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最終章
第42話 選択肢がある方が残酷
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「何で解らないの? 行ったらキミ、死んじゃうんだよ? 人の魂の吸引力は凄くてね、禅が望んでいなくても、目の前にあったらどうしたって喰いたくなる」
「解ってます。だから行くの。お願い、離して」
「全然解ってないだろ。俺は今でも夢に見るんだよ。魂を喰った瞬間を、あの子の声を、笑顔を。俺は名前を呼びながら目を覚ますんだ。うんざりするほど、何度も何度も繰り返し見る」
尾崎の震える吐息が額にかかる。丁度紗良の耳の位置から聞こえる尾崎の鼓動が「生きろ」と生々しく伝えてくるようで、強く抱きしめられながら何が正解なのかわからなくなった。
「……魂を喰われた瞬間に死ぬわけじゃない。入れ物だけは眠ったままの状態で二、三日生き続ける。だけど解るんだ。そこにいるのに、いないって。それでも寝顔を見ていたら、目を開けないかなって思っちゃうんだよ。淡い期待を抱きながら、ゆっくり死んでいくのをただ見ているしか出来ない。喰った魂を彼女に戻したいと何度願ったかわからないよ。あんな地獄、禅が耐えられるわけがない」
紗良は思わず両手を尾崎の背中に回した。掛けるべき言葉が見つからなかったが、せめてまだ血を流し続ける見えない傷口が、少しでも塞がればいいのにと願いながら優しく撫でる。
「先輩。保健室で酷い事言ってごめんなさい。絶対言っちゃいけない言葉だった」
「悪いと思うなら、ちゃんと言うこと聞いてよ」
「でも、御堂くんに生きていて欲しい。……何で御堂くんなの……」
言葉が詰まって、その先が言えなかった。
「禅が出した答えだよ。生きるべきはキミの方だ。心配いらない、俺が側にいる。なんならこの先ずっと禅の姿に化けようか」
紗良は涙を堪えたまま、強く首を横に振った。尾崎は抱きしめていた腕の力を緩め「余計に辛いか」と、寂しそうに呟いた。深く息を吐いた後、紗良の両肩に手を置きながら、目線が同じ高さになるように腰をかがめる。
「本当はね、禅が本気でキミを喰うと覚悟を決めたんなら、止めるつもりはなかったんだ。だけど、禅は魂を喰う気は毛頭ない。それなのに、鈴音の謀で万が一キミを失ったら……。言ってること、わかるよね?」
紗良は尾崎から目を逸らさず見つめ返し、深く頷いた。「良かった」とホッとしたように笑いながら、尾崎は紗良の頭を撫でる。
「じゃあ、全部理解したキミに敢えて選ばせてあげる。このまま禅に会わずに終わらせるか、その目で最期を見届けるか。多分、どちらを選んでも、もう一方を選んでおけば良かったと後悔するだろうけど」
尾崎の緑を帯びた黒い瞳の中に、消えない痛みを見たような気がした。
「ありがとう。先輩」
「ありがとう? キミは本当に変わってるね。選択肢がある方が残酷だとは思わないの? このまま問答無用で連れ帰られた方が、全部俺のせいに出来るのに」
言いながら尾崎が再び紗良を抱き寄せる。紗良はもう、暴れたり振り払ったりしなかった。それは恋人同士がするような抱擁ではなく、同じ痛みを持つ者がその傷を労ってくれていると理解できたから。
「……御堂くんに会いに行きます」
「うん」
その答えを予測していたように、尾崎は短い返事をして紗良から体を離した。
「でも、不可抗力で魂を喰われそうになったら、すぐにその場からキミを連れ去るよ。いいね?」
「解りました。でももし、御堂くんが本気で魂を食べる覚悟をしてくれた時は……。見守ってくれますか?」
「……いいよ。約束しよう」
尾崎が紗良の手を引いて歩き出す。
