平和の狂気

ふくまめ

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状況を確認してみよう②

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「とにかく、俺様たちの目下の問題は、この旅を続けるための資金繰りね。正直俺様の手腕があればなんとかなるだろうけど、このご時世だしな。何があるか分かったもんじゃねぇ。できれば手札が多いことに越したことはないが…。」

自分用にと持っていた手製の常備薬をロランさんに説明しながら、今後の身の振り方についての相談は続いていた。ギルさんの荷物も見させてもらったのだが、本当に最低限の物しかなくて早々に終了した。現地調達すれば問題ないだろ、と本人はケロッとしていた。私とロランさんはげんなりしていた。

「マジで野生児なんだなお前…。世のお嬢様方を虜にしている騎士の姿かね、これが。」
「名門の騎士の家系の出かどうか、疑わしいレベル…。」
「失礼な奴らだな。余裕があったらその場に則した振る舞いはする。」

余裕、か…。確かに、お尋ね者になってしまった私たちの旅には余裕なんてものはない。ギルさんの言っていることや立ち回りが現実を突きつける。私のこれまでの旅が、本当に運が良くて恵まれていたのだと思わされる。

「…そういえばよ、騎士の家系だって言うんなら、金持ちの知り合いかなんかいるんじゃねぇの?そこを頼ろうとは思わなかったのか?」
「いることにいるが、社交界はあまり…。それに、そういった人間の多くは先の戦争に多額の出資をしていた。そこを突かれて、水面下では足の引っ張り合いをしているだろう。下手に近づけば巻き込まれるだけだ。」
「はーやだやだ、お偉いさんの裏の顔なんて、どこもそんなもんか。」
「…とはいえ、信頼できる方は全くいないんですか?」
「…だから故郷を目指している、ともいえるんだが…。そこもどうなっているか。」
「ふむ…。」

急にロランさんは難しい顔をして、自分の荷物を漁りだした。首をかしげる私とギルさんの目の前に広げたのは、数枚の地図。

「これからの旅の方針、大まかにでも決めとかないとねー…っと。」
「国内を行商して回るのでは?」
「まぁ形式としてはそうなるけど、メアリちゃんはそれ一生続けるつもり?現実的じゃないなぁ。」
「…うーん。」
「…おい、これアージルの地図だろ。何でお前が持ってんだ。」
「向こうの土地に間違って足踏み入れてみろ。俺様のこの麗しい顔が、胴体とサヨナラしようが文句は言えないの。正確な地理情報は行商人には必須!この古い地図手に入れるためにどんだけ高い金払ったか…!って俺様が見てほしいのはこっち!」

バサバサと必要な地図を並べながら、現在地と思われるところに指をさす。

「ギル、お前の故郷ってことは、サンドルだな?アルムに近い今の位置からだと、かなり距離がある。」
「あぁ。だが俺は行くぞ。」
「慌てんなって。俺様が言いたいのは、サンドルは大きな港があるよなってことよ。」
「港…?それはそうだが。」

布や刺しゅうで有名なアルムは内陸、しかもどちらかといえば山が近い地域だ。一方、ギルさんの故郷、というかロックス家が治めている領地、サンドルは大きな港を擁する海にほど近い地域。決して近い地理関係にはない。現在地から目的地となるでえあろうサンドルまで、ススス…となぞるロランさんの指の移動距離はなかなかだ。地図上でこれでは、実際の土地ともなれば…と気分が沈んでいくのが分かる。他二人はすでに分かりきったことなのか、特に気にした様子もなく話を進めている。

「港ってのは、物や人間がたくさん集まる場所だ。商売もにぎわってる。」
「そこで商売しようってのか?警戒も強いと思うが。」
「あー当然だな。俺様が言いたいのはその先。港から出た船の行く先がどこか、領主の弟様なら分かるだろ?」
「船の、行く先…?」
「…シーイェンだ。」
「そう。小さな島だが、そこが丸ごと商人の国になっていると言っても過言じゃねぇ。俺様達商人にとっちゃ、一度は行ってみたい場所筆頭よ。」

シーイェン。急に名前を聞くようになった場所だ。たくさんの商人が集まって昼夜問わず売買が行われる眠らない島。そこでは何でも値段がつけられ、売買できないものなどないという。

「俺様も、そこで商売するのが夢なんだよなー!」
「…お前の夢に付き合えってのか?」
「まぁそれは俺様が勝手にするからいいけどよ。シーイェンが何で急激に有名になったか、知ってるか?」
「…アージルとインブリズ、両国相手に商売をしたからだ。」
「その通り!商人にとっちゃ、戦争なんてのは物が売れるチャンスでしかねぇ。戦争が続けば続くほど、物は入用だ。例え敵国原産のものでも、一旦シーイェンを経由しちまえば分からねぇ。それが食材だろうが人間だろうが、だ。」
「…。」
「そうやって、お偉いさんは暗黙の了解で物を買っていくのよ。意地で腹は膨れないってな。その売買の場所になっているシーイェンは、急成長を遂げたってわけだな。」
「…そこで、商売をするのが目的なんですか?」
「メアリちゃんたちにしてみれば、いい隠れ蓑になると思うんだよなぁ。人の出入りは当然多い。アージルもインブリズも暗黙の了解で利用しているから、疑わしくても面と向かって文句は言えねぇ。シーイェンは、金さえあれば何でもできる。」
「…そのお金が、私たちにあるでしょうか。」
「それが問題なのよねー。金のタネになりそうなもんでもあれば違うんだろうけどなぁ…。でも、その前にシーイェンにたどり着けるかも問題。当然ながら、指名手配されている人間が流れてくることぐらい予測して警備強化してそうだし。…そこで、ギル。自分とこの領地にある港の警備なんて、どうなっているか知らねぇバカはいねぇ。そうだろ?」
「…領主は兄上だ。俺は何も知らん。」
「そのお兄様に聞いてくれってんだよ。可愛い弟のお願いなら、聞いてくれるかもしれねぇだろ?」
「…逃亡の手助けをさせるってことですか!?」

にやりと笑うロランさんに思わず声を荒げてしまう。家族とはいえ、ギルさんは指名手配されている身だ。手助けでもしようものなら、ロックス家が今うまく立ち回れているとしても即刻処罰されてしまうだろう。

「ロックス家に表立った処罰が言い渡されねぇのは、おそらく物流の問題だ。このシーイェンの件を見ればわかるように、この傷んだ国内だけで国全体の消費を賄うなんてのは無理な話。その下地を支えるための物流を担ってきたロックス家という一角を崩すのは、あまりにも悪手。そう思って黙っているってとこだろ。」
「…。」
「…でも、ロックス家は昔から騎士としての功績が…!」
「もちろんそれもあるだろうさ。というか、それを表立った理由にするために、家の者を召し抱えるようになっていったんだろう。多少後ろ暗いことをしても、目くらましできるようにな。」
「そんな…。」
「人気者はつらいなぁ、ギル?」
「…たとえそうであっても、俺は騎士としての誇りを持って仕えてきた。」
「は、そりゃいい心がけで。まぁとりあえずの行先は一致したってことで。よろしくね、メアリちゃん。」
「え?え、は、はぁ…。」
「…。」

この場合、よろしくするのはギルさんなのではないだろうか。でも、この先の身の振り方を考えると、いつまでも行商をして国内をうろつくというのが現実的ではないというのは、そうなのだろう。目の前のことばかりで、今後がよく見えていなかった。私にとって安全な場所というのは、もうこの国にはないのだろうか。
父と母に、もう会うことはできないのだろうか。
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