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◇第2章 人の上に立つ素質◇
熾烈な戦場②
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「じゃあ、あなたが着てみてくれない?」
「えっ、俺……じゃなくて、私がですか?」
「そう」
言いながら女性は木製のハンガーラックから服を物色し始める。
「これとこれに……これを合わせてみてくれる?」
差し出された女性物のスカートを見て玲旺はギョッとした。見かねた鈴木が申し出る。
「恐れ入ります。もし差支えがなければ、私が試着してもよろしいでしょうか」
「うーん。ありがとう、でもごめんなさいね。残念だけどあなたじゃ背が足りないわ。大丈夫よ。その子なら、顔は中性的だし女性物を着てもイメージは掴めるから」
そういう事じゃないんだけどな、と思いながら助けを求めるように玲旺は久我の姿を探す。こんなに強引な要求を躊躇いもせずにするなんて、もしかしたらファッション業界で名のある人なのだろうか。
玲旺はブースの奥、壁際に立つ久我を見つける。久我は腕組みをしたままこちらを眺めるだけで、助け舟を出してくれる気配はない。「フォローするって言ったくせに」と心の中で毒づきながら、玲旺は女性に視線を戻した。
もし大手のバイヤーだったり、雑誌の記者だったりしたら粗相するわけにはいかないな。
そう考えた瞬間「いや、違うだろう」と玲旺は首を振った。例えこの人が無名の小さなショップ店員だったとしても、実際に歩いた時の服の動きを知りたいと思うのは、正当な要求だし、叶えてあげたい。
「着替えて参りますので、少々お待ちいただけますか」
「ええ。ありがとう、お願いしますね」
玲旺の返答に鈴木は目を剥いたが、玲旺は女性から服を受け取ると誰もいない商談スペースへと移動した。ここならパーテーションで区切られているので、問題なく着替えられそうだ。
トビー素材の白いワイシャツに袖を通し、ミモレ丈のフレアスカートを穿く。ウエストのサイズは全く問題ないが、足がスース―して違和感しかない。丈が短めのジャケットを羽織った瞬間、クスクス笑っている久我の気配を感じて、玲旺は思い切り顔をしかめながら振り返った。
「嘘つき」
「ん? フォローがいる場面だった?」
「あの女性、有名人か何かですか」
「さあ、誰だろうね。有名人じゃなかったら引き受けなかった?」
「受けますよ。顧客候補には変わりないんだし」
玲旺の答えに久我が満足げにほほ笑む。その様子を見て、ああ自分は間違っていなかったんだなと確信した。同時に「試しやがって」と言う気持ちも沸いて、玲旺は頬を膨らませる。
玲旺の心情を察したのか、久我は苦笑いしながら箱からパンプスを取り出し、玲旺の足元に置いた。
「お待たせしました」
風を切るように堂々とブースを横切る玲旺に、通路を行き交う人々から小さなどよめきが起きた。歩く度にタックの入ったフレアスカートがふんわりと優雅に揺れる。女性は「ほぉ」と感嘆の声をあげて目を細めた。
「綺麗なシルエットね。ジャケットも素敵だわ。申し訳ないけど、その場でクルっと回って頂けるかしら」
「かしこまりました」
言われた通りに軽やかに回って見せると、うっとり見惚れるようなため息が周囲に広がった。
「素敵ね」と言う声に混じって、「そのまま三回まわって『ワン』って言ってみたら?」と言う男の声が聞こえて、玲旺はそちらに目をやる。
高そうな海外ブランドのスーツを身にまとった男が、ニヤニヤ笑いながら見下したような視線を玲旺に送っていた。
「フォーチュンの跡取りはプライドが無いのかよ。契約取る為に必死で尻尾振っちゃってさぁ。見てらんないね」
口の端だけ上げた品のない笑い方をして、男が大袈裟に肩をすくめて見せた。玲旺は怒りよりも先に「はて、俺は何で見知らぬ馬鹿に喧嘩を売られているのだろうか」とキョトンとしながら首を傾げる。
吉田がスッと玲旺の背後に回り、小声で「ジョリーの社長令息、紅林です」と告げ、なるほどと納得した。
「あら。あなたフォーチュンの跡取りだったの」
玲旺に試着を勧めた女性は、大きく瞬きを二回した。
「ええ、以後お見知りおきを」
