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小舟
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突然ですが、僕は今遭難しています。
いやもしかしたらそうではないのかもしれない。とにかく、話を聞いてください。
ここまでの展開を説明しますので、僕が無事に生きて帰るためにも、知恵をお貸しください。お願いします。
―――
「いやーいい天気だなぁ!今日来てよかっただろぉ、良太!」
「う、うん。誘ってくれてありがとう…。」
肩をバシバシと叩きながらバカ笑いしているのは龍治。大学の同級生だ。
今日はあいつの親父さんが仕事仲間とパーティするってんで、友達を呼んで参加したらいいと声がかかったのだ。
さして仲がいいわけでもないはずだが、なぜか僕はこのパーティの頭数に入れられていた。
龍治は顔もノリも良くて友人が多く、ぜひ参加したいという女子は数えきれないだけいただろうに…。
それを証明するように、あいつの周りには常に女子がべったりだ。
「はあぁぁぁぁ…。何で僕、ここに来ちゃったんだろう…。」
元来より押しに弱く、断ることが苦手な僕は、嫌々ながらもパーティ会場のここ、松島に来ていたのだった。
龍治の親父さんの仕事はよく分からないが、海外の人とも交流があるらしく、
そういった人たちに向けて日本のワビサビ?だかを感じてもらえるように開催しているとのこと。
日本人なら、『松島や ああ松島や 松島や』の俳句を聞いたことはあるだろう。
日本と言えば!という感覚になるのも頷ける。
「でかいため息だな。大丈夫か?」
「瞬介…。大丈夫じゃないよこんなの。もう帰りたい…。」
このパーティに呼ばれた数少ない男性メンバーの一人。瞬介は高校の頃からの同級生だ。
人づきあいが苦手な僕にも優しく接してくれるいいやつだ。
僕のように陰キャなわけでもないのに、こうしてわざわざ気にかけてくれる。
「こういう雰囲気、苦手そうだもんな。」
「断れるものなら断りたかったよ…。どうして僕が…。」
「お前、何だかんだ人に好かれているからなぁ。」
「何それ、嫌味?」
「そんなんじゃないけど。」
困ったように笑う瞬介もまたイケメンの部類の人間だ。
龍治はワイルド系、瞬介は文学青年系と言えば想像しやすいだろうか。
龍治はサングラスをかけていて、瞬介は細フレームの眼鏡をかけている。
龍治は運動は大の得意で人当たりもいいけれど、勉強は苦手。
一方瞬介は文武両道だし周りに気も配れるし、女子におススメなのは断然瞬介の方!
…個人の見解であることは自覚しているけれど、それだけ瞬介はいい奴ってことが言いたいんだ、僕は。
「はぁ…。僕、少し外すよ。」
「あぁ。あまり離れないようにな。」
ここの雰囲気はやっぱり僕には合わないみたいだ。
とっても疲れるし、緊張しっぱなしのせいか車酔いしたように気持ち悪い。
視界の端に金髪美女にハグされている龍治を捉えた瞬間、より気分が悪くなった。
松尾芭蕉かその弟子か知らないが、あなた方が言い表せない程の美しさと評した松島の美しさで、
僕のこの鬱屈とした気分も浄化してくれー。
「…船着き場…?へーフェリーが出るのか。」
少しぶらぶらとしていると、この先に観光用のフェリーが出ていると書かれた看板が目についた。
行って帰って来るだけなら大して時間もかからなそうだ。
ちょっと乗ってみよう。もし何かあっても、スマホという文明の利器を使えば何とかなるだろう。
料金を支払って、ついでにカモメに餌としてあげるという某やめられないお菓子も購入する。
「おー、結構風強い…!」
フェリーが出発して甲板に上がると、
すでに他の観光客がカモメへ餌をあげたり景色を眺めたりして歓声を上げていた。
彼らにならって、僕も餌をあげようとお菓子の袋を開ける。
たくさんの人がお菓子をあげているせいか、それとも観光客がお菓子をくれることを覚えているのか、
フェリーの周りは数えきれないカモメたちに囲まれていた。
袋からお菓子を取り出して空に向かって差し出すと、我先にとカモメが集まってくる。
なかなかの勢いで来るので、初めのうちはビビったけど何回かあげているうちに慣れてきて、
わらわらと集まってくるカモメたちもかわいく見えてきた。
「あはは、まだあるからなー、ってうおっ!?」
背中に衝撃を感じて振り返ると、誰もいない。
手に持っていたお菓子は、目の前を悠々と飛び去っていくカモメのくちばしに。
あいつが後ろからかっさらっていったようだ。ついでに僕に肩パンしながら。
カモメに肩があるという表現が適切かは分からないが。あいつだけはかわいくない。
お菓子をすべてあげ終わったら、ぼんやりと景色を眺める。
風に遊ばれる髪、波のうねり、人が動く振動、カモメの鳴き声。
僕のことを気にかける人間がいない空間が心地よくて、ゆっくりと目を閉じる。
そして―――
目を開けると、僕が一人で小舟に乗っていたというわけなのです。
大体僕が横になって少し余る程度の大きさの、まさに小舟と言っていい大きさだろう。
他の観光客はもちろん見当たらず、付属品として確認できるのは手漕ぎ用のオール。
周りを見渡してみても、先ほどまで取り囲んでいたはずのカモメたちの姿はなく、波もすっかり穏やかだ。
…僕がいたはずのフェリーとはまるで違う。
一つずつ確認していくたびに、僕にも少しずつ焦りが押し寄せてくる。
僕は知らないうちにフェリーから投げ出されてしまったのか?
