紫色の瞳でなんとなしに眺めつつ、メリフェトスは無意識のうちに、ぽつりと呟いた。

「あとどれくらい、一緒にいられるんだろうな」

 呟いてから後悔した。今更何を女々しいことを。アーク・ゴルドで、勇者カイバーンの放つ白い光に包まれたあの時、自分は既にのだ。忌々しい人間の身体とはいえ、こうしてアリギュラの近くにいられるだけで奇跡。それ以上を望むなど、贅沢にもほどがあるというのに。

 けれども。

 人差し指で、そっと唇に触れる。触れ合ったあと、顔を真っ赤にしてすぐにそむけてしまう主の姿が瞼の裏に蘇り、メリフェトスの表情は自然と緩んでしまう。

 長い時を一緒に過ごしていても、まだまだ知らない顔と言うものはあるものだ。そう、メリフェトスは笑みを漏らす。叶うなら、ほかにもいろんな顔ももっと見てみたかった。怒った顔。笑った顔。拗ねた顔。はにかんだ顔。

 恋に落ちたとき、あなたはどんな顔を相手に向けるのだろう。

 ずきりと、胸の奥底に痛みが走る。それには気づかなかったフリをして、メリフェトスはひとり壁に背をもたれる。

 どれほどの時間が残されているのかはわからない。けれども、メリフェトスが終わるその日は、アリギュラがこの世界で生きていく資格を得る重要な日となる。だから感傷に浸っている暇はない。燃え尽きる最期の時まで、最初の――そして、最後の臣下として、魔王あの方をお支えしていくのだ。

 ――願わくは、私が姿を消すその時、貴女がほんの少し、私の為に泣いてくれますように。それだけで自分は、思い残すことは何もない。

 そんな小さな願いを胸に、メリフェトスはそっと、瞼を閉じたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...