拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

文字の大きさ
18 / 36

18.推し作家のピンチ?

しおりを挟む
 結論から言えば、第二グループのミッションは無事達成された。

 先方から土壇場で追加された要望も、丹原が共有した過去の事例をもとにパーフェクトに叶えることができ、先方も大満足。あとは週明けの正式運用を待つばかりとのことだ。

 激動を乗り越えた第二のメンバーは、解き放たれたように晴れやかに健闘を讃えあった。

 大方はその足で飲みにいったようだが、何名かはヘロヘロに疲れ果てており、また今度ということで家路についた。庭野もそのひとりだったはずだ。

 そんなわけで、平和な週末が訪れた。

 



 丹原千秋の休日は、規則正しく始まる。

 起床は、普段よりゆっくりな朝8時。インスタントコーヒーとトースト、シリアル入りのヨーグルトとバランスの取れた朝食を済ませた後は、顔を洗ったり着替えたりと軽く身支度をする。

 そこから、さっそく溜まっていた家事もろもろを片付けるのだ。

 天気が良ければ洗濯機を回す。洗濯が終わるまでの間に、掃除機がけやトイレ掃除をテキパキとこなし。ちょうど済んだところで、洗い上がった服たちを一気にベランダに干す。

 手早くルーティンを片付けた後は、軽いストレッチと筋トレを。そのあとは簡単にシャワーを浴びてリフレッシュだ。

 そうして身も心も、ついでに部屋も清めた後は満を持してソファへ。

 ここでようやく、丹原は至福のWEB小説巡りをするのである。

(いざ、尋常に……!)

 期待を込めてブックマークを開く。真っ先に周回するのは毎度お馴染みポニーさんだ。

 修羅場も終わって更新はされただろうか。ツンデレ娘は、無事にヒーローにデレているだろうか。

 1週間のお預けをくらった丹原は、どきどきと胸を高鳴らせ画面を下にスクロールする。

 だが。

「だよな……」

 1週間前から増えていない話数に、丹原はぱたんとソファに横になってしまう。

 ――いや。冷静に考えれば、それはそうだ。

 昨日は早く帰れたといえ、一昨日の時点で庭野はすでに疲労困憊だった。あんなに大きなクマを目の下に作って、普段のキラキラ王子ぶりもなりを顰めていたのだ。

 帰って、休んで、今朝ものんびりして。なんなら、まだ起きられてないかもしれない。

(更新できなかったってことは書き溜めのストックも切れたんだろうし。昨日の今日で続きを強請るのは、さすがに酷だよなあ)

 ため息をついてスマホを下ろす。

 気を取り直して別の作品を覗きに行こうかと思ったところで、ふと丹原は気づいた。

(そうだ、SNSでは何か呟いたかもしれない)

 その可能性に思い当たり、いそいそとSNSを立ち上げる。

 仕事でも周囲との調整が上手いだけあって、庭野はSNSでの報告もマメなのだ。今回のように更新が遅れてしまうときは先に言ってくれるし、再開したときもお知らせしてくれる。

 ほかにも個人情報が割れない範囲で、わりと頻繁に呟く。

 何か呟いていれば、余裕を取り戻せたと言うことだ。ならば安心して、更新を待てるというものである。

 自分のアカウントから庭野のポニーさんとしてのアカウントに飛ぶ。

 見慣れた馬のアイコンが画面に現れたところで、丹原の手は止まった。

「……は?」

 ポニーさんは呟いていた。時刻は昨日の午後七時。ちょうど会社を出て電車に乗った頃合いだろう。

『やっと仕事終わったー! ラストスパート、頑張るぞー!』

 拳マークを添えて、庭野はそう呟いていた。

「ラストスパート? なんの??」

 昨日でめでたく仕事は収まったので、今日明日は庭野も休みのはずだ。そもそも冒頭に「仕事終わった」と叫んでいるのだ。会社関連ではないのだろう。

 といってポニーさん、すまわち小説関連だとして、何がラストにスパートしてるのだろう。現在更新中の作品は山場は迎えているものの、張り巡らされた伏線を思えばまだまだ終わりそうな雰囲気ではない。

 じゃあ何が。そこまで考えた時、丹原は思い出した。

(そういや、あいつ。小説絡みでも立て込んでるって、資料室で言ってたな)

 たしかそのあとで、公には言えないが嬉しいことがあって。そんなことも言っていた。

 なんだ、嬉しいことって。それはそれとして、庭野は大丈夫だろうか。

 ポニーさんのファンとして浮き立つ心地と、会社の先輩として案じる気持ち。ふたつがぶつかり合い、二重の意味でソワソワしてしまう。

 何があったか知らないが、昨日フラフラな状態で帰宅したというのに、さらに庭野は自分を追い込んでいるのだろうか。いくら見るからに健康優良児な体力オバケといえども、さすがにムリが祟るというものだ。

(案の定、七時の呟きを最後にSNSもダンマリだし……。まさかあいつ、ひとりで倒れてるんじゃないだろうな)
 
 一度そう思うと、そうとしか考えられなくなった。

 だが、もし本当だとして、庭野に頼れる宛はあるんだろうか。

 彼女……の話は聞いたことがない。出身はたしか神奈川だったはずだ。別段遠くない、むしろ近いうちに入るが、家族を頼れるかというと微妙な距離だ。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 知らずうちに、部屋の中をぐるぐる歩いてしまう。

(……落ち着け。単に、昨晩遅くまで粘って、今日はまだ起きていないだけかもしれない。朝も夜も弱いとか言ってたしな)

 前髪をくしゃりとやりながら、深呼吸をひとつした。

 だいたい、なぜ自分がこんなにも後輩の体調のことで気を揉まなければならないのか。いくら相手が推し作家さんとはいえ、あくまで表面上は会社の先輩と後輩である。

 家族でもなし。恋人でもなし。なんなら友人ですらないのだから、そういう心配はもっと身近な誰かが――。

 その時、ピロリンとスマホの通知が鳴った。

 表示された名前にギョッとする。

(庭野!? なんでLIMEライムなんか)

 ちなみにその時の記憶がないが、焼肉の帰りに庭野とLIMEの連絡先を交換したらしい。『拓馬』と表記されたメッセージを慌てて開く。

 目に飛び込んできた画面に、思わず丹原は叫んだ。

「おいいいいい!?」

 ――LIMEのトーク画面には、ぱたんきゅーと倒れたウマのスタンプがひとつ、ぽいと放り投げられていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

書籍化の打診が来ています -出版までの遠い道のり-

ダイスケ
エッセイ・ノンフィクション
ある日、私は「書籍化の打診」というメールを運営から受け取りました。 しかしそれは、書籍化へと続く遠い道のりの一歩目に過ぎなかったのです・・・。 ※注:だいたいフィクションです、お察しください。 このエッセイは、拙作「異世界コンサル株式会社(7月12日に電子書籍も同時発売)」の書籍化の際に私が聞いた、経験した、知ったことの諸々を整理するために書き始めたものです。 最初は活動報告に書いていたのですが「エッセイに投稿したほうが良い」とのご意見をいただいて投稿することにしました。 上記のような経緯ですので文章は短いかもしれませんが、頻度高く更新していきますのでよろしくおねがいします。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...