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◇第1章 裸の王様◇
人気者のお手本みたい②
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「自己紹介がまだだったな。俺は久我要。今年で社会人六年目、ギリギリ二十代。桐ケ谷は?」
「何が?」
「自己紹介だよ」
「桐ケ谷玲旺、二十二歳。知ってんだろ?」
舌打ちしながら渋々答えると、久我が端正な顔を歪ませ眉間の皺を深めた。
「舌打ち禁止。あと、そんな言葉遣い外でするなよ。恥をかくのはお前だけじゃない。俺たち営業は、フォーチュンの看板背負って外に出てるんだからな。自覚しろ」
久我の厳しい物言いに、叱られ慣れていない玲旺は一瞬怯む。ただ、「俺たち営業は」と言ってくれた事が、社長令息ではなくただの社員として扱ってもらえたようで嬉しかった。
「ハイハイ、客の前では行儀良くしてりゃいいんだろ。わかってるよ」
「ホントかよ、不安だなぁ。今から行く所は、渋谷にあるセレクトショップだ。新事業の一環で、若い世代にも客層を広げるために売り込み中なんだ。ここに置いてもらえれば、フォーチュンの評価が確実に上がる。何度も猛アタックしてるけど、なかなか厳しくてね。今日持参する商品を気に入って貰えるといいんだけど」
「そんなに凄いところなの?」
「ああ、行けば解る」
真っ直ぐ前を見据えながら話す久我の顔は真剣だったが、どこか楽しそうでもあった。
久我の後に続いて乗り込んだエレベーターの行き先階は、地下一階を示している。
降りるとそこは地下駐車場で、湿気と埃っぽい匂いに玲旺は顔をしかめた。
薄暗い通路に、コツコツと二人の足音が響く。
玲旺はいつもエントランスに出れば車寄せに車が待っているのが当たり前だったので、駐車場に来たことなど初めてだった。柱にアルファベットと番号が表示されているが、似たような景色が続いて迷いそうで怖い。
はぐれないよう懸命に後を追ったが、久我が社名の入った営業用の軽ボンネットバンに乗り込んでしまい、どうしていいかわからず立ち尽くした。
運転席の久我がエンジンをかけながら、怪訝そうに玲旺を手招きする。
「何してんだ。早く乗れよ」
「俺、ドアの開け方わかんない」
「嘘だろ」と久我が運転席から手を伸ばし、内側から助手席のドアを開けたが、それでも玲旺は動けずに驚いた表情で固まる。
「ここに乗るのかよ……」
「何言ってんのお前。後ろに座るつもりだったの? 俺はお前のお抱え運転手じゃないからな。ほら、さっさと乗れ。置いて行くぞ」
不安そうな顔で助手席に乗り込み、ドアを閉めたが力加減が解らず「もう一回、ちゃんと閉めて」とやり直しさせられた。
久我と出会ってからわずかな時間で、人生未経験の出来事が次から次へと起こった。狭い軽自動車ではダッシュボードに膝が当たって足を伸ばすことすらままならず、玲旺は憂鬱そうにため息を吐く。見かねた久我はシートを後ろに下げる方法を教えたが、上手く出来ずに結局そのまま我慢した。
暫くすると目的地周辺に着いたようで、久我はビルの谷間にある狭いコインパーキングにスルスルと器用に車を停めた。
「お前、本当に仕方ないなぁ」
エンジンを切った後、久我は苦笑いしながら運転席で体をひねり、玲旺の座るシートに手を伸ばす。片手はヘッドレストを掴み、もう片方の手を玲旺の足の間に突っ込んだ。久我が覆いかぶさるような形になったので、玲旺はギョッとして身を縮める。久我が足の間にあるレバーを引くと、ガクンと揺れてシートが後ろにスライドした。
「どう? これでもう辛くないだろ」
そう尋ねる久我の声と瞳があまりにも優しくて、玲旺は返事も忘れて思わず見入ってしまった。久我は不思議そうに、玲旺の茶色い瞳を見つめ返す。
「どうした、顔が赤いぞ。車酔い?」
「ちっげーよ! 早くどけよ。降りらんねーだろ」
「またそんな言葉遣いをする」
やれやれと首を振りながら、久我が車から降りた。玲旺は跳ねる心臓を押さえ、「何でこんなことくらいで」と、大きく息を吸う。
