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約束
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この世界は僕の理想の空間。僕自身が作り上げた、僕のための空間。世界のどこを探しても存在しない理想郷。
ここから出るには、この理想を振り切らなければならない。その結果、僕がこの世界に生み出したロイさんは、死んでしまうことになる。
「…さすがにそれって後味悪くないですか?」
「いやだから、人間的な倫理観を持ち出されてもちょっと…。」
「僕の分身なんだったら共感してくださいよ。」
「さすがに全く同じ人格なわけではないんだから…。」
「とにかく、ロイさんが死んでしまうと分かっていて脱出を目指すほど、人でなしではないつもりです。」
「…俺が死んでも、君にはさして問題はないと思うよ。」
「え?」
「例えば、記憶が無くなるとかさ。」
そういえば、ロイさんが死ぬことで僕の体調面に何か影響が出るかどうかはあまり考えていなかった。ロイさんが僕の一部だというなら、消滅によって本体である僕に何かしらの影響が出る可能性も…。よく考えれば、確かに。
「何で影響がないって言えるんです?」
「あくまで理想ってのは、『こうありたい』『こうであってほしい』っていう願望ってことでしょ?
確かに、それぞれの人間が持っている記憶や情報の中から作り出されるものかもしれないけど、それらをいくつも組み合わせた結果、理想ってものが形作られるんだと思うんだよね。」
「…ん?」
「…もういいや、多分大丈夫だよ。大丈夫。」
「適当ですねぇ。」
「人の説明を聞き流している君に言われたくないですー。」
「ロイさんは人じゃないじゃないですか。」
「はい揚げ足を取る。そういうところだぞー、他人と関わるのを難しくしているのは。」
「うっ…!」
人が気にしている部分を…。さすが僕の分身と言ったところか…。でも、自分がどんな人間か向き合おうとするってことは、嫌な部分にも目を向けなきゃいけないことも確かなんだろうな。
「…良太君。俺は君に現実で頑張っていってほしいと思うよ。君がやりたいように頑張っているところを見てみたいんだ。俺自身のためにも。」
「…僕、誰かに自分の判断を委ねないようにしていきたいんですけど。」
「うん、だからこれはただのお願い。」
「…。」
ロイさんは、何かと僕を気にかけるような発言が多い。僕自身がそれを内心望んでいるということだと思えば、少し恥ずかしい気がする。何て言うか、ナルシストみたいな感じがして。
何より、このロイさんの発言は、自分を殺すように言っているといことでもある。僕にとって、その判断をすることはかなり勇気のいることだ。本当の殺人をしているわけではないにしても、僕の判断で誰かが傷ついたり損をしたりするって分かっているのだから…。
「ロイさん。どうしてもロイさんは、その、死んでしまうというか消えてしまうことに変わりはないんですか。」
「うーん、そうだねぇ…。まぁ元々オレは生物的に生きているとは言えない存在だし…。
まぁ、君が現実世界に戻ったとしたら、すぐそばに俺も立っているなんてことはないだろうね。」
「…そうですよね、一応聞いてみただけです。」
「…心は決まったのかな。」
「…決めました。だからロイさん、僕と約束をしましょう。」
「約束?」
「僕は、ここから出て現実に戻ろうと思います。僕がこの世界を作った本来の理由も、現実での生き方を模索するためであったはずだから。…でも、自分の分身でもあるロイさんを見捨てていくこともできません。それは自分の一部を切り捨てて生きていくことを意味していると思うから。
だから僕は、この世界を、理想を捨てないままで現実に向かおうと思います!」
「はぁ?」
僕の大々的な発表にぽかんと口を開けているロイさん。イケメンでも間の抜けた顔ってできるんだな。
「良太君、自分が何を言っているか分かっているのかい?そんなことできた人なんて、今までいないんだよ?」
「分かってますよ。でも、今まで帰ってきた人の人数少なすぎて、その人の方法が正攻法かも分からないじゃないですか。」
「そうかもだけどさぁ…。」
「それにここは僕が作った世界だ。吊った本人の僕がやろうと思えば、何だってできるはず。
心の底から、強く願うことができれば。」
「…。」
「だからロイさん、約束しましょう。僕は理想を捨てずにこの世界を残したまま、現実に向かい合います!
