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~ 最終章 されど御曹司は ~
SAIL AWAY⑤
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ミーティングルームは防音になっているし、廊下に人の気配はなかったが、それでも玲旺は声のトーンをやや落とした。
「親父に俺たちのこと話したんだ。それで、認めて貰えた」
用心を重ね、詳細は一切省いた曖昧な言い方をしたが、どうやら氷雨には伝わったらしい。
氷雨は顎を乗せていた手をゆっくりと外し、赤い目を見開いた。
「……いつ話したの」
「ついさっき」
「それで、無事に認めて貰えたのね」
「うん」
感極まったように吐息を震わせ、氷雨が両手で口元を覆う。「良かったねぇ」と、まるで自分のことのように喜んでくれる氷雨を見て、玲旺も嬉しさがこみ上げた。
ありがとうと答えた瞬間じわっと目が潤んでしまい、瞬きで誤魔化そうとしたら睫毛の先が僅かに濡れた。
藤井はその様子を微笑ましそうに眺めていたが、喜びを分かち合う玲旺と氷雨の横で、久我は少しだけ申し訳なさそうに口を開く。
「それで、その。氷雨に謝らないといけないことがあるんだけど」
感動的なムードから一転して「謝らないと」と告げられ、氷雨は何を切り出されるのかと身構えた。
「えっ、何。こわい」
怯えるような氷雨に対し、忙しいのは重々承知しているけど、と前置きしてから久我が言い難そうに話し始める。
「交渉材料に、お前を使ったんだ。ごめん。近いうちに、フォーチュンと正式にコラボするかもしれない。期間限定になるかレギュラー商品になるかはまだわからないけど」
久我の発言内容を咀嚼しているのか、氷雨が天井を見上げ、三秒ほど黙り込んだ。
「……それって、前にちょこっと話してたバリキャリ向けのやつじゃなくて?」
フォーチュンとのコラボは、どれだけ記憶を探っても初耳の案件だったのだろう。仕事量が増える予感がした氷雨が、僅かに身を引いた。
「ああ、それじゃなくて、また別の」
どんな無理難題を押し付けられるんだと、氷雨が不安そうに眉を寄せる。久我がそれを払拭するように、大丈夫だと口にした。
「心配するな、無理はさせない。むしろお前にとっても良い話だぞ」
「えー。ほんとにぃ?」
疑うように半眼で睨む氷雨に、久我は自信ありげに微笑んだ。
「フォーチュンの潤沢な資金を使って、イブニングドレスや高級スーツのデザインをやってみないか。晩餐会に出席できるくらいの、とびきりゴージャスなやつ」
「なにそれ、作りたい!」
それまで座っていた氷雨が、ガタンと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がる。
「えっ、えっ。それって、超セレブ向けってこと? 予算気にしなくていいの?」
「もちろん。シルクでもヴァージンウールでも、使いたい素材を使えばいい。予算は俺が責任を持って取って来るから」
わぁっと興奮した氷雨が、自分の両頬を抑えて恍惚の表情を浮かべた。
「絶対だよ。嘘吐いたら針千本飲ますからね」
欲しい玩具を買ってもらう約束を取り付けた子どものように、氷雨が久我に念を押す。
「約束は必ず守るよ」
久我が頼もしく答えると、氷雨は目を輝かせて「やったぁ」と歓喜の声を上げた。機嫌よく引き受けてくれた様子を見て、久我は安堵したようにホッと胸を撫で下ろす。
鼻歌交じりで再び着席し、残りの仕事を片付けようとした氷雨が、「あっ」と何かを思い出して鞄の中身を漁りだした。
「そうだ、緑川先生から書類を預かってたんだ。忘れる所だった」
表書きが何もない、白い大きめの封筒を久我に向かって差し出す。久我も承知しているのか、「ああ、あの件か」とすんなり受け取った。