久我の前では、どういう訳だかいつもの自分でいることが難しかった。
「何が?」
「自己紹介だよ」
「桐ケ谷玲旺、二十二歳。知ってんだろ?」
舌打ちしながら渋々答えると、久我が端正な顔を歪ませ眉間の皺を深めた。
「舌打ち禁止。あと、そんな言葉遣い外でするなよ。恥をかくのはお前だけじゃない。俺たち営業は、フォーチュンの看板背負って外に出てるんだからな。自覚しろ」
久我の厳しい物言いに、叱られ慣れていない玲旺は一瞬怯む。ただ、「俺たち営業は」と言ってくれた事が、社長令息ではなくただの社員として扱ってもらえたようで嬉しかった。
「ハイハイ、客の前では行儀良くしてりゃいいんだろ。わかってるよ」
「ホントかよ、不安だなぁ。今から行く所は、渋谷にあるセレクトショップだ。新事業の一環で、若い世代にも客層を広げるために売り込み中なんだ。ここに置いてもらえれば、フォーチュンの評価が確実に上がる。何度も猛アタックしてるけど、なかなか厳しくてね。今日持参する商品を気に入って貰えるといいんだけど」
「そんなに凄いところなの?」
「ああ、行けば解る」
真っ直ぐ前を見据えながら話す久我の顔は真剣だったが、どこか楽しそうでもあった。
久我の後に続いて乗り込んだエレベーターの行き先階は、地下一階を示している。
降りるとそこは地下駐車場で、湿気と埃っぽい匂いに玲旺は顔をしかめた。
薄暗い通路に、コツコツと二人の足音が響く。
玲旺はいつもエントランスに出れば車寄せに車が待っているのが当たり前だったので、駐車場に来たことなど初めてだった。柱にアルファベットと番号が表示されているが、似たような景色が続いて迷いそうで怖い。
はぐれないよう懸命に後を追ったが、久我が社名の入った営業用の軽ボンネットバンに乗り込んでしまい、どうしていいかわからず立ち尽くした。
運転席の久我がエンジンをかけながら、怪訝そうに玲旺を手招きする。
「何してんだ。早く乗れよ」
「俺、ドアの開け方わかんない」
「嘘だろ」と久我が運転席から手を伸ばし、内側から助手席のドアを開けたが、それでも玲旺は動けずに驚いた表情で固まる。
「ここに乗るのかよ……」
「何言ってんのお前。後ろに座るつもりだったの? 俺はお前のお抱え運転手じゃないからな。ほら、さっさと乗れ。置いて行くぞ」
不安そうな顔で助手席に乗り込み、ドアを閉めたが力加減が解らず「もう一回、ちゃんと閉めて」とやり直しさせられた。
久我と出会ってからわずかな時間で、人生未経験の出来事が次から次へと起こった。狭い軽自動車ではダッシュボードに膝が当たって足を伸ばすことすらままならず、玲旺は憂鬱そうにため息を吐く。見かねた久我はシートを後ろに下げる方法を教えたが、上手く出来ずに結局そのまま我慢した。
暫くすると目的地周辺に着いたようで、久我はビルの谷間にある狭いコインパーキングにスルスルと器用に車を停めた。
「お前、本当に仕方ないなぁ」
エンジンを切った後、久我は苦笑いしながら運転席で体をひねり、玲旺の座るシートに手を伸ばす。片手はヘッドレストを掴み、もう片方の手を玲旺の足の間に突っ込んだ。久我が覆いかぶさるような形になったので、玲旺はギョッとして身を縮める。久我が足の間にあるレバーを引くと、ガクンと揺れてシートが後ろにスライドした。
「どう? これでもう辛くないだろ」
そう尋ねる久我の声と瞳があまりにも優しくて、玲旺は返事も忘れて思わず見入ってしまった。久我は不思議そうに、玲旺の茶色い瞳を見つめ返す。
「どうした、顔が赤いぞ。車酔い?」
「ちっげーよ! 早くどけよ。降りらんねーだろ」
「またそんな言葉遣いをする」
やれやれと首を振りながら、久我が車から降りた。玲旺は跳ねる心臓を押さえ、「何でこんなことくらいで」と、大きく息を吸う。
久我の前では、どういう訳だかいつもの自分でいることが難しかった。
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