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居たい場所
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スマホからの呼び出しが続いていることをしっかりと確認し、画面をそっとスワイプする。
「…もしもし。」
「良太か?どのあたりまで行ったんだ?もう少ししたら飯に行くってみんな話しててさ、そろそろ戻ってきた方がいいと思ってよ。」
「そっか…。瞬介。」
「ん?」
「…僕、そっちに戻らないで、帰ろうと思う。」
「え、は?一人でか?何かあったのか?っていうか今どこ。」
「ううん、特に何も。今遊覧船に乗って来ただけ。船着き場?みたいなところにいる。」
「…じゃあ、何だって急に。」
「急にって言うか…。僕にしてみれば、やっとって感じだなぁ。
あまりここに来るの乗り気じゃなかったって、瞬介には言ってたと思うんだけどさ。やっぱり、最後までいないで帰ろうかと思って。」
「…本当に、何もなかったのか?龍治から何か…。」
「いやぁ、ないない。何にもないよ。向こうはお姉さまに囲まれて、僕なんかに関わってる場合じゃないでしょ。
その…本当に、自分でそう思ったんだ。僕がやりたいこと、やってみようかなって気になっただけ。」
「…そうか。だったらいいんだ。」
「変だなって思う?」
「別に?まぁ多少タイミングは変だと思うけどさ。」
「おい。」
間違いなく瞬介だ。この旅行で唯一僕を心配してくれていると言っていいだろう人物。じっとりと手に汗をかいているのを感じる。僕にしてみれば、何時間もあの小舟で漂っていた気がするが、こちらはそんなことはないのだろう。瞬介とやり取りをして少しずつ実感する。
「まぁ…何だろうな。よく分からないけど、お前がそうしたいってんならそれでいいと思うよ。なんだかんだで、大抵のことはそつなくこなせるタイプだから。」
「そう?そんなことないと思うけど…。」
「それそれ。唯一の欠点…とは言いすぎかもしれないけど、自分を過小評価する癖あるぞ、お前。
…自分じゃ大したことできないって思ってるかもしれないけど、十分すごいし、何より良い奴だよ。」
「…瞬介の方こそ、どうしたんだよ急に。」
いくら優しい瞬介だって、こんなに手放しで褒めてくれるなんて、いったいどうしたんだ。これまでの人生で褒めてもらうという経験が乏しい自覚もあるので、どうしたらいいか分からず笑って聞き流していいものなのか、ありがとうと受け止めればいいのか…。
「いや別に?今までだって、そう思ってたんだよ。」
僕の発言をマネしているつもりなのか、スマホの向こうで軽く笑っている気配がする。今までそう思っていた、か…。瞬介の言っていることが真実かは分からないが、僕のことを受け入れてくれる人は人知れずいたのかもしれない。ただ僕は気づくことはなく、その世界から逃げ出したいと願っていたのか。
「…じゃあ僕、行くよ。」
「おう。こっちのことは、まぁ適当に言っとくからさ。」
「よろしく。龍治は何も気にしないと思うけど。」
「…俺はそうは思わないけど。」
「え?」
「いやなんでも。ま、今生の別れでもないだろうし、大丈夫だろ。」
「あはは、うん。少し…いや僕にしてみればいろいろとやってみようかと思うから、多少会わなくなるかもしれないけど…。」
「思ったよりすぐ再会したりしてな。」
「そうかも。その時は、ご飯でも食べながら愚痴聞いてよ。」
「いいぞ、お前の奢りでな。」
今僕は自分なりに気合いを入れて行動しようとしているわけだけど、この先どうなるのか。こればっかりはやってみなければ分からない部分が大きい。もしかしたら大成功するかもしれないし、大して変化もなく頓挫するかもしれない。でもそんなことが気にならないくらい、僕は自分が行動すること自体に自信を持っている。
僕がしていることが成功すると思っているからじゃない。自分の思うままに行動することに喜びを感じている、とでも言うのだろうか。とにかく、不安を微塵も感じていないのだった。
「…それじゃ、ありがとう、瞬介。また。」
「おう、またな。気をつけろよ。」
そっと通話を終了するパネルに触れる。画面がふっと明るくなり、見慣れたホーム画面に戻る。そのまま近場に座れる場所がないか視線を巡らすと、お土産屋に併設された小さなフードコートが目に入った。そこの端の席に腰を下ろす。
今度はこちらから電話をかけるために、登録されている番号をスワイプする。自分が登録している番号は決して多くはないので、目当ての番号はすぐに見つかった。
「自宅 ××-××××」
夜、と言うにはまだ明るすぎるこの時間に、受話器を取る人間が家にいるだろうか。つながったとしたら、誰が出るだろうか。そんなことを想像すると、思考が靄がかって、さっきまで確かにあった自信が崩れていくような気がする。
1つ息を吐いて、静かに目を閉じる。霧がかった世界の向こう。そこには穏やかな水面が広がっていて、小舟が浮いている。その小舟には進むためのオールがついていて、そこにいるのは―――。
目を開ける。よし、大丈夫。電話番号をタップして、スマホを耳にあてる。これが、僕にとってのオールの1掻き目。オールは一番最初が一番重い。でもそれを何とかこなしていくと、スムーズに動かせるようになって、スピードに乗って来る。重く苦しい場面もあるだろうけど、何となく、あの小舟を思い出すことで乗り切れるような気がする。