ロイさんは、そうだなぁ…。僕の心の奥底にでも間借りしていて下さい。」
「間借りって…。自分の分身に対しての扱いじゃないんじゃない?」
「良いんですよ!僕自身が良いって思うんですから!
ということで、ゴートゥ現実世界ー!」
「はぁ?」
「何ぼんやりしてるんですか。ロイさんも一緒に!サンハイ!ゴートゥ…。」
「いやいやいや…。何してんの良太君。」
「え、心の底から願っていることをアピールするためには、こんな感じかなって。」
「アピールって誰に!?というかそれアピールなんだ…。」
「だから僕の分身でもあるロイさんにもやってもらわないと!」
「俺もなの!?」
「当然ですよ!心の底から願うってことは、分身のロイさんにも協力してもらわないと。」
「…分かったよ…。」
「いいですか、せーの!」
「「ゴートゥ現実世界ー!!」」
…2人の叫びが虚しく水面にこだまする…。ロイさんは若干後悔するように俯いていた。
うーん、まだアピールが足りないのかな。
「ロイさん、もう1回いきましょう。」
「えぇ?」
「今度はもっと大きな声出していきましょう!」
「君性格変わってない?別の方法考えるとかさ…。」
「そうはいっても、他に何か思い浮かびます?」
「…あーもう!何でもいいからこっから出しやがれ、コノヤロー!!」
「性格変わってるのそっちじゃない…?」
とは言え、多少乱暴ながらもロイさんもやる気を出してくれたことに安堵しつつ、あとはもう何でも叫んでみようかと息を吸った瞬間。
乗っていた小舟がぐわんと揺れた。
「うわっ、何!?」
「何がしかの怒りに触れてしまったとか!?」
「何がしかって何ー!?」
今まで恐ろしいくらい穏やかだった水面が、とんでもなく上下に揺れている。小舟の縁にしがみつくも、この荒れの中でまともに浮いていられるはずもなく、虚しく僕の体は投げ出されてしまう。
水面に叩きつけられる瞬間、ロイさんの声が聞こえた気がする。
僕はそれを聞き返すことができないまま、意識を手放してしまった。
ここから出るには、この理想を振り切らなければならない。その結果、僕がこの世界に生み出したロイさんは、死んでしまうことになる。
「…さすがにそれって後味悪くないですか?」
「いやだから、人間的な倫理観を持ち出されてもちょっと…。」
「僕の分身なんだったら共感してくださいよ。」
「さすがに全く同じ人格なわけではないんだから…。」
「とにかく、ロイさんが死んでしまうと分かっていて脱出を目指すほど、人でなしではないつもりです。」
「…俺が死んでも、君にはさして問題はないと思うよ。」
「え?」
「例えば、記憶が無くなるとかさ。」
そういえば、ロイさんが死ぬことで僕の体調面に何か影響が出るかどうかはあまり考えていなかった。ロイさんが僕の一部だというなら、消滅によって本体である僕に何かしらの影響が出る可能性も…。よく考えれば、確かに。
「何で影響がないって言えるんです?」
「あくまで理想ってのは、『こうありたい』『こうであってほしい』っていう願望ってことでしょ?
