されど御曹司は愛を誓う

雪華

文字の大きさ
上 下
291 / 302
~ 最終章 されど御曹司は ~

SAIL AWAY⑤

しおりを挟む
 ミーティングルームは防音になっているし、廊下に人の気配はなかったが、それでも玲旺は声のトーンをやや落とした。

「親父に俺たちのこと話したんだ。それで、認めて貰えた」

 用心を重ね、詳細は一切省いた曖昧な言い方をしたが、どうやら氷雨には伝わったらしい。
 氷雨は顎を乗せていた手をゆっくりと外し、赤い目を見開いた。

「……いつ話したの」
「ついさっき」
「それで、無事に認めて貰えたのね」
「うん」

 感極まったように吐息を震わせ、氷雨が両手で口元を覆う。「良かったねぇ」と、まるで自分のことのように喜んでくれる氷雨を見て、玲旺も嬉しさがこみ上げた。
 ありがとうと答えた瞬間じわっと目が潤んでしまい、瞬きで誤魔化そうとしたら睫毛の先が僅かに濡れた。

 藤井はその様子を微笑ましそうに眺めていたが、喜びを分かち合う玲旺と氷雨の横で、久我は少しだけ申し訳なさそうに口を開く。

「それで、その。氷雨に謝らないといけないことがあるんだけど」

 感動的なムードから一転して「謝らないと」と告げられ、氷雨は何を切り出されるのかと身構えた。

「えっ、何。こわい」

 怯えるような氷雨に対し、忙しいのは重々承知しているけど、と前置きしてから久我が言い難そうに話し始める。

「交渉材料に、お前を使ったんだ。ごめん。近いうちに、フォーチュンと正式にコラボするかもしれない。期間限定になるかレギュラー商品になるかはまだわからないけど」

 久我の発言内容を咀嚼しているのか、氷雨が天井を見上げ、三秒ほど黙り込んだ。

「……それって、前にちょこっと話してたバリキャリ向けのやつじゃなくて?」

 フォーチュンとのコラボは、どれだけ記憶を探っても初耳の案件だったのだろう。仕事量が増える予感がした氷雨が、僅かに身を引いた。

「ああ、それじゃなくて、また別の」
 
 どんな無理難題を押し付けられるんだと、氷雨が不安そうに眉を寄せる。久我がそれを払拭するように、大丈夫だと口にした。

「心配するな、無理はさせない。むしろお前にとっても良い話だぞ」
「えー。ほんとにぃ?」
 
 疑うように半眼で睨む氷雨に、久我は自信ありげに微笑んだ。

「フォーチュンの潤沢な資金を使って、イブニングドレスや高級スーツのデザインをやってみないか。晩餐会に出席できるくらいの、とびきりゴージャスなやつ」
「なにそれ、作りたい!」

 それまで座っていた氷雨が、ガタンと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がる。

「えっ、えっ。それって、超セレブ向けってこと? 予算気にしなくていいの?」
「もちろん。シルクでもヴァージンウールでも、使いたい素材を使えばいい。予算は俺が責任を持って取って来るから」

 わぁっと興奮した氷雨が、自分の両頬を抑えて恍惚の表情を浮かべた。

「絶対だよ。嘘吐いたら針千本飲ますからね」

 欲しい玩具を買ってもらう約束を取り付けた子どものように、氷雨が久我に念を押す。

「約束は必ず守るよ」

 久我が頼もしく答えると、氷雨は目を輝かせて「やったぁ」と歓喜の声を上げた。機嫌よく引き受けてくれた様子を見て、久我は安堵したようにホッと胸を撫で下ろす。

 鼻歌交じりで再び着席し、残りの仕事を片付けようとした氷雨が、「あっ」と何かを思い出して鞄の中身を漁りだした。

「そうだ、緑川先生から書類を預かってたんだ。忘れる所だった」

 表書きが何もない、白い大きめの封筒を久我に向かって差し出す。久我も承知しているのか、「ああ、あの件か」とすんなり受け取った。

「あの件って、なんの件?」

 不思議そうに尋ねた玲旺に、氷雨が「ナイショ」と含みを持たせた言い方をし、人差し指を唇にあてた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

来るはずの未来

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

【完結】ナルシストな僕のオナホが繋がる先は

BL / 完結 24h.ポイント:617pt お気に入り:1,587

悪役令嬢が死んだ後

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,002pt お気に入り:6,140

美醜逆転世界で治療師やってます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:807

司祭の国の変な仲間たち2

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:34

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,462pt お気に入り:156

処理中です...