されど御曹司は愛を知る

雪華

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◇第1章 裸の王様◇

現実は生々しい

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「これなのですが」

 言いながら空港職員が段ボールを勢いよく机に置いた。かなりの重量があるようで、会議用テーブルが衝撃で揺れる。中には人気商品である、繊細な花刺繍が施されたチュールスカートがぎっしりと詰め込まれていた。その一枚を手に取って、玲旺は眉間に皺を寄せる。

「何でウチの商品が海外から輸入されたんです?」

 玲旺が質問すると、商品を受け取るはずだった業者はほとほと参ったように頭を掻いた。

「海外のショップがフォーチュンの人気商品を買い占めたけど、捌ききれないから安く譲ってくれると言う話で……」

 一見すると本物のように見えたが、心なしか刺繍が雑なようにも感じられた。しかし決定的にどこかが駄目という訳でもなく、判断に悩む。 
 話を聞く限り胡散臭いし、だったら送り返してしまえば良いと考え浮かんだが、人気の品薄商品で今が売り時なのは玲旺も知っていた。
 万が一、本物だった場合このタイムロスは非常に痛く、時期がズレればもう売れなくなる。
 社に持ち帰って確認したいところだが、偽物の可能性があるものを空港の外に持ち出すことは出来なかった。

 だからこそ、営業部はこの状況でも的確な判断が下せる、久我に頼ろうとしたのだ。経験不足の新入社員などお呼びではない。そんなことに気付いても、もう後の祭りだ。

「どうでしょう?」

 職員に問われても、玲旺は答えられずに固まった。スカートを手に取ったまま唇を噛みしめる。職員の視線が刺さり、冷や汗が額に滲んだ。

「本物ですよね? 本物でしょう?」

 仕入れてしまった業者が必死に訴える。これが偽物だったら大損で、死活問題なのだろう。
 玲旺の肩に責任がズシリとのしかかった。
 偽物のような気がする。けれど、それを口に出来るほどの自信がない。

 この場に来るまでは、久我に一泡吹かせる事だけを考えていた。
 だけど現実はそれどころではないと思い知る。業者の悲壮感漂う目と息遣いが玲旺を追い詰め、生活が懸かっているという生々しさを肌で感じて怖くなった。
 適当に本物だと言ってしまえば楽になれるが、結果次第ではフォーチュンを貶める事になる。偽物が世に出回ることだけは避けたい。

 この場に意気揚々と一人で乗り込んでしまった自分の浅はかさに眩暈がした。
 静まり返った部屋で、玲旺が口を開く。

「すみません。自分では判断しかねるので、上司を呼びます」

 指先も声も震えていた。啖呵を切ってしまった手前バツが悪いが、久我に頭を下げよう。意地を張っている場合ではない。そう思ってスマホを取り出し、藤井に聞いておいた久我の番号をタップする。しかし呼び出し音が虚しく鳴り続けるだけで、一向に出る気配がなかった。

「頼む、出てくれよ……」

 祈るような気持ちで呟くと、廊下で着信音が鳴っていることに気が付いた。音は徐々に近づき、部屋の前で止まると次の瞬間、扉がノックされる。

「すみません、遅くなりました」

 扉に視線が集まる中、そこに姿を現したのは久我だった。余程急いで来たのか、髪は乱れ肩で息をしている。
 玲旺は机に手をついて、体の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになるのをこらえた。久我が玲旺の背中を励ますように叩く。

「勝手な判断をせずによく耐えたな」
「何で、ここに?」
「藤井の留守電を聞いた。それより、商品はこれか?」

 頷きながら玲旺が商品を差し出す。久我が刺繍や縫製を確認し、最後にファスナー部分を見て「ああ」と低く唸った。

「偽物です」
「そんな! もっとちゃんと調べてください」
 
 業者が納得いかないように食って掛かると、久我は鞄から資料を取り出し、商品画像と手にしたスカートのファスナー部分を並べて示した。

「我が社の製品には全て、ファスナーの持ち手部分に四葉のクローバー模様が刻まれているんです。良く似せていますが、この商品の模様は本物と少し違います」

 決定的な事実に業者は落胆し、職員は今後の事務的な手続きを淡々と説明し始める。
 玲旺はこれで終わったのかと、糸の切れた人形のようにパイプ椅子にストンと腰を落とした。背中は冷や汗で湿っていたが、口の中はカラカラに乾いている。
 ほっとしながら久我に目をやると、なにやら難しい顔で電話をしていた。

「ええ、他から輸入されたコピー商品が既に税関をすり抜けている可能性もあります。四葉入りファスナー単体での大口注文は断って頂けますか。ファスナーを本物に交換されたら、紛い品と見分けるのが益々困難になってしまう」

 ぐったりして机に突っ伏していた玲旺は、そのやり取りを聞いて背筋を伸ばした。まだ終わってはいないのだ。久我はもう、コピー商品が更に精度を上げないよう先手を打っている。ファスナー会社に、フォーチュン特注のファスナーを他に販売しないよう根回ししていた。

「こちらからも、業界に注意喚起のアナウンスを流します。代理店にも情報を共有して頂くようお願いしますね」

 税関職員の一人が「さすがだなぁ」と呟いたのを聞いて、誇らしい気持ちになった。それと同時に、なぜか焦燥感に駆られて苦しくもなった。経験も知識も遥に上回る久我への嫉妬からかと思ったが、それは少し違うような気がする。むしろ今では教えを乞いたいとさえ思っているのに。ならばこの急き立てられるような、焦がれるような想いは何なのだろう。

「俺たちは社に戻るぞ」

 電話を終えた久我に言われ、玲旺は椅子から立ち上がった。
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