19 / 68
◇第2章 人の上に立つ素質◇
弟の仮面を被ろう①
しおりを挟む
「氷雨さんの口紅が付いてる。これじゃ人前に出られないだろう」
明らかに不機嫌そうに、ハンカチでゴシゴシと玲旺の頬をこする。力任せに拭いたところで中々落ちず、久我は更に苛立ちを募らせた。
「お前、この間のこともあるんだから、隙を見せるなよ。簡単に近づかれるな。もっと警戒しろ」
何でそんなに腹を立てているのか不思議だったが、今は逆らわない方が良さそうだと判断して玲旺は大人しく従った。強く擦られてだんだんと頬がヒリヒリしてくる。
「あっ、久我さん、乾いたハンカチで拭いても駄目ですよ。私、メイク落としシート持ってるんで使ってください」
力技で何とかしようとする久我に驚きながら、鈴木がポーチからメイク落としを取り出した。オイルを含んだシートで何度か拭き取ると、口紅は綺麗に落ちていく。
「少し赤くなっちゃいましたね。もしオイルがしみるなら、水で洗い流してくださいね」
そう言い残して持ち場へ戻る鈴木の背中を見送った後、久我が申し訳なさそうに眉を寄せた。
「ごめん。……痛む?」
「大丈夫ですよ。このくらい」
少し違和感があるくらいで、痛みなど全くない。それでも久我は酷く気にしながら玲旺の頬に手を添え、いたわるように親指で軽くさする。その仕草はまるで、キスする寸前の恋人同士のようだ。
「ホントに、もう大丈夫ですから!」
見つめ合ったような状態に耐えきれず、玲旺が一歩足を引いた。
擦られて赤くなった所が解らなくなるくらい、赤面しているんじゃないだろうかと心配になる。突き放された久我は驚いた様に目を見開いた。玲旺に触れていたはずの手が、所在なさげに空中で止まっている。
「あ……。ごめん、こんな風に触れられたら嫌だよな」
力なく手を引っ込めた久我は、誤魔化すように笑って見せた。そのあとすぐに目を伏せて立ち去ろうとしたので、玲旺は思わず腕を掴んで引き止める。
「別に、嫌だったわけじゃねーよ」
誤解を解きたくて焦ったせいで、うっかり言葉遣いが戻ってしまい、玲旺はバツが悪くて目を泳がせた。久我はそれを咎めることはせず、小さく息を吐く。
「そっか。それなら良かった」
良かったと言いながらも、どこか寂しそうな表情が気になって、「どうかしたの?」と玲旺は訝しげに首をひねった。
「いや、どうもしない。ああ、でもそうだなぁ。俺と二人だけの時はその口調でもいいよ。敬語はちょっと距離を感じるし」
「二人だけの時?」
何だかその響きがたまらなく特別に感じられて、玲旺の鼓動が早くなる。嬉しさを悟られないよう口元に力を入れたせいで、久我の目には玲旺が顔を引きつらせたように見えたのかもしれない。久我が慌てて「ちがうちがう」と首を横に振った。
「ヘンな意味じゃなくてさ。お前に仕事教えるの楽しいんだ。でも、何かこう……部下って言うより、やっぱり手のかかる弟って感じがするんだよなぁ。だから二人の時に敬語だと調子狂う」
「手のかかる弟……」
そんな事ないでしょう。と言い返したい所だったが、出会ったばかりの頃を思い出すと全くその通りで反論できない。そんな心を見透かしたように、久我が笑いながら玲旺の肩を叩く。
「でも最近は成長が目覚ましいな。今日も挑発に乗らずによく耐えた。反論も立派だったし、桜華大の契約もお手柄だったぞ」
「俺、ちゃんと戦力になれた? 桜華大の制服でも、売り上げに貢献できる?」
「もちろん。制服を扱うのは初めてだが、毎年確実な売り上げが見込めるのは有難いな。まぁ、百貨店との契約に比べると、手間がかかる割に売り上げは劣るかもしれないけど」
久我の言葉に、玲旺はガクンと脱力してうなだれる。クスクス笑いながら、久我が慰めるように玲旺の頭を撫でた。
「だけどな、天下の桜華大付属高校の制服だぞ。そこの生徒たちが着てくれることで生まれる宣伝効果は計り知れない。登下校中に人の目にも触れるし、業界も注目するだろう。何より、未来のファッション業界を担う生徒たちが、うちの服に馴染みを持ってくれるのは嬉しいじゃないか」
