されど御曹司は愛を知る

雪華

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◇第2章 人の上に立つ素質◇

格の違いを見せつけろ①

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「そんな女装させられて、よくヘラヘラ笑ってられんな。みっともない、社員が泣くぞ」

 挑発だとしたら、なんてお粗末なんだろうと玲旺は深く息を吐いた。それでも以前の自分だったら、簡単にこの挑発に乗って「うるせえ黙れ」位のことは言い返していたかもしれない。

ーーだけど今は、正しい抗議の仕方を知っている。

「みっともないなんて思いませんよ。お客様が実際にスカートの動きを知りたいと考えるのは理解できますし、この服を着こなせるのは、この場に自分しかいなかった。それだけの事です」

 この上ない営業スマイルを浮かべ、玲旺は言ってのけた。紅林が赤い顔で拳を握り締め、震えている。玲旺は畳みかけるように続けた。

「社員を泣かせるつもりは毛頭ありません。それよりも、この日の為に準備をしてきた社員達のチャンスを奪う方が、よっぽど恥ずかしいと思います」

 スカート姿じゃ迫力不足かなぁと思いながらも、玲旺は少しでも堂々として見えるよう、精一杯胸を張る。

「お、お前はイチイチ客の言うこと、なんでも聞くのかよ。お客様は神様ですってか。チャンスだって? 実績もなさそうな、こんな客でも?」

 周囲にいるのはただの野次馬じゃない。未来のお得意様かもしれない。そんな状況なのに、なぜ彼はこうも口汚く罵れるのだろうと眉をしかめた。そしてハッとした。状況は違えど、氷雨に暴言を吐いた自分は、周囲の目には今の紅林のように映っていたかもしれない。

 そう考えたらゾッとして、益々冷静になる。

「何でも言うことを聞くわけではありませんよ。理不尽な要求には、もちろん毅然とした態度で臨ませていただきます」

 キッパリ言い切った玲旺の隣で、巻き込まれた形になった先ほどの女性客は肩を揺らして笑いだした。

「実績もなさそうな『こんな客』かぁ」

 参ったね、と言いながら少しも参ってなさそうに笑い、名刺入れをカバンから取り出す。

「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。私、東京服飾桜華おうか大学の学長を務めます、緑川と申します。再来年度から付属の高等部に芸能コースを創設する事になってね。折角だから制服もリニューアルしたいと思って、素敵なデザインのものを探していたの」

 桜華大学の学長だと告げた瞬間、成り行きを見守っていた野次馬達がどよめいた。どうやら学長の顔までは業界人でも把握していなかったようだ。再び吉田が玲旺の耳元に顔を寄せる。

「日本で最高峰の服飾専門大学ですよ。学問で言ったら東大。美術や音楽だったら藝大。服飾なら桜華大。そんな一流校です。学長のお顔までは存じ上げておりませんでしたが」

 海外生活が長かった玲旺は大学の名前を聞いてもピンとこなかったが、どうやら現在世界で活躍する服飾関係者の約七割は、桜華大の卒業生らしい。そんな事を耳打ちされながら、玲旺は緑川から差し出された名刺に視線を落とした。

「フォーチュンには我が校の卒業生が何人もお世話になっているの。それにね、こんなドラマチックな出会いは大切にしたいわ」

 クスッと緑川が笑う。「ドラマチックか。確かに」と思いながら、玲旺も名刺入れを取り出そうと懐に手を入れる。ジャケットの内ポケットを探ってから、スーツを着ていなかったことを思い出した。

「桐ケ谷くんっ、これ!」
「ありがとう、鈴木さん」

 脱いだスーツを慌てて持ってきてくれた鈴木からジャケットを受け取り、改めて名刺を差し出すと、緑川は柔らかい眼差しで玲旺を見た。

「あなたは、ここにいる社員の名前をちゃんと憶えているのね」
「えっ? 当然覚えておりますよ。今日まで一緒に準備して参りましたから」
「そう、準備から一緒に。いえね、あちらの御曹司は、スタッフを『おい』とか『そこのヤツ』なんて呼んでいたから。あなたが名前で呼んでいるのを見て、ちょっと安心したの」

 そう言いながら、緑川は視線を紅林に移した。
 彼は今頃になって周囲から冷ややかな目で見られていることに気付いたようで、真っ青な顔で立ち尽くしている。

「このデザインのまま制服と言う訳にもいきませんよね。詳しいお話は商談スペースで久我にお願いいたします。こちらへどうぞ」
「ありがとう。今日一番の収穫は、あなたに会えたことかもしれないわね。フォーチュンは今後、ますます目が離せなくなりそうだわ」

 恐縮です、と照れくさそうに玲旺は目を伏せる。玲旺から引き継ぐように緑川を迎えた久我が、すれ違う瞬間「よくやった」と小声で囁いた。玲旺が顔を上げると、後は任せろと言うように久我は力強く頷いて見せる。

 嬉しくて顔の筋肉が緩んでしまうのを両手で押さえながら、玲旺は隣のスペースに移動した。着替えている最中も、達成感と充実感で気が狂いそうな程だった。

「やぁねぇ。顔に出ちゃってるわよ、『仕事が楽しくて仕方ない』って」

 誰もいないはずのスペースで急に声を掛けられて、玲旺はスーツのスラックスに片足を突っ込んだまま顔を上げた。
「ご馳走様ぁ」と妖しく微笑む氷雨の姿がそこにあって、玲旺は急いでスラックスを引き上げる。

「な、な、何してるんだよ!」

 顔を赤らめて警戒するように睨む玲旺に、氷雨は人差し指を唇にあてて「しーっ」と静かにするよう促した。

「お隣の商談を邪魔しちゃ悪いわ」

 氷雨がチラッと視線を横へ向ける。確かにここで言い合う訳にいかないと思い、玲旺はネクタイを締め直してスペースから出た。先に出ていた氷雨はラックにかかった服を一点一点吟味しながら、玲旺を手招きする。

「今回のブースのレイアウト、良い趣味ね。凄く好き。桐ケ谷クンが担当したんだって?」
「ありがとうございます。氷雨さんのお店の内装も素敵ですよね。アンティークと流行の融合、参考にさせて頂きました」
「あらあら、僕たちやっぱり気が合うね。付き合っちゃう?」

 それには答えず、目を逸らして嫌そうな顔をする玲旺に氷雨はクスクス笑う。
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