神社の石段に辿り着くまで、二人は一言も発しなかった。「いってらっしゃい」と手を離した尾崎が唇を噛む。紗良は小さく頷くと、一歩ずつ踏みしめる様に石段を上がった。
風が吹いて、ざわざわと木々が揺れていた。
「解ってます。だから行くの。お願い、離して」
「全然解ってないだろ。俺は今でも夢に見るんだよ。魂を喰った瞬間を、あの子の声を、笑顔を。俺は名前を呼びながら目を覚ますんだ。うんざりするほど、何度も何度も繰り返し見る」
尾崎の震える吐息が額にかかる。丁度紗良の耳の位置から聞こえる尾崎の鼓動が「生きろ」と生々しく伝えてくるようで、強く抱きしめられながら何が正解なのかわからなくなった。
「……魂を喰われた瞬間に死ぬわけじゃない。入れ物だけは眠ったままの状態で二、三日生き続ける。だけど解るんだ。そこにいるのに、いないって。それでも寝顔を見ていたら、目を開けないかなって思っちゃうんだよ。淡い期待を抱きながら、ゆっくり死んでいくのをただ見ているしか出来ない。喰った魂を彼女に戻したいと何度願ったかわからないよ。あんな地獄、禅が耐えられるわけがない」
紗良は思わず両手を尾崎の背中に回した。掛けるべき言葉が見つからなかったが、せめてまだ血を流し続ける見えない傷口が、少しでも塞がればいいのにと願いながら優しく撫でる。
「先輩。保健室で酷い事言ってごめんなさい。絶対言っちゃいけない言葉だった」
「悪いと思うなら、ちゃんと言うこと聞いてよ」
「でも、御堂くんに生きていて欲しい。……何で御堂くんなの……」
言葉が詰まって、その先が言えなかった。
「禅が出した答えだよ。生きるべきはキミの方だ。心配いらない、俺が側にいる。なんならこの先ずっと禅の姿に化けようか」
紗良は涙を堪えたまま、強く首を横に振った。尾崎は抱きしめていた腕の力を緩め「余計に辛いか」と、寂しそうに呟いた。深く息を吐いた後、紗良の両肩に手を置きながら、目線が同じ高さになるように腰をかがめる。
「本当はね、禅が本気でキミを喰うと覚悟を決めたんなら、止めるつもりはなかったんだ。だけど、禅は魂を喰う気は毛頭ない。それなのに、鈴音の謀で万が一キミを失ったら……。言ってること、わかるよね?」
紗良は尾崎から目を逸らさず見つめ返し、深く頷いた。「良かった」とホッとしたように笑いながら、尾崎は紗良の頭を撫でる。
「じゃあ、全部理解したキミに敢えて選ばせてあげる。このまま禅に会わずに終わらせるか、その目で最期を見届けるか。多分、どちらを選んでも、もう一方を選んでおけば良かったと後悔するだろうけど」
尾崎の緑を帯びた黒い瞳の中に、消えない痛みを見たような気がした。
「ありがとう。先輩」
「ありがとう? キミは本当に変わってるね。選択肢がある方が残酷だとは思わないの? このまま問答無用で連れ帰られた方が、全部俺のせいに出来るのに」
言いながら尾崎が再び紗良を抱き寄せる。紗良はもう、暴れたり振り払ったりしなかった。それは恋人同士がするような抱擁ではなく、同じ痛みを持つ者がその傷を労ってくれていると理解できたから。
「……御堂くんに会いに行きます」
「うん」
その答えを予測していたように、尾崎は短い返事をして紗良から体を離した。
「でも、不可抗力で魂を喰われそうになったら、すぐにその場からキミを連れ去るよ。いいね?」
「解りました。でももし、御堂くんが本気で魂を食べる覚悟をしてくれた時は……。見守ってくれますか?」
「……いいよ。約束しよう」
尾崎が紗良の手を引いて歩き出す。
神社の石段に辿り着くまで、二人は一言も発しなかった。「いってらっしゃい」と手を離した尾崎が唇を噛む。紗良は小さく頷くと、一歩ずつ踏みしめる様に石段を上がった。
風が吹いて、ざわざわと木々が揺れていた。
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