明らかに不機嫌そうに、ハンカチでゴシゴシと玲旺の頬をこする。力任せに拭いたところで中々落ちず、久我は更に苛立ちを募らせた。
「お前、この間のこともあるんだから、隙を見せるなよ。簡単に近づかれるな。もっと警戒しろ」
何でそんなに腹を立てているのか不思議だったが、今は逆らわない方が良さそうだと判断して玲旺は大人しく従った。強く擦られてだんだんと頬がヒリヒリしてくる。
「あっ、久我さん、乾いたハンカチで拭いても駄目ですよ。私、メイク落としシート持ってるんで使ってください」
力技で何とかしようとする久我に驚きながら、鈴木がポーチからメイク落としを取り出した。オイルを含んだシートで何度か拭き取ると、口紅は綺麗に落ちていく。
「少し赤くなっちゃいましたね。もしオイルがしみるなら、水で洗い流してくださいね」
そう言い残して持ち場へ戻る鈴木の背中を見送った後、久我が申し訳なさそうに眉を寄せた。
「ごめん。……痛む?」
「大丈夫ですよ。このくらい」
少し違和感があるくらいで、痛みなど全くない。それでも久我は酷く気にしながら玲旺の頬に手を添え、いたわるように親指で軽くさする。その仕草はまるで、キスする寸前の恋人同士のようだ。
「ホントに、もう大丈夫ですから!」
見つめ合ったような状態に耐えきれず、玲旺が一歩足を引いた。
擦られて赤くなった所が解らなくなるくらい、赤面しているんじゃないだろうかと心配になる。突き放された久我は驚いた様に目を見開いた。玲旺に触れていたはずの手が、所在なさげに空中で止まっている。
「あ……。ごめん、こんな風に触れられたら嫌だよな」
力なく手を引っ込めた久我は、誤魔化すように笑って見せた。そのあとすぐに目を伏せて立ち去ろうとしたので、玲旺は思わず腕を掴んで引き止める。
「別に、嫌だったわけじゃねーよ」
誤解を解きたくて焦ったせいで、うっかり言葉遣いが戻ってしまい、玲旺はバツが悪くて目を泳がせた。久我はそれを咎めることはせず、小さく息を吐く。
「そっか。それなら良かった」
良かったと言いながらも、どこか寂しそうな表情が気になって、「どうかしたの?」と玲旺は訝しげに首をひねった。
「いや、どうもしない。ああ、でもそうだなぁ。俺と二人だけの時はその口調でもいいよ。敬語はちょっと距離を感じるし」
「二人だけの時?」
何だかその響きがたまらなく特別に感じられて、玲旺の鼓動が早くなる。嬉しさを悟られないよう口元に力を入れたせいで、久我の目には玲旺が顔を引きつらせたように見えたのかもしれない。久我が慌てて「ちがうちがう」と首を横に振った。
「ヘンな意味じゃなくてさ。お前に仕事教えるの楽しいんだ。でも、何かこう……部下って言うより、やっぱり手のかかる弟って感じがするんだよなぁ。だから二人の時に敬語だと調子狂う」
「手のかかる弟……」
そんな事ないでしょう。と言い返したい所だったが、出会ったばかりの頃を思い出すと全くその通りで反論できない。そんな心を見透かしたように、久我が笑いながら玲旺の肩を叩く。
「でも最近は成長が目覚ましいな。今日も挑発に乗らずによく耐えた。反論も立派だったし、桜華大の契約もお手柄だったぞ」
「俺、ちゃんと戦力になれた? 桜華大の制服でも、売り上げに貢献できる?」
「もちろん。制服を扱うのは初めてだが、毎年確実な売り上げが見込めるのは有難いな。まぁ、百貨店との契約に比べると、手間がかかる割に売り上げは劣るかもしれないけど」
久我の言葉に、玲旺はガクンと脱力してうなだれる。クスクス笑いながら、久我が慰めるように玲旺の頭を撫でた。
「だけどな、天下の桜華大付属高校の制服だぞ。そこの生徒たちが着てくれることで生まれる宣伝効果は計り知れない。登下校中に人の目にも触れるし、業界も注目するだろう。何より、未来のファッション業界を担う生徒たちが、うちの服に馴染みを持ってくれるのは嬉しいじゃないか」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる