脳内殺人

ふくまめ

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陰れ、太陽

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少々不謹慎な考えではあるが、明晰夢の力を活用しだした私の生活は、以前に比べて実に満たされているように感じる。好きな場所、好きなシチュエーションで好きに楽しめる。何でも思い通りだし、誰に邪魔されることもない。何度も繰り返し明晰夢に潜ることによって、想像することも違和感なく行えるようになってきた。
従弟からのラインの通知の数が、いつからか増える一方だ。
そんなある日。

「菓子さん聞いた?中村君にお祝いのお菓子みんなで準備するって。」
「…は?」

鈴木さんから話しかけられた内容に、私の頭の中は真っ白になった。

「ほら、もう少しで復帰のタイミングじゃない?お帰りなさいの意味を込めてちょっとだけね。…どうかした?」
「…あ、えっと、もうそんな時期かって。早いですね、もう復帰かぁ。家でも忙しかっただろうに、大丈夫かなぁ?」

少し不思議そうにしている鈴木さんに慌てて返事をする。
中村。最近聞くことのなかった名前。私の同期。
現在彼は、第一子の誕生を受け、育休を取っているのだった。



「お帰り、中村君!」
「はい!戻ってきました!」
「中村君!家でも忙しかったでしょう、大丈夫だった?」
「えぇ何とか。でも一番大変なのは妻ですから、これからも一緒に頑張っていきますよ!」

拍手の中心にいる男は満面の笑みを振りまいている。特に大久保さんはかつて指導していた関係もあり可愛がっていたので、感情が涙となってあふれ出しそうになっている。職場のみんなで準備したお菓子の他に、個別で渡しているであろう物がすでにデスクの上を埋め尽くしてしまいそうだ。

「中村ー。子育てって大変だろ?なんにも上手くいかないし怒られるし…。頑張っていこうな…。」
「はい、もちろんです!…安田さん大丈夫ですか?」
「安田さんの子供さんが生まれた頃って、まだ男性が育休取るの一般的じゃなかったから仕事続けてたでしょ?それで奥さんと揉めちゃったんじゃない?」
「うぅっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」

思わぬところで安田にダメージが。復帰したばかりの中村に心配されてどうする。

「と、とりあえず、仕事内容は以前と変わらずで。でも少し期間も空いているし、いきなり前と同じように働いてくれって言うのはハードだろうからさ。ま、無理せず少しずつな。」
「はい!ありがとうございます。」
「頼りにしているけど、お前もこっちを頼ってくれな。」
「はい!」

相変わらず眩しいほどの笑顔。初めて会った時も、それに耐えられず引いてしまったことを思い出す。

「あ、菓子!久しぶり、元気だったか!?」
「…あぁ、うん。」

皆と会話を交わし、段々と人垣が少なくなった頃。奴は私の存在に気がつき、まるで大型犬が仕事から帰った飼い主を迎えるような反応を見せる。
あぁそうだ。この笑顔が私は…。



「…でさ、この時に初めて笑ってくれたんだよ!」
「えー最高じゃないですかぁ!癒されるんだろうなぁ。」
「もう最高だよ、本当!佐々木さんも…って今は佐々木じゃなくなったんだっけね、ごめん癖が抜けなくて。」
「うふふ、そうでーす!今は高橋になりました!」

あぁうるさ…いやずいぶんと賑やか。中村は高橋が結婚して苗字が変わる前に育休に入ってしまったので、佐々木呼びがそのままになってしまっているのだろう。何度も同じ間違いを繰り返してしまい、少し申し訳なさそうに謝っているが、間違えられている当の本人は気分を害している様子はなく、むしろ訂正できることを喜んですらいるようにニコニコだ。
そんなほのぼのとした二人は、中村のスマホをのぞき込んで楽しそうにしている。そこに映っているのは、数か月前に生まれた中村のご息女。段々と周りの人間を判断できるようになってきたのか、自分を見て笑いかけてくれるのだと、中村はデレデレとご満悦。その様子にいつかは自分も…、と高橋はホワホワと夢想。
今就業時間なんだが。

「はぁ…。」
「復帰したばっかりだし、今日くらいは大目に見てあげましょう。ね?」
「はぁ。」

テンションの高さに少々気が滅入って来るが、少し目を瞑ろうと鈴木さんも苦笑。あの大久保さんすら何も言わないので、オフィス全体の意識と言っていいのだろう。鈴木さんと大久保さんは、この時期特有の幸福感と妙なハイテンションに思い当たる部分があるのだろうか。私には想像もできない。
陽だまりの中でニコニコと笑っている中村と反比例するように、私の気分はモヤモヤと影を落とすのだった。
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