満面の笑みで玲旺が答える。せっかく嫌味を言ったのに大して効いていないのが気に入らなかったのか、紅林が思い切り舌打ちをした。
「えっ、俺……じゃなくて、私がですか?」
「そう」
言いながら女性は木製のハンガーラックから服を物色し始める。
「これとこれに……これを合わせてみてくれる?」
差し出された女性物のスカートを見て玲旺はギョッとした。見かねた鈴木が申し出る。
「恐れ入ります。もし差支えがなければ、私が試着してもよろしいでしょうか」
「うーん。ありがとう、でもごめんなさいね。残念だけどあなたじゃ背が足りないわ。大丈夫よ。その子なら、顔は中性的だし女性物を着てもイメージは掴めるから」
そういう事じゃないんだけどな、と思いながら助けを求めるように玲旺は久我の姿を探す。こんなに強引な要求を躊躇いもせずにするなんて、もしかしたらファッション業界で名のある人なのだろうか。
玲旺はブースの奥、壁際に立つ久我を見つける。久我は腕組みをしたままこちらを眺めるだけで、助け舟を出してくれる気配はない。「フォローするって言ったくせに」と心の中で毒づきながら、玲旺は女性に視線を戻した。
もし大手のバイヤーだったり、雑誌の記者だったりしたら粗相するわけにはいかないな。
そう考えた瞬間「いや、違うだろう」と玲旺は首を振った。例えこの人が無名の小さなショップ店員だったとしても、実際に歩いた時の服の動きを知りたいと思うのは、正当な要求だし、叶えてあげたい。
「着替えて参りますので、少々お待ちいただけますか」
「ええ。ありがとう、お願いしますね」
玲旺の返答に鈴木は目を剥いたが、玲旺は女性から服を受け取ると誰もいない商談スペースへと移動した。ここならパーテーションで区切られているので、問題なく着替えられそうだ。
トビー素材の白いワイシャツに袖を通し、ミモレ丈のフレアスカートを穿く。ウエストのサイズは全く問題ないが、足がスース―して違和感しかない。丈が短めのジャケットを羽織った瞬間、クスクス笑っている久我の気配を感じて、玲旺は思い切り顔をしかめながら振り返った。
「嘘つき」
「ん? フォローがいる場面だった?」
「あの女性、有名人か何かですか」
「さあ、誰だろうね。有名人じゃなかったら引き受けなかった?」
「受けますよ。顧客候補には変わりないんだし」
玲旺の答えに久我が満足げにほほ笑む。その様子を見て、ああ自分は間違っていなかったんだなと確信した。同時に「試しやがって」と言う気持ちも沸いて、玲旺は頬を膨らませる。
玲旺の心情を察したのか、久我は苦笑いしながら箱からパンプスを取り出し、玲旺の足元に置いた。
「お待たせしました」
風を切るように堂々とブースを横切る玲旺に、通路を行き交う人々から小さなどよめきが起きた。歩く度にタックの入ったフレアスカートがふんわりと優雅に揺れる。女性は「ほぉ」と感嘆の声をあげて目を細めた。
「綺麗なシルエットね。ジャケットも素敵だわ。申し訳ないけど、その場でクルっと回って頂けるかしら」
「かしこまりました」
言われた通りに軽やかに回って見せると、うっとり見惚れるようなため息が周囲に広がった。
「素敵ね」と言う声に混じって、「そのまま三回まわって『ワン』って言ってみたら?」と言う男の声が聞こえて、玲旺はそちらに目をやる。
高そうな海外ブランドのスーツを身にまとった男が、ニヤニヤ笑いながら見下したような視線を玲旺に送っていた。
「フォーチュンの跡取りはプライドが無いのかよ。契約取る為に必死で尻尾振っちゃってさぁ。見てらんないね」
口の端だけ上げた品のない笑い方をして、男が大袈裟に肩をすくめて見せた。玲旺は怒りよりも先に「はて、俺は何で見知らぬ馬鹿に喧嘩を売られているのだろうか」とキョトンとしながら首を傾げる。
吉田がスッと玲旺の背後に回り、小声で「ジョリーの社長令息、紅林です」と告げ、なるほどと納得した。
「あら。あなたフォーチュンの跡取りだったの」
玲旺に試着を勧めた女性は、大きく瞬きを二回した。
「ええ、以後お見知りおきを」
満面の笑みで玲旺が答える。せっかく嫌味を言ったのに大して効いていないのが気に入らなかったのか、紅林が思い切り舌打ちをした。
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