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◇第2章 人の上に立つ素質◇
熾烈な戦場①
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展示会が開催されるのは、海辺の大きなイベント会場だった。
広い展示ホールにはアパレルだけでなく、バッグや靴、生地や素材など世界中から集まったあらゆる業者のブースがぎっしりと並ぶ。様々なブランドが、一小間三メートル四方のスペースにそれぞれ思い思いの工夫を凝らして出店していた。お祭りムードの中にもピリッとした緊張感があり、久我が熾烈な戦場と表現していたことを玲旺は思い出す。
まだ五月だが、ディスプレイされる商品はどこのブースも秋冬向けの物だった。トルソーの衣装を整えながら「緊張してきた」と、吉田が情けないほど眉を下げる。
「大丈夫ですよ。吉田さん、俺よりずっと知識あるし、商品の説明も上手ですし」
新しいブランドの顔としてブースの前面に立つ玲旺は、誰よりも緊張しそうな立場だったが案外ケロッとしていた。
「そういう所、流石だなぁ。生まれながらの心臓の強さと言うか、人の上に立つ才能を遺伝子レベルで受け継いでると言うか。羨ましい」
吉田が胃の辺りをさする。玲旺は「そうかな?」と首を傾げながら、トルソーが着ているジャケットの袖を意味もなく摘まんだ。
「でも頼もしいよね。うちの会社は今後も安泰だなって思えるもん。今回のブースレイアウトも、桐ケ谷くんの案、大正解だよ。さっき会場を偵察してきたけど、ここのブースは一際目立ってるよ」
販売部から来た助っ人との打ち合わせが一段落した鈴木が微笑んだ。玲旺は照れながら、自分たちのスペースを改めて見回す。
フォーチュンのブースは二小間を使用したので、他より広々としていた。玲旺は案内状の童話のようなイメージを生かし、スペースの壁を全て木目調にしようと提案した。そしてブースの中央に一点だけ、今期もっとも力を入れているコーディネートのトルソーを置く。何体も置くと雑然としてしまい、かえって人の目に留まりにくいのではないかと考えたのだ。
その他の服を吊るすためのハンガーラックは童話のイメージを壊さないよう木製にし、ブースの入り口にアンティークの革トランクを広げ、その中に小物を飾った。
やがて開場を知らせるアナウンスがホールに流れ、自然と拍手が沸き起こる。そこからはあっという間だった。すぐに会場内は人で埋め尽くされ、熱気と殺気に圧倒されそうになる。
怯みそうになった玲旺の隣に並んだ久我が、「桐ケ谷」と、そっと耳打ちした。
「直ぐにでも商談したそうな企業は、奥のスペースに案内してくれ。今日は無理でも後日商談に発展しそうな所の名刺は必ず貰うんだぞ。オーダーシートを渡すのを忘れるなよ。顧客になる気がないのに御曹司の名刺を貰いたいだけのミーハーな奴には『名刺を切らしているので』と言って渡さなくていいからな」
「そんなの見分けられる自信ないです」
「勘でいいよ。フォローするから心配するな」
ポンと玲旺の肩に手を置いて、久我は励ますように笑顔を向けた。玲旺も素直に頷く。
フォーチュンのブースは盛況だった。
目玉商品を一点に絞ったことでメッセージがより強調され、森の隠れ家風なレイアウトも相まって、通行人の目を良く引いた。玲旺は何人ものバイヤーに展示品についての質問をされたが、内心冷や汗をかきながらも上手く受け答えが出来てほっと胸を撫で下ろす。
商談スペースには得意先の百貨店も訪れ、個人からのオーダーも次々入った。
「学園祭みたいで楽しい。なんて言ったら、学生気分じゃ困るって怒られちゃうかな」
肩をすくめた鈴木の言葉に、玲旺はうーんと考えるような、曖昧な笑みを返す。
「俺、学園祭って出たことなくて。何が楽しいんだろうって馬鹿にしてたけど、そっか、こんなに楽しいものだったんだ」
その答え方が寂しそうに見えたのか、鈴木と吉田が玲旺の肩を同時に叩く。
「じゃあ、青春取り戻そう!」
「桐ケ谷くん、今日を思い切り楽しもうね」
玲旺は嬉しそうにクスクス笑いながら頷いた。顧客と直に接し、手応えを得る。目に見える結果が楽しくて仕方がなかった。
「ねえ、ここのブースにモデルはいないの? 実際に着て歩いている所を見たいんだけど」
声を掛けられて玲旺が振りかえると、五十代くらいの女性がブースをキョロキョロ見回していた。気が強そうだが品がある。
