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冒険気分③

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「新島さん、だったっけ?獣人見たことないって本当なの?」
「そうだけど…。あまり大きな声で話さないでくれる?」

獣人はいるのが普通なんでしょ?見たことないなんて人いないんでしょ?と周りに人がいないか警戒するように小声で返事をする。ナインが車を停めているという駐車場には、俺たち以外に人影は見えない。

「あーごめんごめん。でもそれが一般的な感覚じゃないってのは、分かってるんだ?」
「郡司さんから聞いて何となく…。ここに来るまでもたくさん見かけたし、周りの人も何も気にしている様子もなかったし。でも、私にしてみたらそっちの方がおかしいの。」
「ふーん…。」

ナインは何かを考えるように虚空を見つめながらバッグを漁る。少し上に視線をさまよわせるのは、考え事をする時のナインの癖だった。こいつは俺には思いもよらないようなことを考えているのだろう。バッグの中から車のキーとなる識別端末を取り出して耳にかける。

ピー…ピピッ

「…。」
「まぁとにかく乗ってよ。僕の家に向かいながら話を聞こう。」
「安全運転で頼むぞ。」
「もちろん!」
「…あの。」
「ん?どうかした?」
「その…耳…。」
「耳?あぁ、識別端末のこと?これも見たことないんだ、便利だよーこれ。」

いいでしょ、これ限定カラーなんだ!と耳にかかっていた髪を持ち上げて見せつけるように自慢してくる。ナインは自分の関心が向くことには手間を惜しまない。世界で100台しか発売されない限定ボトルシップが予約開始になった時は、抽選に受かる確率を少しでも上げようと駆り出されたのは苦い思い出だ。
今ナインの耳についている識別端末も、何かのマンガだかアニメだかのコラボ商品で、数量限定品だ。しかも数年前の商品なので、今新品で買おうと思ったらかなり難しいだろう。それはそれとして、機能としては普通の商品と変わりないので、そこまでして買おうとする気持ちはあまり理解できない。

「これね、3年前に25周年だったアニメとコラボしたやつでね…。」
「そうじゃなくて!あなたのその耳!何でとがってるの!?」
「…へ?」

…やっぱりか。指摘されたナイン本人はぽかんとしているが、獣人を聞いたことがないなんて言う人間が、そのほかの種族とは交流を持っていたなんて都合のいいことはないのだ。

「…新島さん、前もって説明してなくて申し訳ないんだけど…。俺たち獣人以外にも、人間とはまた違った種族ってのがたくさんいて。ナインはその中の、エルフって種族なんだ。」
「…エルフ?」
「え、この人そんな感じなの?新島さん、あの僕たち別にそんな怪しい種族じゃないから…。」
「エルフっていえば超絶美女かイケメンの種族!」
「あ、その方向性なのね。」
「…たまに出てくる変な知識はなんなんだ。」

とがった耳はエルフの身体的な特徴の一つ。個人差はあるが、ナインの場合は金髪碧眼でぱっと見はあまり違和感はないだろう。だからこそ、新島さんも今になって驚いたんだろうと思うが…。エルフと聞いてテンションが上がるのはなぜだ。

「何言ってんの、エルフを知らない人間はいないわ。いろんな創作作品に引っ張りだこでしょうが!」
「何で俺は怒られてんだ?」
「さぁ…。」
「私の印象ではエルフって大人なイメージだったんだけど…。あ、でも将来有望な美少年美少女の可能性もあるか…!」
「…健人、僕不安になってきたんだけど。」
「珍しいな、基本的に楽観的なお前がそんなこと言うなんて。明日は溶岩の雨が降るかもな。」
「他人事だと思って!…でもこんな感じのテンションになる人なんだったら、健人も初対面の時大変だったんじゃないの?」
「…別の意味でな。」
「?」

つい二日前のことなのに、どこか遠い日のことのように感じる。長い長いため息をつきながら遠くを見つめる俺を見て、ナインは不思議そうに首をかしげている。この動作だけを見ると、本当に無邪気な小学生なんだよなぁ…。

「なんだかよく分からない状況だけど、生エルフ見れて得した気分!」

この場にいる誰よりも無邪気にはしゃぎだした新島さんに、俺とナインは今日一の深いため息を吐き出した。
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