『良い旅を、良太君。』
呼び出し音のコールが途切れた瞬間、ロイさんの声が聞こえた気がした。
「…もしもし。」
「良太か?どのあたりまで行ったんだ?もう少ししたら飯に行くってみんな話しててさ、そろそろ戻ってきた方がいいと思ってよ。」
「そっか…。瞬介。」
「ん?」
「…僕、そっちに戻らないで、帰ろうと思う。」
「え、は?一人でか?何かあったのか?っていうか今どこ。」
「ううん、特に何も。今遊覧船に乗って来ただけ。船着き場?みたいなところにいる。」
「…じゃあ、何だって急に。」
「急にって言うか…。僕にしてみれば、やっとって感じだなぁ。
あまりここに来るの乗り気じゃなかったって、瞬介には言ってたと思うんだけどさ。やっぱり、最後までいないで帰ろうかと思って。」
「…本当に、何もなかったのか?龍治から何か…。」
「いやぁ、ないない。何にもないよ。向こうはお姉さまに囲まれて、僕なんかに関わってる場合じゃないでしょ。
その…本当に、自分でそう思ったんだ。僕がやりたいこと、やってみようかなって気になっただけ。」
「…そうか。だったらいいんだ。」
「変だなって思う?」
「別に?まぁ多少タイミングは変だと思うけどさ。」
「おい。」
間違いなく瞬介だ。この旅行で唯一僕を心配してくれていると言っていいだろう人物。じっとりと手に汗をかいているのを感じる。僕にしてみれば、何時間もあの小舟で漂っていた気がするが、こちらはそんなことはないのだろう。瞬介とやり取りをして少しずつ実感する。
「まぁ…何だろうな。よく分からないけど、お前がそうしたいってんならそれでいいと思うよ。なんだかんだで、大抵のことはそつなくこなせるタイプだから。」
「そう?そんなことないと思うけど…。」
「それそれ。唯一の欠点…とは言いすぎかもしれないけど、自分を過小評価する癖あるぞ、お前。
…自分じゃ大したことできないって思ってるかもしれないけど、十分すごいし、何より良い奴だよ。」
「…瞬介の方こそ、どうしたんだよ急に。」
いくら優しい瞬介だって、こんなに手放しで褒めてくれるなんて、いったいどうしたんだ。これまでの人生で褒めてもらうという経験が乏しい自覚もあるので、どうしたらいいか分からず笑って聞き流していいものなのか、ありがとうと受け止めればいいのか…。
「いや別に?今までだって、そう思ってたんだよ。」
僕の発言をマネしているつもりなのか、スマホの向こうで軽く笑っている気配がする。今までそう思っていた、か…。瞬介の言っていることが真実かは分からないが、僕のことを受け入れてくれる人は人知れずいたのかもしれない。ただ僕は気づくことはなく、その世界から逃げ出したいと願っていたのか。
「…じゃあ僕、行くよ。」
「おう。こっちのことは、まぁ適当に言っとくからさ。」
「よろしく。龍治は何も気にしないと思うけど。」
「…俺はそうは思わないけど。」
「え?」
「いやなんでも。ま、今生の別れでもないだろうし、大丈夫だろ。」
「あはは、うん。少し…いや僕にしてみればいろいろとやってみようかと思うから、多少会わなくなるかもしれないけど…。」
「思ったよりすぐ再会したりしてな。」
「そうかも。その時は、ご飯でも食べながら愚痴聞いてよ。」
「いいぞ、お前の奢りでな。」
今僕は自分なりに気合いを入れて行動しようとしているわけだけど、この先どうなるのか。こればっかりはやってみなければ分からない部分が大きい。もしかしたら大成功するかもしれないし、大して変化もなく頓挫するかもしれない。でもそんなことが気にならないくらい、僕は自分が行動すること自体に自信を持っている。
僕がしていることが成功すると思っているからじゃない。自分の思うままに行動することに喜びを感じている、とでも言うのだろうか。とにかく、不安を微塵も感じていないのだった。
「…それじゃ、ありがとう、瞬介。また。」
「おう、またな。気をつけろよ。」
そっと通話を終了するパネルに触れる。画面がふっと明るくなり、見慣れたホーム画面に戻る。そのまま近場に座れる場所がないか視線を巡らすと、お土産屋に併設された小さなフードコートが目に入った。そこの端の席に腰を下ろす。
今度はこちらから電話をかけるために、登録されている番号をスワイプする。自分が登録している番号は決して多くはないので、目当ての番号はすぐに見つかった。
「自宅 ××-××××」
夜、と言うにはまだ明るすぎるこの時間に、受話器を取る人間が家にいるだろうか。つながったとしたら、誰が出るだろうか。そんなことを想像すると、思考が靄がかって、さっきまで確かにあった自信が崩れていくような気がする。
1つ息を吐いて、静かに目を閉じる。霧がかった世界の向こう。そこには穏やかな水面が広がっていて、小舟が浮いている。その小舟には進むためのオールがついていて、そこにいるのは―――。
目を開ける。よし、大丈夫。電話番号をタップして、スマホを耳にあてる。これが、僕にとってのオールの1掻き目。オールは一番最初が一番重い。でもそれを何とかこなしていくと、スムーズに動かせるようになって、スピードに乗って来る。重く苦しい場面もあるだろうけど、何となく、あの小舟を思い出すことで乗り切れるような気がする。
『良い旅を、良太君。』
呼び出し音のコールが途切れた瞬間、ロイさんの声が聞こえた気がした。
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