玲旺がすまなそうに「申し訳ございません。モデルの用意はしておりません」と答えても、女性は引き下がらなかった。
広い展示ホールにはアパレルだけでなく、バッグや靴、生地や素材など世界中から集まったあらゆる業者のブースがぎっしりと並ぶ。様々なブランドが、一小間三メートル四方のスペースにそれぞれ思い思いの工夫を凝らして出店していた。お祭りムードの中にもピリッとした緊張感があり、久我が熾烈な戦場と表現していたことを玲旺は思い出す。
まだ五月だが、ディスプレイされる商品はどこのブースも秋冬向けの物だった。トルソーの衣装を整えながら「緊張してきた」と、吉田が情けないほど眉を下げる。
「大丈夫ですよ。吉田さん、俺よりずっと知識あるし、商品の説明も上手ですし」
新しいブランドの顔としてブースの前面に立つ玲旺は、誰よりも緊張しそうな立場だったが案外ケロッとしていた。
「そういう所、流石だなぁ。生まれながらの心臓の強さと言うか、人の上に立つ才能を遺伝子レベルで受け継いでると言うか。羨ましい」
吉田が胃の辺りをさする。玲旺は「そうかな?」と首を傾げながら、トルソーが着ているジャケットの袖を意味もなく摘まんだ。
「でも頼もしいよね。うちの会社は今後も安泰だなって思えるもん。今回のブースレイアウトも、桐ケ谷くんの案、大正解だよ。さっき会場を偵察してきたけど、ここのブースは一際目立ってるよ」
販売部から来た助っ人との打ち合わせが一段落した鈴木が微笑んだ。玲旺は照れながら、自分たちのスペースを改めて見回す。
フォーチュンのブースは二小間を使用したので、他より広々としていた。玲旺は案内状の童話のようなイメージを生かし、スペースの壁を全て木目調にしようと提案した。そしてブースの中央に一点だけ、今期もっとも力を入れているコーディネートのトルソーを置く。何体も置くと雑然としてしまい、かえって人の目に留まりにくいのではないかと考えたのだ。
その他の服を吊るすためのハンガーラックは童話のイメージを壊さないよう木製にし、ブースの入り口にアンティークの革トランクを広げ、その中に小物を飾った。
やがて開場を知らせるアナウンスがホールに流れ、自然と拍手が沸き起こる。そこからはあっという間だった。すぐに会場内は人で埋め尽くされ、熱気と殺気に圧倒されそうになる。
怯みそうになった玲旺の隣に並んだ久我が、「桐ケ谷」と、そっと耳打ちした。
「直ぐにでも商談したそうな企業は、奥のスペースに案内してくれ。今日は無理でも後日商談に発展しそうな所の名刺は必ず貰うんだぞ。オーダーシートを渡すのを忘れるなよ。顧客になる気がないのに御曹司の名刺を貰いたいだけのミーハーな奴には『名刺を切らしているので』と言って渡さなくていいからな」
「そんなの見分けられる自信ないです」
「勘でいいよ。フォローするから心配するな」
ポンと玲旺の肩に手を置いて、久我は励ますように笑顔を向けた。玲旺も素直に頷く。
フォーチュンのブースは盛況だった。
目玉商品を一点に絞ったことでメッセージがより強調され、森の隠れ家風なレイアウトも相まって、通行人の目を良く引いた。玲旺は何人ものバイヤーに展示品についての質問をされたが、内心冷や汗をかきながらも上手く受け答えが出来てほっと胸を撫で下ろす。
商談スペースには得意先の百貨店も訪れ、個人からのオーダーも次々入った。
「学園祭みたいで楽しい。なんて言ったら、学生気分じゃ困るって怒られちゃうかな」
肩をすくめた鈴木の言葉に、玲旺はうーんと考えるような、曖昧な笑みを返す。
「俺、学園祭って出たことなくて。何が楽しいんだろうって馬鹿にしてたけど、そっか、こんなに楽しいものだったんだ」
その答え方が寂しそうに見えたのか、鈴木と吉田が玲旺の肩を同時に叩く。
「じゃあ、青春取り戻そう!」
「桐ケ谷くん、今日を思い切り楽しもうね」
玲旺は嬉しそうにクスクス笑いながら頷いた。顧客と直に接し、手応えを得る。目に見える結果が楽しくて仕方がなかった。
「ねえ、ここのブースにモデルはいないの? 実際に着て歩いている所を見たいんだけど」
声を掛けられて玲旺が振りかえると、五十代くらいの女性がブースをキョロキョロ見回していた。気が強そうだが品がある。
玲旺がすまなそうに「申し訳ございません。モデルの用意はしておりません」と答えても、女性は引き下がらなかった。
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