海の小舟と君と僕

ふくまめ

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はっと気がつくと、そこは遊覧船の甲板だった。手には食べだしたら止まらないと掲げるお菓子の袋。
そうだ、僕はここでカモメに餌をやっていたんだった。そしたら…。

「すぐお菓子無くなっちゃったねー。」
「ほんとほんと!どんどんあげたくなっちゃって、止まらなかった!」
「もう少しで岸につくみたいだから、お父さん呼んできて。」
「「はーい。」」
「いい写真が取れて、思い出になりましたねぇ。」
「あぁ、長年旅行なんてできなかったからなぁ。」
「うぇぇ、気持ち悪い…。」
「大丈夫?遠く見たら少しはいいかも。」

周りにはたくさんの人の声が飛び交っている。知っている人は1人もいない。
さっきまで、僕と一緒に話をしていた彼の声も姿も、そこにはなかった。
皆手早く荷物をまとめている。どうやら岸に帰ってきたようだ。大した荷物を持っていなかった僕も、周りに習ってとりあえずお菓子の袋をポケットに突っ込んだ。

「おかえりなさーい!楽しめましたかね?」
「あぁ、はい。えっと、気持ちよかったです。とても。」

遊覧船から降りると、スタッフらしいおじさんが声をかけてきた。とりあえず感想を伝えると、満足したように笑った。

「そりゃよかった!お客さん1人かい?」
「そうですけど…。」
「あぁ、それならいいんだ。団体客が多いから、何となく気になってね。」
「はぁ。」
「餌やりもやってみたかい?」
「あ、やりました。何て言うか、カモメって結構大きいんですね。僕内陸の生まれなので、今までこんなに近くで見たことなくて。」
「あぁ、それはウミネコだな。」
「…ウミネコって、カモメの事じゃないんですか?」
「んーまぁ確かに似ているからねぇ。でも違う鳥だね、一応。ウミネコはカモメよりもちょっと大きい。」
「へー。」

おじさんのフレンドリーな雰囲気もあってか、何となく雑談を続けてしまう。おじさんもこのあとすぐ仕事があるわけではないのか、僕との立ち話に応じてくれている。観光客へのリップサービスか何かなのかもしれないが。
ともかく、僕はてっきりカモメのことを一部の地域でウミネコと呼んでいるのかと思っていたが、どうやら違ったらしいことに驚きを隠せない。

「大きさ意外に違うんですか?」
「まぁ細かいところを見ていけばいくつかあるなぁ。羽とか足の色、あと目つきが違う。」
「目つき?」
「ウミネコの方が目つきが悪い。」
「えー、さすがに目ははっきり見れなかったな。」
「あとは生態もちょっと違う。ウミネコは1年中いるが、カモメはそうでもない。カモメは渡り鳥なんだ。」
「え、そうなんですか!?知らなかった…。海に行けばいつでもいるもんだと。」
「たいていの人がそう思っているだろうねぇ。ほとんど気にしていないと思うし。
 ま、そんなこと言っている俺も、聞きかじった知識だし、ちゃんと見分けたりできないんだけど!だははは!」
「あ、あはは…。」

それじゃあ気をつけて旅行楽しんで、とおじさんは事務所らしきところへ入っていってしまった。一緒の遊覧船だった他の観光客はもう誰もおらず、次の遊覧船もすぐに出発はしないのか乗り込もうと待っているらしい客もまばらだ。
先ほどおじさんから聞いた渡り鳥の話を思い返す。渡り鳥なんて、思いつくのは白鳥くらいのものだったが、カモメもそうだったとは。僕が見かけたことのあるカモメも、生まれは海外だったということか。…もしかしたらそれすらもカモメじゃない海鳥だった可能性すらあるが。
さてこれからどうしようかと考えていると、ポケットの中が震えてカサカサと音を鳴らしている。何事かと探ってみると、適当に突っ込んだお菓子の袋がスマホのバイブレーション機能で震えているだけだった。

「…瞬介。」

画面を確認すると瞬介からの着信。見知った人間の名前を見て、やっと現実味を感じることができた。ここはもう、あの静かな水面の上に浮かんだ小舟ではないのだと。
スマホはまだ震えている。僕は1つ呼吸をしてから通話ボタンに指を乗せた。
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