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1章 呪われた皇帝
16.
しおりを挟む「永倫を責めないでやってくれ。あの子は、私を王宮に連れて行くことを迷っていたが、私が無理を言ってついてきた。お前の命が危ういと聞いて、いてもたってもいられなかったんだ」
「……仇敵が惨めに死にゆく様を、直接確かめに来たのですね」
吐き出すように笑ってから、紅焔は春陽宮で藍玉に見せたのとは比べものにならないほど冷たい表情で、嘲るように告げた。
「それで? ご覧のとおり、私はまだ生きております。これ以上ここにいても、あなたにご期待の姿をお見せすることはできませんが、まだ何か御用でも?」
「違うんだ、紅焔。お前は勘違いをしている!」
「勘違いとは? ああ。人目を気にしているのなら、大丈夫ですよ。今日、あなたがここに来たのは無かったことになりますし、彼女にも、ここで聞いたことは忘れるよう言い含めます。この際ですから、恨みも憎しみも、貯めていた本音をすべて吐き出しては……」
「俺は、ずっとお前に謝りたかったんだ!」
「は…………?」
耳を打つありえない台詞に、紅焔は思わずまじまじと父を見た。目を丸くして言葉を無くす若き皇帝に、お人よしの父はぽろぽろと涙をこぼす。
「俺が意気地ないばっかりに、お前には、一生消えない重荷を背負わせちまった。俺が焔翔を殺せないから、お前がかわりに、俺が抱えるべき痛みごと泥を被ってくれたんだもんな。本当に辛い決断をさせちまった。ごめんな……ごめんな……!」
「何を……言って……」
「それに、お前は焔翔に恨まれてると思い込んでるみたいだが、それも間違いだ。焔翔は、ちっともお前を憎んでなんかいなかった!」
「適当なことを言うな! 俺は、この手で兄上の首をはねたんだぞ! 惨めに命乞いをする兄を、この手で……」
「お前は知らないだろうがな。処刑の前日、俺は焔翔と話をした。お前が処刑の手筈を整えたと聞いて、護衛大将に無理を言って牢に連れて行ってもらったんだよ」
「はあ!?」
「焔翔は心から悔いていた。お前を信じられなかったこと。愛する弟の言葉ではなく、我ら李家の仲を引き裂こうとする者共の言葉に耳を傾け、お前の命をも奪おうとしたこと……。あいつは泣いて、言っていたよ。お前に詫びたい。それだけが、最後の心残りだと」
瞳に怯えさえ浮かべて、「ウソだ……」と、紅焔がゆるゆると首を振る。そんな息子に、父・流焔は身を乗り出して訴えた。
「ウソじゃない! 俺も焔翔を、お前を恨んじゃいない! だからもう、自分を責めなくていいんだ。お前ばっかり、ひとりで抱えて苦しまなくていいんだ!」
「黙れ!」
がたりとイスを蹴って、紅焔は立ち上がる。その輪郭が再び揺らぎ、見えない力のようなものが、ぶわりと室内で波打つ。中央に立つ若き皇帝は、いつのまにか全身血塗れだ。ぽたり、ぽたりと誰かの血を滴らせる紅焔の瞳の奥には、燃え盛る炎のような激しい怒りが揺れている。
ギョッとして言葉を無くす父の前で、血染めの王はよろめき、鮮血に濡れた震える手で顔を覆った。
「……俺は非道の夜叉だ。血染めの冷酷王だ。そんなものが、のさばっていいわけがない。そんなものが、平然と生きていいわけがない。――俺は呪われて当然だ。いや。呪われなくちゃならない。俺が呪われるなら、呪う資格があるのは、それは……!」
「それです」
鈴の音のような澄んだ声が響く。
流焔も、紅焔も、双子の従者すらもが呑まれてしまうほどに凛とした眼差しで紅焔を見据え、藍玉はきっぱりと告げた。
「それが、あなたを蝕むモノの正体です」
ぱん!と藍玉が両手を打つ。途端、柱に貼られた呪符が青白い炎をあげ、部屋の者たちの頭上に巨大な魔術陣が出現した。
『ギェェェェェァアアアーーーー!』
いつの日の夜のような、不協和音を重ねるだけ重ねて盛大に掻き鳴らしたからのような、背筋が震えるおぞましい悲鳴が室内にこだまする。
思わず耳を塞いでしゃがみ込んだ紅焔は、魔術陣に視線を戻して目を見開いた。
「これは、俺、なのか………?」
藍玉の張った呪符の鎖に、一体の怨霊が囚われている。頬は痩せこけ、ボロボロの衣を纏い、身を焦がすほどの憎しみと怒りに咆哮して暴れるその顔は、どう見ても紅焔自身だった。
座り込んでしまった本物の紅焔に、藍玉は魔術陣と怨霊から目を離さないまま、静かに頷く。
「冷酷無慈悲だなんて悪ぶっていますが、あなたの根っこは至極真っ当な普通の人間です。そんなあなただから、誰よりも自分の行いを許せなかった。父を追放した自分はひどい人間だ。兄を処刑した自分は、罰を受けるのが当然だ。その怒りが、嘆きが、憎しみが、自分自身を呪う怨霊を生み出したのです」
「俺が、俺自身を……」
呆然と見上げる紅焔の深紅の瞳の先で、なおも彼の顔をした怨霊が、枷から抜け出そうと暴れ回っている。しばし眺めてから、やがて紅焔はがくりと項垂れた。
「……だとしたら、俺は救いようがない愚か者だ!」
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