確かに、それぞれの人間が持っている記憶や情報の中から作り出されるものかもしれないけど、それらをいくつも組み合わせた結果、理想ってものが形作られるんだと思うんだよね。」
「…ん?」
「…もういいや、多分大丈夫だよ。大丈夫。」
「適当ですねぇ。」
「人の説明を聞き流している君に言われたくないですー。」
「ロイさんは人じゃないじゃないですか。」
「はい揚げ足を取る。そういうところだぞー、他人と関わるのを難しくしているのは。」
「うっ…!」
人が気にしている部分を…。さすが僕の分身と言ったところか…。でも、自分がどんな人間か向き合おうとするってことは、嫌な部分にも目を向けなきゃいけないことも確かなんだろうな。
「…良太君。俺は君に現実で頑張っていってほしいと思うよ。君がやりたいように頑張っているところを見てみたいんだ。俺自身のためにも。」
「…僕、誰かに自分の判断を委ねないようにしていきたいんですけど。」
「うん、だからこれはただのお願い。」
「…。」
ロイさんは、何かと僕を気にかけるような発言が多い。僕自身がそれを内心望んでいるということだと思えば、少し恥ずかしい気がする。何て言うか、ナルシストみたいな感じがして。
何より、このロイさんの発言は、自分を殺すように言っているといことでもある。僕にとって、その判断をすることはかなり勇気のいることだ。本当の殺人をしているわけではないにしても、僕の判断で誰かが傷ついたり損をしたりするって分かっているのだから…。
「ロイさん。どうしてもロイさんは、その、死んでしまうというか消えてしまうことに変わりはないんですか。」
「うーん、そうだねぇ…。まぁ元々オレは生物的に生きているとは言えない存在だし…。
まぁ、君が現実世界に戻ったとしたら、すぐそばに俺も立っているなんてことはないだろうね。」
「…そうですよね、一応聞いてみただけです。」
「…心は決まったのかな。」
「…決めました。だからロイさん、僕と約束をしましょう。」
「約束?」
「僕は、ここから出て現実に戻ろうと思います。僕がこの世界を作った本来の理由も、現実での生き方を模索するためであったはずだから。…でも、自分の分身でもあるロイさんを見捨てていくこともできません。それは自分の一部を切り捨てて生きていくことを意味していると思うから。
だから僕は、この世界を、理想を捨てないままで現実に向かおうと思います!」
「はぁ?」
僕の大々的な発表にぽかんと口を開けているロイさん。イケメンでも間の抜けた顔ってできるんだな。
「良太君、自分が何を言っているか分かっているのかい?そんなことできた人なんて、今までいないんだよ?」
「分かってますよ。でも、今まで帰ってきた人の人数少なすぎて、その人の方法が正攻法かも分からないじゃないですか。」
「そうかもだけどさぁ…。」
「それにここは僕が作った世界だ。吊った本人の僕がやろうと思えば、何だってできるはず。
心の底から、強く願うことができれば。」
「…。」
「だからロイさん、約束しましょう。僕は理想を捨てずにこの世界を残したまま、現実に向かい合います!
ロイさんは、そうだなぁ…。僕の心の奥底にでも間借りしていて下さい。」
「間借りって…。自分の分身に対しての扱いじゃないんじゃない?」
「良いんですよ!僕自身が良いって思うんですから!
ということで、ゴートゥ現実世界ー!」
「はぁ?」
「何ぼんやりしてるんですか。ロイさんも一緒に!サンハイ!ゴートゥ…。」
「いやいやいや…。何してんの良太君。」
「え、心の底から願っていることをアピールするためには、こんな感じかなって。」
「アピールって誰に!?というかそれアピールなんだ…。」
「だから僕の分身でもあるロイさんにもやってもらわないと!」
「俺もなの!?」
「当然ですよ!心の底から願うってことは、分身のロイさんにも協力してもらわないと。」
「…分かったよ…。」
「いいですか、せーの!」
「「ゴートゥ現実世界ー!!」」
…2人の叫びが虚しく水面にこだまする…。ロイさんは若干後悔するように俯いていた。
うーん、まだアピールが足りないのかな。
「ロイさん、もう1回いきましょう。」
「えぇ?」
「今度はもっと大きな声出していきましょう!」
「君性格変わってない?別の方法考えるとかさ…。」
「そうはいっても、他に何か思い浮かびます?」
「…あーもう!何でもいいからこっから出しやがれ、コノヤロー!!」
「性格変わってるのそっちじゃない…?」
とは言え、多少乱暴ながらもロイさんもやる気を出してくれたことに安堵しつつ、あとはもう何でも叫んでみようかと息を吸った瞬間。
乗っていた小舟がぐわんと揺れた。
「うわっ、何!?」
「何がしかの怒りに触れてしまったとか!?」
「何がしかって何ー!?」
今まで恐ろしいくらい穏やかだった水面が、とんでもなく上下に揺れている。小舟の縁にしがみつくも、この荒れの中でまともに浮いていられるはずもなく、虚しく僕の体は投げ出されてしまう。
水面に叩きつけられる瞬間、ロイさんの声が聞こえた気がする。
僕はそれを聞き返すことができないまま、意識を手放してしまった。
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