いや、だとしても僕は全く濡れていないし、何よりこの小舟に乗っている意味は分からない。
じゃあフェリーが何者かに襲撃されて誘拐されたとか?
でもどこにも犯人らしき人間の姿は見当たらない。
何より、どんなに考えてみてもこの状況になるまでのいきさつを思い出せなのは、なぜだろう。
意味もなく狭い小舟を行き来してしまう。船の先もしくは船尾の方を見つめ、何か見えないかと目を凝らす。
「あまり激しく動かないでくれ。船が揺れてしまう。」
「へ!?」
背後から声をかけられ、勢いよく振り返ったせいで小舟がぐらりと揺れる。
咄嗟に揺れを抑えようと小舟の淵をにしがみつく。
揺れが収まったことを確認してゆっくりと息を吐き、改めて声の主を確認する。
僕の背後、つまり船の反対側には、ハチャメチャなイケメンが座っていた。
いや誰ぇ!?
いやもしかしたらそうではないのかもしれない。とにかく、話を聞いてください。
ここまでの展開を説明しますので、僕が無事に生きて帰るためにも、知恵をお貸しください。お願いします。
―――
「いやーいい天気だなぁ!今日来てよかっただろぉ、良太!」
「う、うん。誘ってくれてありがとう…。」
肩をバシバシと叩きながらバカ笑いしているのは龍治。大学の同級生だ。
今日はあいつの親父さんが仕事仲間とパーティするってんで、友達を呼んで参加したらいいと声がかかったのだ。
さして仲がいいわけでもないはずだが、なぜか僕はこのパーティの頭数に入れられていた。
龍治は顔もノリも良くて友人が多く、ぜひ参加したいという女子は数えきれないだけいただろうに…。
それを証明するように、あいつの周りには常に女子がべったりだ。
「はあぁぁぁぁ…。何で僕、ここに来ちゃったんだろう…。」
元来より押しに弱く、断ることが苦手な僕は、嫌々ながらもパーティ会場のここ、松島に来ていたのだった。
龍治の親父さんの仕事はよく分からないが、海外の人とも交流があるらしく、
そういった人たちに向けて日本のワビサビ?だかを感じてもらえるように開催しているとのこと。
日本人なら、『松島や ああ松島や 松島や』の俳句を聞いたことはあるだろう。
日本と言えば!という感覚になるのも頷ける。
「でかいため息だな。大丈夫か?」
「瞬介…。大丈夫じゃないよこんなの。もう帰りたい…。」
このパーティに呼ばれた数少ない男性メンバーの一人。瞬介は高校の頃からの同級生だ。
人づきあいが苦手な僕にも優しく接してくれるいいやつだ。
僕のように陰キャなわけでもないのに、こうしてわざわざ気にかけてくれる。
「こういう雰囲気、苦手そうだもんな。」
「断れるものなら断りたかったよ…。どうして僕が…。」
「お前、何だかんだ人に好かれているからなぁ。」
「何それ、嫌味?」
「そんなんじゃないけど。」
困ったように笑う瞬介もまたイケメンの部類の人間だ。
龍治はワイルド系、瞬介は文学青年系と言えば想像しやすいだろうか。
龍治はサングラスをかけていて、瞬介は細フレームの眼鏡をかけている。
龍治は運動は大の得意で人当たりもいいけれど、勉強は苦手。
一方瞬介は文武両道だし周りに気も配れるし、女子におススメなのは断然瞬介の方!
