平和の狂気

ふくまめ

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世界の縮図

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「…なかなか…地図上の、距離っていうのは、実感…できませんよね…。」

三人旅を始めて数日。私はまだ人気のあるような町や村に辿り着かないことに気が滅入り始めていた。地図の上では大した距離がなさそうに見えるのに、実際に自分の足で移動するとなると話は全く別。あぁ…ここにいないと分かっていながらも、ギルさんの愛馬がここにいてくれたら…。そうため息をつくこともやむなしといえるだろう。

「そうねぇ…。俺様はもう旅に慣れちゃったから、あんまり感じないけど、初めの頃は間違った地図掴まされたと疑ったもんよ。ま、実際は縮尺の問題なんだけど。」
「国内を移動するなんて、一般の国民はしないだろうからな。」

長い戦時下にあっては、たとえ国内であっても長距離移動するなんてことはしようとも思わない。正直、私は両親の仕事が仕事でもあったので、別の町に行くことがなかったわけではないのだが、その時は当然徒歩での移動ではなかったし…。そう考えると、かなり恵まれた生活を送っていたのだと実感させられる。
世界はこんなにも厳しいのだ。

「…あ!あそこに人が!…何人もいるみたいです!」
「えぇ?…地図には、何もないな。多分、故郷にいられなくなった人間が集まって、小さな集落やらマーケットを開いたんだろうねぇ。」
「そういう場所って多いんですか?」
「そこそこあるかな。まぁそういった場所は、いつまでもあるわけじゃないことだって多い。次にこの近くに来ても、その時には跡形もなくなっているかもしれないね。」
「そんなものか。」
「人間ってのは良くも悪くも逞しいもんよ。生きるためだったら何とかしようとするし、何とかできないんだったら次に行く、ってなもんであまりしがみついたりしねぇ。…一度故郷を捨てた奴なら、猶更な。」
「…。」

人間は逞しい。混乱の中にあっても、何とかして生き延びようともがく。それは時に非情にも見えるのかもしれないが。
私たちはまだ到底辿り着くことができないであろう目的地の前に、この即席の集落に身を寄せることにした。指名手配されている私たちは警戒せざるを得ないが、ここにいる人間の多くは訳あり。ここ最近できた集落というのであれば、当然兵士が常駐している可能性は低い。わざわざ通報しに行くようなことをする人間はそう多くはないだろうというロランさんの考えで、多数決で宿をとることにした。もちろん私は宿をとるに大賛成の立場だ。

「人が集まるところでは物の売り買いも行われるからね。ここが俺様の腕の見せ所よぉ!日が暮れるまでもう少しあるし、メアリちゃんちょっと待っててねー!ギルの野郎は一人たりとも怪しい奴をメアリちゃんに近寄せるんじゃねぇぞ!お前も含めだ!」
「どう守ればいいってんだ。」
「ロランさん、早く行ってください。」
「うん!すぐに戻ってくるからねー!」

即席の集落に到着するや否や、ロランさんは人が多く集まっている方向に足を向けた。私とギルさんは指名手配中の身。兵士に通報するような余裕のある人ばかりではないとは言われたものの、正直人だかりに向かうのはできるだけ避けたいところだ。ロランさん自身が率先してそういった部分を担ってくれるのはありがたい。
本人には言わないけど。

「…ここが即席の集落だなんて、そうは思えませんね。」
「あぁ…。」

小さな小屋とはいえ、何件も建物がそこかしこに建てられているし、食事処もあるのかどこからかいい匂いが漂ってくる。何より、多くの人が行き交いかなりの賑わいが感じられるのだ。

「…あいつが言うように、人間の逞しさを感じるな。」
「そうですね。…どうかしました?」

騒々しくも、生き生きとした人々が行き交うのを他人事のように眺める。私とギルさんの周りは静かで、別の世界をのぞき込んで話しているようだ、なんてことをふと思う。そんな中、ギルさんの雰囲気が変わる。纏う空気が、鋭くなった感じというか。
様子を伺うと、何かを睨むように見つめている。視線を辿った先にあるのは、何の変哲もない小屋。

「…何か…?」
「…いや。」

数秒。睨んでいた小屋から不意に視線を外して再び人の流れに目を向けてしまう。私には分からない何かを感じ取り、私には何も分からないまま終了したようだ。何かあればギルさんの方から教えてくれるだろうと、特に追求することはしなかった。この集落に辿り着くまでの長いとは言えないが短いとも言えないような時間を過ごす中で、私なりにギルさんという人物をそのように分析していたのだ。
それからほどなくして、よさげな宿を見つけたというロランさんと合流。まずは久しぶりのベッドに体を沈めたい、その強い思いのまま宿に向かうことで頭がいっぱいで、ギルさんが気にかけた小屋のことなど頭の片隅に追いやられてしまった。
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