「あの件って、なんの件?」
不思議そうに尋ねた玲旺に、氷雨が「ナイショ」と含みを持たせた言い方をし、人差し指を唇にあてた。
「親父に俺たちのこと話したんだ。それで、認めて貰えた」
用心を重ね、詳細は一切省いた曖昧な言い方をしたが、どうやら氷雨には伝わったらしい。
氷雨は顎を乗せていた手をゆっくりと外し、赤い目を見開いた。
「……いつ話したの」
「ついさっき」
「それで、無事に認めて貰えたのね」
「うん」
感極まったように吐息を震わせ、氷雨が両手で口元を覆う。「良かったねぇ」と、まるで自分のことのように喜んでくれる氷雨を見て、玲旺も嬉しさがこみ上げた。
ありがとうと答えた瞬間じわっと目が潤んでしまい、瞬きで誤魔化そうとしたら睫毛の先が僅かに濡れた。
藤井はその様子を微笑ましそうに眺めていたが、喜びを分かち合う玲旺と氷雨の横で、久我は少しだけ申し訳なさそうに口を開く。
「それで、その。氷雨に謝らないといけないことがあるんだけど」
感動的なムードから一転して「謝らないと」と告げられ、氷雨は何を切り出されるのかと身構えた。
「えっ、何。こわい」
怯えるような氷雨に対し、忙しいのは重々承知しているけど、と前置きしてから久我が言い難そうに話し始める。
「交渉材料に、お前を使ったんだ。ごめん。近いうちに、フォーチュンと正式にコラボするかもしれない。期間限定になるかレギュラー商品になるかはまだわからないけど」
久我の発言内容を咀嚼しているのか、氷雨が天井を見上げ、三秒ほど黙り込んだ。
「……それって、前にちょこっと話してたバリキャリ向けのやつじゃなくて?」
フォーチュンとのコラボは、どれだけ記憶を探っても初耳の案件だったのだろう。仕事量が増える予感がした氷雨が、僅かに身を引いた。
「ああ、それじゃなくて、また別の」
どんな無理難題を押し付けられるんだと、氷雨が不安そうに眉を寄せる。久我がそれを払拭するように、大丈夫だと口にした。
「心配するな、無理はさせない。むしろお前にとっても良い話だぞ」
「えー。ほんとにぃ?」
疑うように半眼で睨む氷雨に、久我は自信ありげに微笑んだ。
「フォーチュンの潤沢な資金を使って、イブニングドレスや高級スーツのデザインをやってみないか。晩餐会に出席できるくらいの、とびきりゴージャスなやつ」
「なにそれ、作りたい!」
それまで座っていた氷雨が、ガタンと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がる。
「えっ、えっ。それって、超セレブ向けってこと? 予算気にしなくていいの?」
「もちろん。シルクでもヴァージンウールでも、使いたい素材を使えばいい。予算は俺が責任を持って取って来るから」
わぁっと興奮した氷雨が、自分の両頬を抑えて恍惚の表情を浮かべた。
「絶対だよ。嘘吐いたら針千本飲ますからね」
欲しい玩具を買ってもらう約束を取り付けた子どものように、氷雨が久我に念を押す。
「約束は必ず守るよ」
久我が頼もしく答えると、氷雨は目を輝かせて「やったぁ」と歓喜の声を上げた。機嫌よく引き受けてくれた様子を見て、久我は安堵したようにホッと胸を撫で下ろす。
鼻歌交じりで再び着席し、残りの仕事を片付けようとした氷雨が、「あっ」と何かを思い出して鞄の中身を漁りだした。
「そうだ、緑川先生から書類を預かってたんだ。忘れる所だった」
表書きが何もない、白い大きめの封筒を久我に向かって差し出す。久我も承知しているのか、「ああ、あの件か」とすんなり受け取った。
「あの件って、なんの件?」
不思議そうに尋ねた玲旺に、氷雨が「ナイショ」と含みを持たせた言い方をし、人差し指を唇にあてた。
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