…個人の見解であることは自覚しているけれど、それだけ瞬介はいい奴ってことが言いたいんだ、僕は。
「はぁ…。僕、少し外すよ。」
「あぁ。あまり離れないようにな。」
ここの雰囲気はやっぱり僕には合わないみたいだ。
とっても疲れるし、緊張しっぱなしのせいか車酔いしたように気持ち悪い。
視界の端に金髪美女にハグされている龍治を捉えた瞬間、より気分が悪くなった。
松尾芭蕉かその弟子か知らないが、あなた方が言い表せない程の美しさと評した松島の美しさで、
僕のこの鬱屈とした気分も浄化してくれー。
「…船着き場…?へーフェリーが出るのか。」
少しぶらぶらとしていると、この先に観光用のフェリーが出ていると書かれた看板が目についた。
行って帰って来るだけなら大して時間もかからなそうだ。
ちょっと乗ってみよう。もし何かあっても、スマホという文明の利器を使えば何とかなるだろう。
料金を支払って、ついでにカモメに餌としてあげるという某やめられないお菓子も購入する。
「おー、結構風強い…!」
フェリーが出発して甲板に上がると、
すでに他の観光客がカモメへ餌をあげたり景色を眺めたりして歓声を上げていた。
彼らにならって、僕も餌をあげようとお菓子の袋を開ける。
たくさんの人がお菓子をあげているせいか、それとも観光客がお菓子をくれることを覚えているのか、
フェリーの周りは数えきれないカモメたちに囲まれていた。
袋からお菓子を取り出して空に向かって差し出すと、我先にとカモメが集まってくる。
なかなかの勢いで来るので、初めのうちはビビったけど何回かあげているうちに慣れてきて、
わらわらと集まってくるカモメたちもかわいく見えてきた。
「あはは、まだあるからなー、ってうおっ!?」
背中に衝撃を感じて振り返ると、誰もいない。
手に持っていたお菓子は、目の前を悠々と飛び去っていくカモメのくちばしに。
あいつが後ろからかっさらっていったようだ。ついでに僕に肩パンしながら。
カモメに肩があるという表現が適切かは分からないが。あいつだけはかわいくない。
お菓子をすべてあげ終わったら、ぼんやりと景色を眺める。
風に遊ばれる髪、波のうねり、人が動く振動、カモメの鳴き声。
僕のことを気にかける人間がいない空間が心地よくて、ゆっくりと目を閉じる。
そして―――
目を開けると、僕が一人で小舟に乗っていたというわけなのです。
大体僕が横になって少し余る程度の大きさの、まさに小舟と言っていい大きさだろう。
他の観光客はもちろん見当たらず、付属品として確認できるのは手漕ぎ用のオール。
周りを見渡してみても、先ほどまで取り囲んでいたはずのカモメたちの姿はなく、波もすっかり穏やかだ。
…僕がいたはずのフェリーとはまるで違う。
一つずつ確認していくたびに、僕にも少しずつ焦りが押し寄せてくる。
僕は知らないうちにフェリーから投げ出されてしまったのか?
いや、だとしても僕は全く濡れていないし、何よりこの小舟に乗っている意味は分からない。
じゃあフェリーが何者かに襲撃されて誘拐されたとか?
でもどこにも犯人らしき人間の姿は見当たらない。
何より、どんなに考えてみてもこの状況になるまでのいきさつを思い出せなのは、なぜだろう。
意味もなく狭い小舟を行き来してしまう。船の先もしくは船尾の方を見つめ、何か見えないかと目を凝らす。
「あまり激しく動かないでくれ。船が揺れてしまう。」
「へ!?」
背後から声をかけられ、勢いよく振り返ったせいで小舟がぐらりと揺れる。
咄嗟に揺れを抑えようと小舟の淵をにしがみつく。
揺れが収まったことを確認してゆっくりと息を吐き、改めて声の主を確認する。
僕の背後、つまり船の反対側には、ハチャメチャなイケメンが座っていた。
いや誰ぇ!?
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